約30年前、中国・河北省に生まれ15歳の時、卓球に夢を乗せて海を越え来日した父。
日本に生まれ、中学1年生になった今年、ゴルフに夢を乗せてアメリカへと渡る娘。
親子の手の中に包まれた真白いボール、“掌(たなごころ)40mmの夢”。
世界を目指すゴルファー斎藤美雅(さいとう・みか)選手(12)。

ゴルフ初観戦、渋野日向子の劇的勝利

2021年10月31日。三菱レディーストーナメント最終日。埼玉・武蔵丘ゴルフコース18番ホールのギャラリーたちは、固唾(かたず)をのんで2人の選手を見つめていた。
熱視線の先、10アンダーで首位のぺ・ソンウ(韓国)と8アンダーの渋野日向子。
2打差で迎えたパー5の最終ホール、渋野が土壇場で驚異的なプレーを見せる。
2オンした渋野がバーディーパットを沈めて1打差に詰め寄る。
一方、ぺ・ソンウは約90cmのパーパットを外しボギー。
2人が9アンダーで並びプレーオフへ。
渋野が約4メートルのイーグルパットをねじ込んで優勝をもぎ取った。
劇的な勝利に沸くギャラリー中で、当時8歳の斎藤美雅選手は激闘に胸を震わせていた。 

斎藤美雅選手(12)
斎藤美雅選手(12)
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斎藤美雅選手(12): 
あの日、ゴルフ場に初めて行きました。うわぁ〜広いなぁって。18番ホールには小学校の運動会の10倍ぐらいの人がいて。試合は衝撃的で圧倒されました。渋野選手もぺ・ソンウ選手も格好良くて、戦っている姿が言葉にできないほど格好良くて、私もゴルファーになりたいなと思いました。ナマで見た大事な出会いです。 

父の影響でクラブを握り始めたばかり。スイミングスクールにも通い、ボール投げ、かけっこが大好きな少女はこの日、ゴルフに魅せられた。 

きっかけは卓球選手だった父

父親の斎藤海さんは、中国・河北省生まれ(中国名:馮海涛)。
6歳で卓球を始め、11歳で河北省の選抜選手となった。

現役時代の父・斎藤海さん
現役時代の父・斎藤海さん

15歳の時、福島県の卓球強化策の一環として、原町工業高校(当時)に入学。
国体、インターハイで活躍し、大正大学に進学。
卒業後、実業団で日本リーグに出場。
2003年日本国籍を取得。姓は恩師の斎藤を選択した。
営業職として必要だったため、ゴルフを始めた。
卓球に無関心だった愛娘(まなむすめ)のまなざし、ゴルフは違った。 

父・斎藤海さん(46)
父・斎藤海さん(46)

父・斎藤海さん(46): 
長女が先に始めたんですけど、ある時、美雅が見よう見まねで打ったんです。7歳のころです。初めてクラブで打ったとは思えないスイングだったんです。力まずスムーズなスイングで、キチンとボールをたたけていた。水泳でもバタフライをすぐマスターした。ゴルフをやってみたいという。初めて観戦したのが三菱レディース最終日。渋野選手のプレーオフでの劇的な優勝でした。そこからです。打ちっぱなしとコースで本格的に練習を始めました。独学です。私もいろいろ調べながらここまでやってきました。

ゴルフと卓球 直径40mmの世界

卓球の練習風景は、トップ選手も初心者も一見するとほぼ変わらない。
さまざまなスピード、コース、回転、コンビネーション等のボールが体にしみ込むまで、とにかく数多く打つ。
卓球の練習は、呼び名の通り「ping-pong」。練習場でピンポンの音が途切れることはない。
ゴルフもドライバーからアイアンまで多くのクラブを振り、スイングとイメージとボールの感覚を自在に重ね合わせられるように多く打ち込むことが重要だと考えるのだが...。 

