北朝鮮テレビ史上初の台風リポート

北朝鮮は8月末から9月上旬までの2週間の間に、相次いで3つの台風に直撃され、甚大な被害に見舞われた。朝鮮中央テレビは3度に渡る台風直撃を異例の態勢で伝えたという。

被災地支援のために党員が現地入りする様子を伝える朝鮮中央テレビ

台風8号が北朝鮮に上陸した8月26日には、放送開始を午前9時に繰り上げ、翌27日の午後10時26分までぶっ続けで放送を続けた。放送時間は実に37時間26分に及び、断続的に台風8号関連の情報が伝えられた。

また、台風9号が接近した9月2日には午後3時から翌3日の午後10時31分までの32時間31分、同様に夜通し放送を続けた。台風10号の場合も放送時間が午前7時に繰り上げられた。

北朝鮮のテレビ放送は通常午後3時に始まり、午後10~11時台で終了する。日付を跨いで放送された例はほとんど無い。過去には金正日総書記死去3周年となる2014年12月に一度あっただけで、自然災害では初めてだという。

異例の態勢で台風被害が報じられたという

放送時間の延長だけではない。台風報道にも目を見張る変化が見られた。

これまで北朝鮮の台風報道と言えば、台風の進路などの予報が中心で、気象庁の予報官が登場して注意を呼びかけたり、各地で土嚢を積むなどの対策が取られる様子がニュースで伝えられたりする程度だった。

しかし、今回は台風の最新情報に関する特別番組「台風9号」などが編成され、台風の進路にあたる各地域からの現地リポートが相次いで報じられた。

朝鮮中央テレビのアナウンサーと言えば、体制宣伝を担うエリート中のエリートだ。金正恩委員長ら歴代指導者の動静を伝える際には、厳粛な様子で画面に登場するのが定番となっている。

そんな彼らが雨がっぱ姿で現場に赴き、雨に打たれながら台風リポートする姿を見せたのだから驚きを禁じ得ない。北朝鮮のテレビニュースを20年以上視聴している筆者も初めて見るようなシーンだ。

膝まで泥水に浸かりながらリポートする女性リポーター

日本では災害防止の観点から安全な場所からの中継が主流となっているが、北朝鮮では一昔前の“身体を張って危険性を訴える”スタイルだ。台風10号の報道では、膝まで水に浸かりながら必死に伝える女性アナウンサーの姿もあった。

災害報道を体制宣伝につなげる“北朝鮮式”

北朝鮮でテレビは、最高指導者の活動・思想を大衆に宣伝するとともに、大衆動員や思想教育の手段として活用されている。新聞、テレビ、ラジオなどあらゆるメディアが朝鮮労働党の統制下にあり、報道内容は最高指導者の指示で決められる。

かつての北朝鮮では体制にマイナスになるような事件や事故、災害の報道は控えられていた。

被災地を視察し復興を指示する金正恩氏の姿も報じられた

ただ、金正恩体制が発足して以後、「衛星」打ち上げの失敗(2012年4月)や高層アパートの倒壊(2014年5月)などが伝えられるようになり、今回の台風報道もその延長線上といえる。

もっとも、住民が知り得る事件・事故・災害発生なら
▽伏せるより、一定程度の情報を知らせる
▽住民に寄り添う形で復旧・復興を図る
▽責任者を処分する
などの手順を踏めば、金正恩体制への負の影響を最小限に抑えることができると判断していると考えられる。

住民は台風報道を見たのか?

外では注目を集める台風報道だが、北朝鮮住民はどれくらいこれを視聴しているのだろうか。

北朝鮮のテレビ普及率は2000年代序盤は18%程度と非常に低かった。しかし、その後は普及が進み、最近の脱北者への聞き取り調査では農村も含めて80%程度に達しているという。ただ、慢性的な電力不足のため、視聴時間は一日平均2時間程度にとどまっている。テレビ局が30時間以上連続で放送しても、視聴できるのはそのごく一部というのが実情のようだ。

北朝鮮のテレビには現在、四つのチャンネルがある。

(1)「国営」放送にあたる「朝鮮中央テレビ」

(2)主に週末と祝日にスポーツや芸術公演、外国映画などを流す「万寿台テレビ」

(3)月水金放送で外国語教育や大学の講義を流す「リョンナムサンTV」

(4)週末放送の「体育TV」

ただし、北朝鮮の全域でこの四つが映るわけではないようだ。また、チャンネルは固定され、外国の放送は受信できないようにされている。加えて、2016年にはインターネットテレビも登場したとされる。

「網TV」と呼ばれる装置をインターネットに接続して利用する。インターネットは北朝鮮外部とは遮断されており、使えるのは「国家網」と呼ばれる域内のイントラネットだけだ。ただ「網TV」を利用すれば、リアルタイムのテレビ放送や過去の番組なども視聴できる。北朝鮮製のタブレットからもテレビ放送を受信することが可能だ。

そもそも、電力不足なのにテレビ放送は大丈夫なのか?と疑問に思う方もいるかも知れない。北朝鮮の放送法第44条には、放送事業に必要な電力、設備、資材などは国家機関、電力、銀行などが保障しなければならないと定められている。放送は「体制宣伝の重要手段」として電力の供給が優先的に保証されているのがわかる。

【執筆:フジテレビ 国際取材部長兼解説委員 鴨下ひろみ】