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プレスリリース配信元:NACS-J

―日本全国158の里地里山を対象としたビッグデータ解析による研究結果―

東京都市大学の環境学部環境創生学科の内田圭准教授、英国シェフィールド大学のピーター・マタンル(Peter Matanle)上級講師およびヤン・リ(Yang Li)博士研究員、公益財団法人日本自然保護協会(NACS-J)の藤田卓チームリーダー、近畿大学農学部の平岩将良博士研究員(当時、現 近畿大学研究支援者)の研究グループは、生物多様性(※1)に対し人口増減がもたらす影響(恩恵ならびに損失)について調査を実施しました。
その結果、人口減少が日本の里地里山(※2)の生物多様性の損失につながる可能性があること、人口増加による影響は分類群によって異なり、特に鳥類では大きく減少につながることが明らかとなりました。この結果は、人口減少の進む東アジアならびに欧米諸国において、人口が減少することで失われる生物多様性も存在することについての共通認識が波及していくことが期待されます。ネイチャーポジティブな社会の実現が世界目標とされる中、人口が減少することによって自動的に生物多様性が回復するわけではなく、むしろ人口が減少することで失われる生物多様性が存在することを念頭に入れて、これからの生態系の保全対策の検討・実施が望まれます。
本研究成果は、Nature Sustainabilityで2025年6月12日(米国東部時間)に電子出版されました。
本研究のポイント
- 日本全国158地点の里地里山の環境において、鳥、チョウ、ホタル、カエルの卵塊を含む450種以上、および約3,000種の植物を対象とした「モニタリングサイト1000里地調査(※3)」によって得られた中長期(5年から17年の期間)にわたる生物種数と個体数の変化と、人口・土地利用の変化との関係を解析した。
- その結果、人口減少が日本の里地里山の生物多様性の損失につながる可能性があること、人口増加の影響の大きさは分類群によって異なる可能性が明らかとなった。
- 人口減少が自動的に生物多様性の回復を促すという仮説は、日本の里地里山において支持されず、人口減少・増加に直面している世界中の国々が生物多様性の保全・回復戦略を作成する際に、人口増減の影響を考慮する重要性が明らかとなった。

概要
東京都市大学、英国シェフィールド大学、公益財団法人 日本自然保護協会(NACS-J)、近畿大学の研究グループは、人口増減がもたらす恩恵について、生物多様性の側面から調査研究を実施した結果、人口が増加している地域と減少している地域のどちらにおいても生物多様性(鳥類、カエル類(ニホンアカガエル、ヤマアカガエル、ならびにエゾアカガエル)、昆虫類(チョウならびにゲンジボタル、ヘイケボタル)、植物)が減少している場合が多いことを示しました。日本の里地里山の環境においては、人口減少が自動的に生物多様性の回復を促すという仮説は支持されず、必ずしもリワイルディング(人為的な影響から解放された生態系の回復)につながるわけではないことを示しました。

地球の生態系は危機に瀕しています。1970年以降、世界の野生生物の73%が失われる一方で、人口は倍増し、現在では80億人を超えています。多くの研究が、生息地や種の喪失と人間の人口・経済成長との間に直接的な関係があることを示してきました。そのような中、先進国では人口減少が始まっています。人口減少がきっかけとなり、生態系が回復する「人口減少の恩恵(depopulation dividend)」がもたらされるのではないかという期待も存在しています。世界の多くの生物多様性ホットスポットでは人口増加が生息地を脅かしていますが、日本では逆に人口が減少しています。しかしこれまで、人口の空間的・時間的変動と生物多様性の関係を詳細に調査して分析した研究は不足していました。

本研究では、人口が減少に転じている日本において、生物多様性と人口動態に関する大規模なデータセットを統合し、地域ごとの人口、土地利用、地表温度の変動とともに、生物多様性の変化(種の豊富さ・個体数)を分析し、日本全国158地点における生物多様性の増減について明らかにしました。本研究の対象地は、日本の急峻な森林山地、海岸線、都市部の間に位置する、農地、果樹園、草地、池・水路、二次林・人工林、里山、町や村などを包括する里地里山景観です。

図1. 里地里山(大山千枚田)の景観写真 (撮影者:牛村展子)

本研究成果から、現時点において、日本における人口減少は自動的に種の豊富さや個体数の増加をもたらしていないことが明らかとなりました。特に鳥類やチョウ類でその傾向が顕著でした(図2および3)。一方で人口が増加した地域における生物多様性の変化は分類群ごとに異なっており、鳥類では大きく減少しているのに対して、チョウ類では増加する傾向が確認されました(図3)。人口減少が起きた結果、人間が改変してきた土地が生物の生息に好ましい生態系として急激に回復するものではありません。日本においては、人口減少地域においても開発が続き、グレイインフラ(生物が生息することのできない環境)が増加を続けています。

図2. 人口および生物多様性の増減(DOI 10.1038/s41893-025-01578-wから引用)(人口は1995年から2020年の変化、鳥類およびチョウ類は2004年から2022年の変化(サイトごとに異なるため本文参照)、増加、変化無し、減少は統計解析の結果から)


図3. 人口の増減と生物多様性の関係(DOI 10.1038/s41893-025-01578-wから引用)

