新年度を控えた2025年3月、鹿児島市の下鶴隆央市長は定例会見で、多発する市電と車の接触事故に触れ、「軌道敷の手前で確実に停車し、右後方から接近する市電にも十分に注意するよう重ねてお願いします」と呼びかけた。市民の足として親しまれる路面電車と車の接触事故が増加している現状に、市は危機感を募らせている。

市電と車の事故、2024年度は32件に急増

鹿児島市の中心部を走る路面電車、通称「市電」。通勤・通学の重要な移動手段として市民の生活に欠かせない存在だが、近年、車との接触事故が増加傾向にある。

2019年度には28件だった事故件数は、2020年度に16件まで減少。その後はほぼ横ばいで推移していたが、2024年度には32件と急増した。この状況に、鹿児島市交通局・電車事業課の末吉健治課長は「接触事故が多いということは非常に問題があると考えている」と危機感をあらわにする。

事故は、2024年度には32件と急増した
事故は、2024年度には32件と急増した
この記事の画像(20枚)

鹿児島テレビでは市電を貸し切りにし、どんなポイントに気をつけるべきか、同乗した末吉課長に解説してもらった。

ドライブレコーダーを分析 「右折禁止」を無視する車が…  

交通局を出発した市電はほどなくして、市立中郡小学校の前を通過した。通勤時間帯にしばしば渋滞が見られるこのエリアは右折禁止となっている。しかし2025年1月、右折しようとした普通乗用車と市電の衝突事故が発生した。

2025年1月、普通乗用車と市電の衝突事故が発生
2025年1月、普通乗用車と市電の衝突事故が発生

この事故でけが人はいなかったが、実際の映像を見ると車の運転席のドアは大きくへこんでいた。市電に搭載されているドライブレコーダー(静止画)には、右折禁止にもかかわらず、市電が通過する直前に右に曲がろうとする車がはっきりと記録されていた。

ドライブレコーダー(静止画)に記録されていたのは…
ドライブレコーダー(静止画)に記録されていたのは…

右折車との衝突が最多、ドライバーの意識改革が急務     

このあと市電は郡元電停を経由して天文館方面へ。中洲通りと交わることから交通量の多い荒田交差点にさしかかるころ、右折しようとして、軌道敷に進入したまま停車している車が確認できた。「これが市電の通行を妨げている状態。こういった停車をやめていただきたい」と末吉課長は強調した。

末吉課長「こういった停車をやめていただきたい」
末吉課長「こういった停車をやめていただきたい」

道路交通法では、車は軌道敷内で路面電車の通行を妨げてはならないと定められている。今回取材班が遭遇した場面では市電の接近前に車は右折できたが、実際には軌道敷内に進入して停車する車や、市電との接触寸前で右折する車が後を絶たない。

2025年4月には別の場所で、右折できなかった軽自動車と市電の衝突事故が起きた。このとき市電はブレーキをかけたものの間に合わなかったという。末吉課長は「車から市電が見えていたら市電が止まれるものと思われたりするが、車と同じように考えるとその距離では止まれないので衝突してしまう」と指摘する。

2025年4月には別の場所で軽自動車と市電の衝突事故が発生
2025年4月には別の場所で軽自動車と市電の衝突事故が発生

その後市電は、二中通電停へ。目の前の交差点では、市電の進行方向の左側で、ルール通り、軌道敷の外で右折待ちをする車が。実はこのように、市電と併走する車が右折する時の事故が最も多いという。最初に挙げた1月の事故もこのケースで末吉課長は「市電の隣を走っている車の直前右折が一番危ない。2024年度に起きた事故もほぼこのケース」と強調した。

末吉課長「市電の隣を走っている車の直前右折が一番危ない」
末吉課長「市電の隣を走っている車の直前右折が一番危ない」

市電との事故を起こさないために、ドライバーは何を心がければよいか、JAFの担当者に同乗してもらい、記者が車を運転してみた。交差点での右折待ち。江原さんの指示は「右へ寄りすぎないように注意してください。まっすぐな状態でハンドルを保ってください」。ハンドルを右に切った状態で停止すると、追突された場合、軌道敷内へ入る可能性があるからだ。

JAF江原さんに同乗してもらい、記者が車を運転してみた
JAF江原さんに同乗してもらい、記者が車を運転してみた

軌道敷の手前で停車していたら、後方の車がクラクションを鳴らした。江原さんは「ルールを守っているという自信を持つことが必要」と話す。

市の対策と市電運転士の取り組み 

市電の対策も進む。鹿児島市交通局は、交通量の多い場所を中心に、2024年度に6カ所で車の停止目安や注意を促す路面標示を設置した。末吉課長は「外側のゼブラの斜めの線。この中で停車するのを控えてほしい」と話す。しかし、市電の経路上には67カ所もの交差点があり、ハード面での対策には限界があるのが実情だ。

鹿児島市交通局はハード面の対策も進めている
鹿児島市交通局はハード面の対策も進めている

新人運転士の研修でも、右折車への注意が何度も促されていた。鹿児島市役所前を通過する市電の左横に、右折を待つ市営バスの大きな車体が。「車が曲がるかもしれないと思い、速度を落としていかないと。いつ軌道敷に入って来ても止まれるような速度で」という指導に、新人運転士山口紘生さん(27)は「右折車の対応や非常時の対応がまだまだなので、車内に多くの乗客がいるので、重い責任を感じている」と気を引き締めた。

新人運転士の研修でも、右折車への注意が何度も促されていた
新人運転士の研修でも、右折車への注意が何度も促されていた

市民の安全と市電の円滑な運行のために 

市電と車の事故は、人命に関わるだけでなく、市電のダイヤの乱れなど、多方面に影響を及ぼす可能性がある。2025年度の事故件数削減に向けて、市電と車の双方に意識改革が求められている。

市民からは「お互いに意識していないとぶつかるのではと感じる。後方確認をして電車が来るのと、前方にある『電車接近中』の表示は目に入るので、それを意識して右折するようにしている」という声も聞かれた。

鹿児島市の象徴的な存在である市電。その安全な運行と、市民の安全な交通環境の両立に向けて、行政、交通局、そして市民一人一人の意識向上が不可欠だ。

(鹿児島テレビ)

この記事に載せきれなかった画像を一覧でご覧いただけます。 ギャラリーページはこちら(20枚)
鹿児島テレビ
鹿児島テレビ

鹿児島の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。