親が育てられない赤ちゃんを匿名でも預かる、慈恵病院の『こうのとりのゆりかご』は、2025年5月で開設から18年を迎えた。これまでに預け入れられた179人のうち、初期のころ預け入れられた赤ちゃんは、成人年齢を迎えることになる。『18年』という大きな節目の年の動きを追った。

『出自を知る権利』に関する報告書

5月2日、慈恵病院の蓮田健理事長は「(ゆりかご開設して)今年18年になりますから、18年前に預けられた赤ちゃんは18歳になるんですよね。ですからもう、出自情報の開示年齢にも達している」と述べた。

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『ゆりかご』に預け入れられたり、内密出産で生まれた子どもをめぐり、2025年3月に出自を知る権利に関する報告書が初めて示された。報告書は、熊本市と慈恵病院が共同で設置した検討会が約2年をかけまとめたもので、『子どもが生みの親の情報を開示請求できる年齢は、18歳が適切』と記されている。

報告書を作成した検討委員会の森和子座長(元・文京学院大教授)は「今後子どもからの開示請求が増加する可能性があることから、今回の報告書で具体的な考え方をお示しできたことは、一つの成果だったと考える」と述べた。

報告書は、これまで明確にされていなかった『出自情報とは何か』を示し、生みの親の氏名や住所・生年月日、妊娠出産の経緯などを『父母に関する情報』に分類。そして『子どもに関する情報』とは別に保存すべきとした上で、そのいずれもを『出自に関する情報』と定めた。

将来、子どもから父母に関する情報の開示を求められた場合は、その時点で、生みの親に「開示していいか確認が必要」としている。その開示請求が可能な子どもの年齢は18歳が『適切』で、本人の精神的な安定と周囲のサポートがあれば、15歳以上も可能とした。

また報告書は子どもが出自に関する情報を知るプロセス、『真実告知』にも言及。その責任は養育者だけが負うものではなく、医療機関や児童相談所、養子縁組あっせん機関などが子どもや養親に寄り添い、サポートする体制が必要とした。

当事者であり支援者でもある男性は

国内にはこれまでなかった子どもの出自を知る権利に関する報告書。関係者はどう見ているのだろうか。

福岡県の社会福祉法人甘木山学園で理事を務め、子どもたちの支援に携わる荒尾市の坂口明夫さん(51)は、「私自身は簡単に言うと不倫で生まれた子どもでした。だから認知されるまでに何年か空白がある」と話し、生みの親と暮らすことなく里子として七つの家庭を転々としながら育った。

坂口さんは「自分の本当の名字は何なんだろう、小さい頃の写真が少ないとか、(家族と)顔が似ていないとか、親戚の話をたぐっていくと、どうやら望まれない出産だったんだなと」と、周囲の話をつなぎ合わせ、自分の生い立ちを理解したという。里親家庭で育った当事者であり、今はさまざまな事情を抱える子どもたちを支える仕事をしている坂口さんは、今回の報告書に関心を寄せていた。

坂口さんは「実はうちの職員会議でも、これ(報告書)を示しながら『共有して勉強会するよ』って、さっき言ったばかり。とてもうれしいと言いますか、ありがたいというか。少しだけ本音で言うと、あまりにも遅いと言えば遅い。もっとこういうものは、はっきり国として、行政として、もしくは法律として作り上げるべきだと、前々から思っていました」と、指針の必要性と法整備を訴えた。

開示請求可能な年齢は18歳が適切。そして開示には生みの親の同意が必要とされたことについては、「〈年齢で区切る必要があるのかな〉っていうのが、正直な感想でもあります。12歳、中学生に上がるくらいからは、特に思春期で、子どもたちが一番揺れる時に知りたい、知りたくない、となる時に権利があったらいいのかなというのは、現場で働いていてそう思います」と話した。

また、「子ども側からすると、全部知りたい。伝えたくない理由まで開示してくれたら、落としどころがあるのかなと思っている。なぜこういうことが伝えられないかとか。私自身の経験で言うと、そこも含めて教えてもらった方が、僕はストンと落ちるタイプだった」と、自らの経験も踏まえて答えた。

