ルール違反の美容院利用

「ナンシー・ペロシ(下院議長)は、トランプ選対に選挙の贈り物をしてしまった」

9月2日、CNNのニュースサイトにこんな記事が掲載された。筆者はCNNのクリス・シリザ総合編集長。ペロシ議長の「サロン・ゲート(美容院疑惑)」と呼ばれるようになった”事件”について、「とんでもないことをしてくれた」と苦言を呈した。

ナンシー・ペロシ下院議長
ナンシー・ペロシ下院議長
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その“事件”というのは、8月31日、ペロシ議長が地元サンフランシスコの美容院を訪れて洗髪やブローをしてもらったというものなのだが、実はサンフランシスコ市は新型コロナウイルスの感染防止のために美容院は閉鎖が指示されていたのだ。

翌9月1日からは「戸外に限って許可する」と規制が緩和されたが、それでも美容院内でサービスを受けたのは「ルール違反」の謗りを免れない。

ペロシ議長にとって悪いことに、議長がマスクも着けずに美容院の中に入る様子をとらえた防犯カメラの映像が、同議長とは政治的に対立する共和党寄りのフォックス・ニュースの手に渡り、「一般市民が美容院へ行くのもままならない時に、有力者のペロシ議長は特別扱いされるのか」と伝えられて話は大きくなった。

マスクを着用せず美容院を利用するペロシ下院議長(ホワイトハウス YouTubeより)
マスクを着用せず美容院を利用するペロシ下院議長(ホワイトハウス YouTubeより)

トランプ大統領やホワイトハウス報道官からも皮肉

共和党支持の大衆紙「ニューヨーク・ポスト紙」電子版は、4日の一面で「議長謝れ」と大見出しで伝え、社説で「議長には新型コロナウイルス問題で指図は受けたくない」と強く批判した。

当然、CNNが危うんだようにトランプ陣営がこの“事件”を利用しない筈もない。

トランプ大統領も早速「クレイジーなナンシー・ペロシは、他の美容院が閉鎖されている時に自分のためだけに営業させて、いま袋叩きにあっている。それもマスクもしないで。いつも他人にはお説教をしているくせに。これで下院も取り戻せることが決まったようなものだ。ナンシーを追い出そう」とツイートした。

ホワイトハウスのケーリー・マケナニー報道官は、3日の定例記者会見の冒頭、ペロシ議長が美容院を訪れた際の映像を流し、「ペロシ議長は新型コロナウイルス対策の審議が大事な局面に差し掛かっている時に下院を留守にして、サンフランシスコで特権を利用して美容院に行っていました」と皮肉を言った。

大統領選も終盤 “疑惑暴露合戦”が増える?

ペロシ議長側は、記者団に対して「私が通い慣れていた近所の美容院が『1人ずつならば対応できます』と言うのを信用してしまったことについては責任をとるわよ。でも私は罠にはめられたのよ」と弁解したが、間に合わなかった。

美容院への訪問について説明するペロシ下院議長
美容院への訪問について説明するペロシ下院議長

ペロシ議長は下院でトランプ大統領の弾劾決議をまとめ、2020年2月のトランプ大統領の一般教書演説の際は、演説が終わるとこれみよがしに草稿を破り捨てたように、民主党でも反トランプ急先鋒の指導者として知られる。

それだけに、トランプ側はこの問題でペロシ議長への攻撃の手を緩めようとしない。 

冒頭のCNNのシリザ総合編集長は、「下院議長がサンフランシスコ市の規制を知らなかったとは言わせない。こういう時期だからこそ、議長は美容院がなんと言おうとも、二重三重に確かめるべきだった。それをしなかったツケが選挙に回るのだ」と手厳しい。

大統領選まで2カ月を切り、今後、トランプ・バイデン両陣営の間でこの種の疑惑の暴露合戦が繰り広げられそうだ。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。