18年前、新潟市水道局に勤めていた30代の男性職員が上司から精神的に追い詰められ、自殺した問題を受け、水道局は5月、正しい組織を目指し、問題を風化させないことを誓う植樹式を行った。当時1歳で父親を亡くした娘もこの植樹式に出席し、父への思いを語るとともに、水道局の対応の不誠実さを訴えた。

職員の自殺受け、正しい組織目指すことを誓う植樹式

青空が広がっていた5月8日。新潟市水道局では、2007年に上司からパワハラを受けて自殺した当時38歳の男性職員の命日にあわせて植樹式が行われた。

植樹式
植樹式
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植樹式で植えられたのは『正風(しょうふう)のき』と名付けられたキンモクセイで、「正しい組織」や「風通しのよい職場」などの意味が込められている。

「来年には成人式で振り袖を着ます。天国から私の晴れ姿見ていてね」

この植樹式で、涙ながらに父親への思いを訴えていたのは、19歳になった娘だった。

事件の背景…遺族が受け続けてきた“反省のない”水道局の対応とは

男性職員の自殺は2011年に公務上の災害であったと認定される。

新潟市水道局
新潟市水道局

水道局は公務災害認定後、弁護士を通じて「円満に話し合いで解決するため」にと、遺族が審査官に提出した同僚職員の陳述書をはじめ、様々な資料提供を求められ応じた。

しかし、水道局は入手した資料をもとに管理職による内部調査を実施。「いじめは確認できなかった」と結論付け、話し合いの場は全く持たれることなく、態度を一変させ、争う姿勢を示したのだ。

2015年に男性の妻は、上司からのいじめやパワハラを理由に夫が自殺したとして新潟市を提訴。4年にわたる裁判で新潟地裁は「市に責任はあった」として市に約3500万円の支払いを命じる。

自殺した男性職員の妻は判決が出た際、「夫に良い報告ができて安心しているところです。ただ、悔しいのは勝訴判決でも夫が帰ってきてくれないことです」と安どの表情を見せたが、水道局への対応には怒りをにじませた。

「私は今度こそは水道局が謝ってくれると思いました。しかし、水道局からは謝罪どころか反省も一切ありませんでした」

当時の上司は謝罪せず退職…不信感募るも再発防止へ一歩

新潟地裁の判決から約4カ月後、当時の新潟市水道局長や新潟市の中原八一市長が遺族に謝罪した。2007年に男性が自殺し、遺族が市や水道局の謝罪を求めてから、すでに16年の月日が流れていた。

しかし、自殺の原因となった当時の上司は手紙で謝罪の言葉を寄せたのみで、遺族が求めてきた直接の謝罪は実現していない。

新潟市水道局 長井亮一 局長
新潟市水道局 長井亮一 局長

植樹式で水道局の長井局長は、「これは決して区切り・終わりではなく、むしろ我々にとってスタートになる。このように目に見える形で植樹がなされ、そして銘板が作られた。これを見て職員がまた気持ちを新たにして、常に自分を律することができるように、そんなよりどころにしていきたい」と再発防止に向けた決意を語る。

植樹式で語られた夫・父への思い

遺族が出席を求めていた、自殺した男性の上司にあたる当時の係長などの出席はかなわなかった今回の植樹式。

男性職員の妻
男性職員の妻

その中で、男性職員の妻もマイクで自身の苦しい思いを吐露した。

「夫は係長から、これまでの業務経験の能力では達成することができない困難な業務を命じられ、夫が分からなくて困っていても係長から教えてもらえず、期限までに終わらせることができないため、係長からの叱責を恐れ、自ら命を絶ってしまいました。家族みんなで楽しい日々を送っていましたが、突然途絶えてしまいました。私は一睡もできぬまま翌日の朝を迎えました。ただひたすら夫が帰ってくるのを待ち続けていました。あまりにも突然で現実を受け入れることができない状況の中で、葬儀の準備をしなければならなく、言葉にならない悲しさ・つらさに押しつぶされました。お通夜の夜、幼い2人の子どもを寝かしつけた後、自宅のパソコンに遺書が打ち残されているのを見つけました。そこには『どんなに頑張ろうと思っていても、いじめが続く以上、生きていけない。分からないのは少なくとも分かっているはずなのに、いじめ続ける。人を育てる気持ちがあるわけでもないし、自分がおもしろくないと部下に当たるような気がする。このままではどうして良いか分からないし、相談しろと建前的には言うけど、回答がもらえるわけでもない。逆に怒られることが多い。今まで我慢していたのは家族がいたからである。でも限界です』と打ち残されていました。ただ悔しくて、悔しくて涙が止まりませんでした」