子どもの出自を知る権利について坂口さんは自身の経験を基に、「何でこんなに大人が言うことは変わるのだろう、あの人はこう言っていたけど、この人はこう言って、どっちが本当なんだろう。そうすると受けた側の子どもの思いとしては、『嘘をつかれた』とか『ごまかされた』とか、『結局俺には何も教えてくれない』となる。(子どもには)真実を知る権利がある。そのためのプロセスを保障するのが、私たち大人や社会の責任ではないか」と述べた。

現在、真実告知に取り組む養親は

そして、私たちは『ゆりかご』に預け入れられた子どもと、特別養子縁組を結び、九州地方で育てている養親にも今回の報告書をどう見ているか聞いた。養親は「当事者の一人としては、これまで出自を知る権利について明確に示されたものがなく、とても思い悩んでいました。今回の報告書はとても大きな進歩だと思います」と文書で答えた。

現在子どもは小学生。養親は真実告知をスタートさせている状況で、子どもは血縁がないことをすでに理解している。しかし、ゆりかごに預け入れた人や生みの親の情報がないため、養親は子どもとの向き合い方に苦労しているそうだ。

養親は「子どもから『生みの親について知りたい』と言われたら、関係機関の協力を得てできる限りのことをしたい。ゆりかご預け入れ時の様子などを、慈恵病院から子どもに説明してほしい。そして児童相談所にある情報を子どもに提供してほしいと思います」とも述べていた。

マニュアル作りに取り組む慈恵病院

病院は今後、いつ子どもから開示請求されてもおかしくない状況だ。

5月2日、慈恵病院の蓮田健理事長は「ゆりかごとか内密出産の世界では、必ずしもお子さんが喜んでくれるとか、元気づけてくれるとかいう情報ばかりではない。むしろ記録を見返すと、お子さんが傷ついてしまうような情報の方が多いのが現実です。(開示請求した)お子さんに対しては、心理の専門家にもついてもらって、ケアもしてもらいながら情報をお伝えするような手続きを予定している」と述べていた。

この日、蓮田理事長は病院マニュアル作成の仕上げの作業をしていた。記者が『後に続く病院や施設にも、活用してもらえるマニュアル」を目指しているのか尋ねると、「そうですね。例えば東京の病院が今(赤ちゃんポスト)を始めたが、これからお子さんが18歳になるまで分からない。それを(慈恵病院は)18年たったわけなので、その立場に病院が立ったときどうしたらいいのかというのを、今作っているわけです」と返した。

ゆりかご開設18年、成長する子どもが「知りたい」と思ったとき、その気持ちにどう応えていくのか…新たな局面を迎えている。

蓮田理事長が作成しているマニュアルは検討会が示した報告書の提言を受けたものでもある。今月中の取りまとめを目指していて、子どもの開示請求に関連したマニュアル、どのようなものになるのだろうか。

5月10日で開設から18年の『ゆりかご』

2023年度までの17年間に179人が預け入れられている『こうのとりのゆりかご』。5月10日で開設から18年を迎えるのを前に、蓮田理事長が8日に会見を開いた。

内密出産の費用を原則有料としている東京の賛育会病院をめぐり、慈恵病院に「費用が払えない」という相談が東日本の女性7人から寄せられ、3人が来院したと明かした。蓮田理事長は「失礼ながらブラックボックス。母親はしっかり責任をとって身元を明かして、かかる費用は支払ってという、海外や慈恵のスタンスとは違うと受け止めている」と述べ、「慈恵病院で(賛育会病院の)費用を負担するか、(慈恵病院への)来院を受け入れたい」とした。

一方、慈恵病院では電話やメールに加え、8日からLINEでの妊娠相談を開始した。出産が近いなど事情がある場合、『緊急』とコメントを送れば優先して対応するという。2024年度のゆりかごへの預け入れ件数などについては、5月末に発表される予定だ。

(テレビ熊本)

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