キノコの栽培やエビの養殖…専用の施設が必要と思われがちだが、いま「空き家」が選ばれている。電気、ガス、水道と言った設備が整っているという利点に加え、全国で急増する空き家の利活用の面でも注目されている。

空き家倒壊や景観悪化など、周辺に悪影響をもたらす空き家。総務省の2024年調査では、全国で過去最多の900万戸、福井県内も5万3000戸で、5年前から約8000戸増えている。
空き家には利用価値が

福井県内ではこの空き家を活用した、全国的にも珍しいユニークな新規ビジネスが始まっている。まず向かったのは、鯖江市下河端町の住宅街。建物の中に入ると、棚にずらりとキノコが並んでいる。室内でキノコを栽培し収穫体験もできるこの施設は、その名も「鯖江隠れ家きのこ」。

運営する同市在住の前田有美さんは「いまの旬はナメコです。大粒でとても食べ応えがあります」と自慢のキノコを見せてくれた。他にも越前カンタケやシイタケなど、合わせて400株近くを育てている。

前田さんがキノコ栽培を始めたきっかけは「生のキクラゲに出会い、そのおいしさや栄養価にみせられたから」と話す。子供の頃から胃腸が弱かった前田さんは、生のキクラゲを取り寄せて食べてみたところ体調が改善したことをきっかけに、キノコ栽培に興味を持ち、自分で育ててみたいと思うようになった。そのチャレンジの場所として選んだのが、築70年以上の空き家だ。

「最初はビニールハウスでキノコ栽培をしようと考えていた」という前田さん。だが、父親が所有していた建物が長年、放置されていることが気になっていたことに加え「建物、電気、水道など全部自分で通さないといけないので、想定外の出費になることが分かって…この空き家には電気なども全部通っていたので、挑戦するにはいいと思った」と話す。

前田さんの曽祖父がはた屋を営んでいたこの建物は、土壁によって湿気がコントロールされたり、隙間風によって酸素が調整されたりしているので、キノコ栽培に向いているという。

梅雨の時期にはキクラゲが旬を迎え、収穫体験ができる。また、キノコのオーナー制度の導入や、小学校の課外授業で児童にキノコの成長過程を見学してもらうことも予定している。
空き家でエビの養殖も
所変わって、越前市の中心市街地。建物の中には大きな水槽があり、中にはエビが。市内でキャラクターグッズの企画・卸販売などを手掛ける企業「ウロール」が、バナメイエビの養殖実験を手掛けている。

ウロールの川上正宏社長は「長く県外にいたが、越前市出身と言うと『カニの町だよね』と言われるのがちょっと悔しい部分があって、新しい水産資源をこの越前市で生み出せないかと思った」と話す。

そこで目を付けたのが、出荷サイズになるまでの周期が3カ月と比較的短めなバナメイエビだった。甘くプリプリとした食感が特徴で値段も手頃なため、日本でも幅広い料理に使われている。

約9割は輸入に頼っていて、養殖現場では排泄物やエサなどが残った使用後の水を大量に放出することが海洋汚染につながるとして、問題になっている。

川上社長は「養殖は通常、海でするが、我々が利用している閉鎖循環式陸上養殖は、水を替えずに済む養殖技術なので、排水の必要がなく海を汚すことがないので、地球環境を守ることができる」と説明。この「閉鎖循環式陸上養殖」のシステムは、バクテリアを使って水をろ過して循環させるため、エビが成長するまでの約3カ月間は水を替える必要がないという。

ウロールは2024年12月から、空き家を借りてこの新規ビジネスに取り掛かった。家賃は月1万5000円。もともと居間だったスペースの床を取り除き、水槽とろ過装置を設置して必要最低限の費用で事業を始めた。

12月下旬に仕入れた稚エビは、3月上旬には出荷サイズの15センチ程の大きさに育つ見込みで、まずは近隣の飲食店などを対象に試食会を開く予定だ。

空き家の管理や活用を提案する一般社団法人の空き家管理士協会は「2つの事例は全国的にも珍しい。地方の空き家は住居としての賃貸需要は少なく、農業や漁業と組み合わせる活用法は非常に興味深い」としている。

新しい事業にチャレンジする時の大きなハードルは初期費用。空き家を再生し活用することで、そのハードルを下げると共に、地域の活力も生み出す。新しい産業を創出するこの取り組みは地域活性化の新たなモデルケースになるのか、注目だ。