2050年には、3人に1人が65歳以上になると予測される東京都。高齢化に伴い、認知症による要介護者の増加は確実となっている。2022年では時点で約49万人だった要介護認定の認知症患者は、2040年には約57万人と、1.2倍に増加するとの試算を示した。
そうした中、認知症の発症そのものを未然に防ぐことができるかもしれない、という最前線の研究が医療現場で進められている。
認知症抗体医薬「レカネマブ」を患者投与する現場を取材
東京都健康長寿医療センター(東京都)。ルーツは明治初期に福祉事業として設立された養育院で、初代院長を勤めた渋沢栄一の銅像が、現在も敷地内に建立されている。

かつて東洋一と呼ばれたこの病院は、現在、高齢者医療の研究所と病院の機能を併せ持つ貴重な存在として、高齢者に特化した最先端治療を行っている。

センターでは、国内で発売が開始された2023年以降、認知症抗体医薬「レカネマブ」を全国に先駆けて患者への投与を開始した。
さらに2024年11月以降、国内2番目に承認された「ドナネマブ」の投薬も行っている。
記者は今回、実際に投薬が行われている現場を取材した。

患者は大きなリクライニングチェアに座り、「レカネマブ」を点滴で投与されていた。投薬は、2週間に1回の頻度で18カ月間続けることができる。高額療養費制度の対象で、患者の自己負担額は、年間14万円ほどになるという。

認知症研究のスペシャリストである、井原涼子・脳神経内科医長に現状とこれからの展望について聞いた。
認知症研究のスペシャリスト「早いタイミングで効果がある印象」
ーーレカネマブなど認知症抗体医薬の投与を始めてから1年半ほどになりますが、改善効果などはみられているのでしょうか?
井原涼子・脳神経内科医長:
よく間違えられるが、レカネマブやドナネマブといった「抗アミロイドβ抗体薬」は、今ある症状をよくする薬ではありません。これから先の認知症の進行をゆるやかにする薬です。
薬を使わない場合に進行してしまう分を100%だとすると、27%分抑制するが、残りの73%は進行してしまいます。
レカネマブをこれまでに108人の患者に投与しましたが、薬の効果がみられる人、みられない人がでています。現場の感覚として、早いタイミング、つまり脳に強い変化がないタイミングで投薬を開始したほうが、効果がみられている印象です。
井原医長が注目しているのが、投薬を開始するタイミングと効果の関係だ。
治験の段階ではあるものの、脳の変化が軽い早めに投薬治療を始めれば、認知症の発症を予防することができるのではないかと考えている。
実際、海外では、抗アミロイドβ抗体薬を遺伝性アルツハイマー病の未発症の人に投与すると、発症するリスクが半減するという治験結果が得られているという。
では、発症前の段階で、認知症リスクの高い人はどのように発見するのか?
井原涼子・脳神経内科医長:
アルツハイマー病の発症リスクの原因とされるアミロイドβが、脳にどのくらい蓄積されるかを把握するためにバイオメーカーという検査が使われていますが、ここ数年で血液のバイオメーカー検査が飛躍的に安定して測定できるようになりました。
つまり近い将来、血液バイオメーカー検査で、認知症の発症リスクがあるかどうかが判断できるようになる可能性があります。
認知症の症状はなくても、脳に「アミロイドβ」が溜まっていることがわかれば、抗アミロイドβ抗体薬を投薬することで、発症を抑えることができるかもしれない。
まさに「発症を予防する医療」が現在の認知症に関する最先端の研究。
井原医長は、2020年代後半のうちに、つまり数年以内には、ある程度の方向性が見えてくるのではないかと期待している。