日本の生物多様性の4つの危機要因の1つに、「里地里山における管理の放棄」が挙げられていますが、この管理放棄は人口の減少や管理主体の消失により引き起こされます。この管理放棄が生物多様性に与える影響を全国規模で定量的に明らかにした研究事例はこれまでほとんどありませんでした。本研究は、管理放棄に大きな影響を与えうる人口減少が、鳥類やチョウ類など日本の里地里山の生物多様性の損失につながる可能性があることを初めて明らかにしました。

本研究結果は驚くべきものではなく、おそらく、伝統的な生業(農業、土壌・森林管理、景観の維持管理など)の衰退や消滅による生物の生息環境の縮小に起因していると推測されます。さらに、人口減少地域でも人為的な開発が続くこと、管理放棄された地域では草地や農地が森林化する遷移が進み、里地里山環境が減少する場合もあります。最新の人口統計データによると、日本では47都道府県すべてで低出生率、高齢化、人口減少が進行しています。多くの地域では、いまだに都市的土地利用が拡大し、農地が放棄または集約化され、またいくつかの地域は植林や自然遷移により森林化しています。
研究結果は、人口減少と土地利用の変化が東アジアの水田農業地帯(中国、韓国、台湾と同様の環境)において生物多様性の損失を引き起こす可能性があることを示唆しており、単に自発的な回復を待つだけでは期待外れの結果に終わる可能性が高いと警告しています。

人口減少は、社会・環境の再生に向けて、解決策を提案するための重要な機会を提供しています。特に、里地里山景観においては、生物多様性を維持するための人間の生業の持続が重要であり、人口減少による生物多様性の恩恵を享受するためには、環境との関係を長期的にモニタリングし、積極的な管理が求められます。
研究の背景
地球の生態系は危機的状況にあり、1970年以降、世界の野生生物の73%が失われ、人口は80億人に達しました。この間、特に裕福な国々では経済が3,415%成長しました。生息地や種の喪失は、人間の人口増加と経済成長に直接関係しており、地球は第六の大量絶滅を迎えている可能性があります。

地球の持続可能な人口は31~33億人と推定され、1965年にすでにこの数を超えました。その後、現在は世界的に出生率が低下しており、環境回復の可能性が期待されています。人口減少が生態系に与える影響は依然として限られた研究にとどまっており、人口減少が生態系の回復を促進するか、さらに損失を拡大させるのか、議論がなされています。

国際連合の予測によると、2050年までに85カ国が人口減少を続け、73カ国が2023年よりも人口が1%以上減少する見込みです。日本とイタリアは、人口減少の先駆者として注目され、特に日本では1995年以降、人口減少が続いています。日本は、人口減少と環境変化の研究が他国にも影響を与える貴重なケースとされています。

本研究は、NACS-Jも協力している環境省のプロジェクトである重要生態系監視地域モニタリング推進事業「モニタリングサイト1000里地調査」で得られた生物多様性の情報を利用しました。のべ5700人をこえる現地調査員の協力のもと実施された生物多様性データです。
研究の社会的貢献および今後の展開
国際連合の予測によると、2050年までに85カ国で継続的な人口減少が進むとされており、今回の日本の研究結果は、東アジア以外の国々にとっても有益な示唆を与える可能性があります。今後、検討する国を拡大し、人口が減少すると予測される欧米諸国において、生物多様性の増減を調査する必要があります。生物多様性の世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」として決議された、ネイチャーポジティブな社会の実現(2030年までに自然を回復軌道に乗せるために損失を止め、2050年までに自然と共生する世界の実現)に向けて、世界中の国々は、人口増減の影響を考慮した生物多様性保全・回復戦略を策定し、保全を実行することが重要と考えられます。
補足
■掲載された論文の情報

【タイトル】 Biodiversity change under human depopulation in Japan
【著者名】 Kei Uchida, Peter Matanle, Yang Li, Taku Fujita, and Masayoshi K. Hiraiwa
【掲載誌】 Nature Sustainability
【DOI】  10.1038/s41893-025-01578-w
https://www.nature.com/articles/s41893-025-01578-w
用語解説
※1 生物多様性:
生命の豊かさを包括的に表した広い概念のこと。食料や薬品などの生物資源だけではなく、人間が生存に不可欠な生存基盤としても重要とされています。しかし、人間活動の拡大とともに、生物多様性は低下しつつあり、地球環境問題の一つとなっています。

※2 里地里山:
原生的な自然と都市との中間に位置する地域で集落とそれを取り巻く二次林、農地、ため池、草原などで構成されています。

※3 モニタリングサイト1000里地調査:
モニタリングサイト1000は、日本を代表する生態系(高山帯、森林・草原、里地里山、湖沼・湿原、沿岸域、小島嶼など)の動態を全国約1000カ所、100 年以上継続してモニタリングし、生物多様性保全施策への活用することを目的として、2003年から開始した環境省の事業です。このうち、里地里山を対象とした「モニタリングサイト1000里地調査」は、2008~2022年度に、全国325か所において、約5700名の市民調査員のご協力のもと、植物・鳥類・チョウ類など9項目の調査を実施しています。
共同研究者
- Kei Uchida Faculty of Environmental Studies, Tokyo City University, Yokohama, Japan.
- Peter Matanle School of East Asian Studies, University of Sheffield, UK.
- Yang Li School of East Asian Studies, University of Sheffield, UK.
- Taku Fujita The Nature Conservation Society of Japan, Tokyo, Japan.
- Masayoshi K. Hiraiwa Faculty of Agriculture, Kindai University, Nara, Japan.


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