広島市に住む“排せつ障がい”のある女性が、新たな福祉下着の開発に取り組んでいる。「ちょっと前まで子どものおむつを替えていたのに、自分が人にお世話されている」どうしようもない情けなさで胸を痛めた日々…。機能性とおしゃれの両立にこだわる当事者の思いに迫った。
22歳で膠原病を発症、下半身まひに
指先の輝きでその人を笑顔にさせるネイルアート。

「毎回好きなんですけど、今回も好きです」
そう話すお客の爪を1本1本ていねいに仕上げていくのは、車いすのネイリスト・新藤杏菜さん(39)だ。

新藤さんは下半身まひのため、車いすで生活している。
「扉がないほうが…。カーテンにしています」
キッチンの下の収納は扉の代わりにカーテンで目隠し。自宅は車いすで移動しやすいように工夫されている。

2008年、新藤さんは免疫の異常が起きる膠原(こうげん)病の一種「全身性エリテマトーデス」を発症。 その2年後、車いすでの生活を余儀なくされた。 部屋の中でも靴を履いている理由を尋ねると 「感覚がないので、ぶつかったりケガをしやすい」と言う。
下半身の感覚がなくなったことで、トイレのスタイルも大きく変わった。 通常の排せつ方法ではなく、尿取りパッドを身に着けて生活している。“排せつ障がい”の現実を受け入れるには時間がかかったという。

「下半身まひになった時、まだ22歳でした。子どもが保育園くらい。ちょっと前まで子どものおむつを替えていたのに、自分が人にお世話されている。今までしていたことができない自分を受け入れられない時期があって…。精神的な苦痛がすごくありましたね。どうしようもできないけど、情けないなって思いました」
毎日見る「尿取りパッド姿」に自信喪失
立ち直るきっかけがネイルのボランティアだった。 施設を訪問する中でおしゃれが人を笑顔にすることを知り、ネイリストの道へ。
一方で、新藤さん自身が笑顔になれない悩みもあった。 それが福祉下着だ。尿取りパッドの着脱に適している反面、機能重視の福祉下着は種類が少なく、満足できるものに出会えなかった。

「色でしかかわいさを出していない。私の求めるおしゃれ、セクシーさとはちょっと違う」
障がいがあってもおしゃれをしたいと考える新藤さん。当事者の思いを生かして福祉下着の開発に乗り出した。

新藤さんの熱意に賛同者が集まり、クラウドファンディングでは1カ月あまりで目標金額を上回る66万5000円を達成。 大きな後押しを受けて、下着作りが始まった。

こだわったのはレース。
「レースって、見るだけでテンション上がりませんか」
さまざまなレース見本を取り寄せ、新藤さん自らが下着のデザイン画を描いた。 機能性とおしゃれを両立させようとするが、テープの粘着力の調整が難しく、メーカーと何度も試行錯誤を重ねた。
新藤さんはなぜ下着にこだわるのか。

ーー服だけではダメですか?
「服だけじゃダメです。排せつ障がいになって尿取りパッド姿を毎日見る。その情けなさというか自信のなさがあった。でも、おしゃれな下着を探して身に着けることで、障がいが治ることはないけど障がいを一瞬でも忘れられる。それが癒しになると思っています」
“おしゃれの選択肢”を平等に
構想から2年が経った2025年2月、ついに試作品が完成した。障がい者専用の下着にしたくない。 健常者の下着と同じ売り場に並ぶのが夢だという。

新藤さんの思いが詰まった福祉下着は、華やかなレースをあしらったショーツ。色はブラックで、どんなファッションとも合わせやすい。

そして当事者ならではこだわりも。ショーツの丈は尿取りパッドがはみ出さない長さに。また防臭・防水性の高い素材を採用し、柔らかいテープを取り入れた。
普通のショーツより製作工程が4倍多い福祉下着。開発でタッグを組んだのは大阪の大手繊維商社だ。「SAWAMURA」の営業・河上政慶さんは「利益はあまり考えていません。どちらかというと、新しいものを作っていくところに重点を置いています」と話す。
今、福祉下着の新たな可能性は性別を問わず注目されている。 新藤さんの取り組みは下着メーカーだけなく医療の現場でも期待される存在に。

試作品を見た広島市立舟入市民病院の佐藤友紀医師は「僕たちは病気を治すときに、病気だけを治すんじゃなくて前向きに生きていけるようにプロデュースすることを心がけるように言われています。だから、おしゃれは何よりも大事だと思います」と期待を寄せている。

「障がいあってもなくてもおしゃれしたい。平等におしゃれの選択肢があるようになったらいいなって思います」
自分と、誰かの笑顔のために…。新藤さんは福祉下着の未来に向かって確かな一歩を踏み出した。今後はモニターを募集して改良を加え、2025年6月頃に完成させる予定だ。
(テレビ新広島)