そして、自身と同じ苦しみを他の人が味わわないように再発防止を願った。

「キンモクセイの木を“正風のき”と名付けて植樹いたします。正風の木の『正』という文字には、夫の名前の正宗の1文字、正しい組織になるようにという願いが込められています。『風』という文字には、この事件を風化させない、風通しの良い職場になるようにという願いが込められています。『き』には気持ち、これまでの、これからの軌跡をこの木に刻むという願いが込められています。2度とこのような事件が起こらないようにするためには、決してこの事件を風化させないでください。そして、皆さんのお一人お一人の認識が必要不可欠です。夫が亡くなった後の職場アンケートによりますと、夫が職場で悩んでいたこと、元気がなかったことを感じている方、気づいている職員の方が複数いましたが、誰からも助けていただけず、夫はただ一人、悩み苦しみ、自ら命を絶ってしまいました。職場で悩んでいる人、困っている人がいたら、助けてあげてください。パワハラを許さない。見逃さないという強い意思のもと、パワハラ行為をしている人には注意をしてあげてください」

男性職員の娘
男性職員の娘

19歳になった娘は涙ながら手紙を朗読

また、当時1歳だった現在19歳の娘も亡き父親への思いをつづった手紙を読み上げた。

「来年には成人式で振り袖を着ます。天国から私の晴れ姿見ていてね。パパは私が1歳の時に天国に行ってしまったので、私の直接の記憶はありません。しかし、ママから、私が生まれてから温かく接してくれたことを聞いてパパをそばに感じています。生まれたばかりの私を見て『この子はママに似るぞ』と言ってくれたこと、周りの方からも、私もママも感じるほど私の性格はママそっくりになりました。パパの見る目はさすがだね。パパが一生懸命考えてくれた私の名前、私は私の名前が大好きです。パパの思いのこもった私を表すもの、名前を書くたびにパパが天国から応援してくれているように思う時があります。この名前を大切にしながら、これからも胸を張って頑張ります。パパは本当に家族思いの優しく温かいパパだとママから聞いて私もそう感じています。アルバムを見ながらパパとの思い出話を聞くと、とっても羨ましくなります。どの話を聞いてもこんなに優しくて誠実で一生懸命なパパはどこを探してもいません。私が大きくなったら私を色んなところに連れていく計画をしてくれたこと。私は母の運転してくれるドライブが大好きで家族旅行も大好きです。だから、パパが運転して連れて行ってくれるドライブや旅行はどんなに楽しいものかなって想像してしまいます。私は助手席で寝てしまっているかもしれないし、ママとお菓子を食べながらずっと喋っているかもしれないです。でも、パパと家族みんなで行くところはどんな景色も絶景でどんな場所でも最高です。私に寂しい思いをさせないようにママとたくさん考えてくれたこと、私にたくさんの愛情を注いでくれたこと、小さい私を見て将来のことを考えてくれたこと、私が話せるようになっていたらパパに『将来はパパと結婚する』と言うことが本当に目に浮かびます。この手紙は晴天の日、窓辺で空を見ながら書きました。パパがどこかで見てくれているかなって思って。パパ見ていますか?私はこんなに大きくなりました。パパに抱っこされていた私はこんなに大きくなりました。今日の晴天はパパが私に笑顔を向けてくれ、元気を与えてくれるように感じます。私も楽しい時もつらい時もどんな時も空を見上げ、パパに笑顔を届けます。私からパパを見つけることはできないけど、きっとパパは私を見てくれているのかなと感じることがあります。一つ願いが叶うならパパともう一度会いたいです。パパに抱きしめてほしい。赤ちゃんだった私が成長した姿を見てほしい。見てほしいこと、聞いてほしいこと、一緒にしたいこと、どれだけの時間があっても時間は足りません。パパに会いたい気持ちは募るばかりです。パパ、ママと出会って結婚してくれてありがとう。私のこと大切にしてくれてありがとう。パパが大変な時も家族のことを思ってくれてありがとう。いつも空から私たちのことを見守ってくれてありがとう。私のパパでいてくれて本当にありがとう。パパは私の自慢のパパです。私もパパの自慢の娘でいられるように、パパからの応援を感じながら、今この瞬間をも大切にし、これからも頑張ります。パパ大好きだよ。ありがとう」

植樹されたキンモクセイと父親の遺影に向かって手紙を読み上げる娘の声は震え、涙がこぼれていた。

今後は全職員を対象にハラスメント研修を行うほか、毎年5月8日には黙祷を捧げるとしている水道局。二度と同じように悲しむ人を出さないためにも、形だけでなく根本から組織風土などを変えていくことが望まれる。

新潟いのちの電話:025-288-4343(24時間受付)

(NST新潟総合テレビ)

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