父・斎藤海さん: 
打たないんですよ、美雅は。ほかの子に聞くと2時間の練習で約500球打つそうです。でも美雅は2時間で打つのは100球くらい。

通い慣れた練習場の打席で、美雅選手は9番アイアンを手に目標地点を見つめ、グリップを確認したり、手首でスイングをイメージしたり、ゆったりと時間を使い、しなやかにボールを打つ。
隣席のベテランゴルファーとは打つペースがまったく違う。

一部始終を父は黙って見つめている。
美雅選手は打席を外し、正解を探すように視線を中空にさまよわせる。自らのショットと放たれたボールの軌跡を反芻(はんすう)しているのだ。 

斎藤美雅選手(12): 
一番好きなクラブは9番アイアンです。練習のときも試合と同じように1球1球、集中して、考えて、フォームとか壊れないように注意して打っています。自分の調子の良しあしが分かるのは7番アイアンです。世界のトップ選手はみんなフォームがきれいで安定している。憧れです。 

2022年ゴルフダイジェストジャパンジュニア(8〜9歳の部)で2位に2打差の3アンダーで優勝。
男女各年齢層の優勝者の中で、表紙を飾ったのは美雅選手だった。
埼玉県の強化指定選手になり、積極的に試合に出場。
ゴルフへのアドバイスはもちろん、練習場への送り迎え、試合への移動は、すべてて父の運転。
美雅選手は父のワンボックスカーで、眠り、くつろぎ、勉強もする。 

斎藤美雅選手(12): 
ゴルフで必要なものはマネージメント。攻め方が大事。困ったときは父の話を聞きます。例えば、私は打ちづらいところからでも攻めたいと思う。父のアドバイスは、無理にバーディーを狙うのではなく刻んだ方がいいと。その選択が大切だと。優勝は特別、テストで100点取った時のうれしさと同じかな。

中学に進学する春休みは試合と練習が続いた
中学に進学する春休みは試合と練習が続いた

2025年3月、中学へと進学する春休みの期間は、試合と練習でスケジュールはびっしり。
毎週のように親子のロングドライブが続いた。 

・3/13〜16 三重・亀山ゴルフコース(世界ジュニア西日本予選大会)優勝 
・3/25〜26 栃木・烏山城カントリークラブ(全国小学生決勝大会)3位
・3/27〜30 滋賀ゴルフコース 試合(世界ジュニア西日本決勝)2位
・3/31〜4/2 千葉・ムーンレイクゴルフコース(世界ジュニア東日本予選)優勝
・4/4 群馬・サンコーカントリークラブ(時松源蔵カップ)優勝。
・4/5 茨城・ロックヒルゴルフクラブ(大東建託・ジュニアゴルフトーナメント)優勝
・4/26〜27 茨城・美浦ゴルフコース(世界ジュニア東日本決勝)5位
・5/4〜6 栃木・新宇都宮カントリークラブ(ジュニアゴルフトーナメント東日本)9位 
・5/19 群馬・鳳凰ゴルフコース(FCG日本選抜予選大会)優勝*プレーオフ 

世界ジュニアゴルフ選手権への出場権を得た
世界ジュニアゴルフ選手権への出場権を得た

この優勝で、7月にアメリカで行われるFCG・CALLAWAY世界選手権の出場権を獲得した。
9試合の走行距離は、約4000kmに及ぶ。 

アメリカが舞台となる世界大会出場。日本選抜予選大会でのプレーオフ、美雅選手はバーディーパットをねじ込んで夢の切符を手にした。 

斎藤美雅選手(12):
このパットを決めないと思う時、風の音とか何も聞こえなくなることがある。めっちゃ集中していると黄色い線が見えてくる。黄色い線が見えて、そこに沿って打ったら入るみたいな。1ラウンドに1回ぐらいある。 

卓球ボールの直径40mm、ゴルフボール42.67mm以上。
重さの違いこそあれ、掌に収まるボールには無限の可能性が秘められている。 

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佐藤 修
佐藤 修

産経映画社代表 Premier Movie Lab主宰 元フジテレビ報道スポーツデスク
報道スポーツディレクターとして記者活動35年
2019年“だから君を見つめてきた”で、上海国際テレビ祭ドキュメンタリー部門で優秀賞を受賞。日本スポーツ学会会員