花見の名所として知られる宮城県涌谷町(わくやちょう)にある涌谷城跡。桜が満開の時期にその前で行われるのが74回以上の歴史を誇る「東北輓馬(ばんば)競技大会」だ。農耕から運搬まで、馬は東北の人々にとってなくてはならないものだった。馬への親しみと尊敬。人馬一体となってそりを引く速さを競う大会も、涌谷町がかつて流通の拠点だったことから始まったという。大会には毎年、全国から多くの観光客が訪れるが、この伝統に今、「待った」がかかっている。環境保護団体が馬への虐待を理由に関係者を刑事告発したのだ。馬と共存してきた歴史を誇りにする町はただ困惑しているという。

人と馬が力を合わせ坂を越える輓馬競技
人と馬が力を合わせ坂を越える輓馬競技
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歴史ある町自慢のイベント

東北輓馬(ばんば)競技大会は涌谷町で1939年から続く伝統ある大会だ。今は桜の名所として知られる城山公園の「桜まつり」のメインイベントとして行われている。輓馬とは、車やそりを引く馬のこと。

2024年の東北輓馬競技大会
2024年の東北輓馬競技大会

大会では馬を階級ごとに分け、300キロ~1トンの重りを載せたそりを引かせ、120メートルの直線コースに設けられた2つの障害物を越えるタイムを競い合う。迫力あるレースを見ようと、人口約1万4千人の町に2万人もの観客が押し寄せる、涌谷町自慢の一大イベントだ。

大会には涌谷町の人口を超える観客が訪れる
大会には涌谷町の人口を超える観客が訪れる

「輓馬は虐待」環境保護団体が告発

2025年1月24日、動物虐待に対する調査や告発などを行う環境保護団体「Life Investigation Agency(ライフ・インベスティゲーション・エージェンシー、略称:LIA)が、報道機関向けに「東北輓馬競技大会の関係者が、動物愛護法違反の容疑で書類送検された」と発表した。2024年4月の大会の様子を撮影し、大会関係者を刑事告発していたという。

環境保護団体LIAのブログ画面
環境保護団体LIAのブログ画面

LIAは「多くの馬が嫌がる中、競技と称して馬に怒鳴ったり、手や手綱、ロープなどを使い、馬の腹や尻、背部を殴打したりしている。競技ではなく、ただの虐待行為」と非難する。

警察は告発受け捜査も「疑いなし」

警察はLIAの告発を受けて捜査を始め、大会の主催者である涌谷町や参加した馬主などに話を聞き、虐待の事実があるかどうかを調べた。捜査は8カ月以上にわたり、警察は「動物愛護法違反の疑いなし」という捜査結果を書類にまとめ、仙台地方検察庁に送付したという。

宮城県警は捜査の結果「疑いなし」と結論
宮城県警は捜査の結果「疑いなし」と結論

警察は「告発を受理した以上、捜査に着手する必要があるため、捜査結果を送付したに過ぎない」としている。仙台地検は1月21日付で警察が送付した書類を受理していて、処分は今後、地検が判断することになる。

町は困惑 大会も継続の方針

輓馬は、乗馬用とは違い500キロ以上にもなる大型の馬。馬の力を引き出すために、複数の騎手が鞭を打つ。馬が力を振り絞って坂を駆け上がる姿は大会の見せ場で、涌谷町にとっては伝統の光景だ。

1971年の大会の様子 現在とほぼ変わらない
1971年の大会の様子 現在とほぼ変わらない

町は2024年の大会で13人の馬主に出場を依頼していた。町の担当者は「このような刑事告発は初めて」と困惑の色を浮かべるが、LIAの主張に対し「動物虐待とは考えていない」と強く反論した。2025年の大会もこれまで通り開催する予定だという。

価値観に合わせ 変化した行事も

全国には動物愛護の観点から伝統行事の在り方が見直された例もある。例えば、三重県桑名市の「上げ馬神事」では2023年、参加した1頭の馬が骨折して殺処分となり「動物虐待」という批判の声が相次いだ。その後、馬や人がけがをしない神事のあり方について専門家などを交えて協議し、さまざまな改善策をとって神事を続けることが決まった。

2024年大会で拍手を送る観客 「感動した」と話す人も
2024年大会で拍手を送る観客 「感動した」と話す人も

東北輓馬競技大会も地元の人たちが大切につないできた伝統行事だ。価値観を押し付けるだけでは、地域の多様性も押しつぶされてしまうだろう。伝統は誰のためにあるのか、どう残していくべきなのか。刑事告発は行事の在り方を考えるきっかけになるのかもしれない。

仙台放送
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