地元でも「秘境中の秘境」と呼ばれる鹿児島県南大隅町辺塚地区に全国各地から人が集まってきた。特産品の実を収穫せずに花を摘むという珍しい活動を呼びかけたのは、俳優・井浦新さん。この取り組みの背景には、地域の課題と新たな可能性が隠されていた。
「秘境中の秘境」に集まる人々
鹿児島県本土最南端の町、南大隅町。その中でも辺塚地区は役場から車で1時間ほどかかり、地元の人も「秘境中の秘境」と表現する地区だ。そんな人口わずか100人ほどの小さな集落に、全国各地から人々が集まってきた。その目的は、特産品「辺塚だいだい」の花摘み体験だ。

「花を摘んでみたかったから」と鹿屋市から参加した小学生、「遠かったけど愛知ではなかなか走れない山道だったので楽しかった」と愛知県から来た参加者、「めちゃくちゃ山が大きくてきれいで、空も広くてすごく癒やされている」と千葉県から訪れた人など、様々な地域から人が集まった。

俳優・井浦新さんの呼びかけ
この花摘み体験を呼びかけたのは、ドラマや映画でおなじみの俳優・井浦新さん(50)。井浦さんは、ナチュラルコスメブランドを家族で手がけていて、南大隅町の植物や果物を原料に、町内の工房でシャンプーやトリートメントなどを製造している。

「人間目線から言ってしまうと『獣害』という言葉があるが、自然と共に過ごしていると『うまく共存できないかなあ』と外から来た僕のような旅人からしてみると思ったりする」と井浦さんは語る。

井浦さんの妻で、ナショナルコスメのブランドディレクターを務めるあいさんによると、バーム(化粧品)は、廃棄される南大隅町産のパッションフルーツを買い取って原料にしているという。「農家は全部に同じ思いと手間をかけても、『これはだめ』『これはいい』と言ってしまうのはちょっと寂しい」と語るあいさん。井浦さん夫妻の活動は、農業廃棄物の削減や農家の支援にもつながっているのだ。


辺塚だいだいの現状と課題
辺塚だいだいは、マイルドな酸味と豊かな香りが特徴のかんきつ類だ。近年は加工品も増えているが、高齢化により生産を諦める農家もいて、収穫されずに放置される実も多い。

この状況が鳥獣被害を引き起こしていることを知った井浦さんは、実がならないように少しだけ花を摘み取る取り組みを始めた。

花摘み体験がもたらした変化
実がつく前の花を摘むのは、なかなかできないぜいたくな体験だ。「結構とげが痛いので。全部活用できるので」と率先して花を摘む井浦さん。
参加者たちは、山いっぱいに広がる甘い香りを楽しみながら、のんびりとした時間を過ごした。「いい匂いがする」「鳥の声やチョウがたくさん飛んでいて、すごく自然を感じることができてよかった」と感想を述べる参加者もいた。

一方、花摘みを受け入れた側にも変化があった。辺塚だいだいを栽培する湊原幸二さんは、この取り組みをきっかけに20年間手つかずだった木での収穫再開を検討し始めた。
地域の魅力再発見
井浦さんは南大隅町の魅力について、「圧倒的な純度の高い自然。初めて来たときから何も変わらない。感動は全然色あせないし、来るたびに仕事をしに来てはいるが、東京に帰って普段の生活をするときに魂がよみがえっているような、本当に元気になって、また東京で頑張れる気持ちになれる」と語る。

今回の取り組みは、地域の課題解決だけでなく、辺塚地区のPRにもつながった。都市部からの参加者と地元住民が交流することで、地域の魅力を再発見し、新たな可能性が生まれている。
最後に参加者全員で「辺塚大好き!」と声を上げ、花摘み体験は幕を閉じた。ちなみにみんなで摘んだ花は蒸留してフローラルウォーターにして参加者に配られたほか、一部は井浦さんが研究開発に使用する。

この取り組みが、辺塚地区と辺塚だいだいの未来にどのような影響を与えるのか、今後の展開が注目される。
(鹿児島テレビ)