アメリカでトランプ氏が大統領に就任する。

新たなトランプ政権は中国に強硬な姿勢で臨み、中国との緊張は避けられず、トランプ氏が台湾を中国との取引材料に使うとの指摘もある。
「台湾有事」は日本にも影響がある身近な問題だ。

台湾・東呉大学 劉必栄教授
台湾・東呉大学 劉必栄教授
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台湾の人たちがトランプ2.0をどう思い、頼清徳政権は軍事的圧力を強める中国とどう向き合うのか。そして、日本との関係は…台湾の外交政策に詳しい台湾の東呉大学政治学部・劉必栄教授に聞いた。

“中国の台湾侵攻”トランプ氏は台湾を守らない

ーー台湾に「保護費」支払いを求めるなど台湾に厳しい発言を繰り返すトランプ氏が大統領に就任しますが、今後の米台関係はどのようになると予測していますか?

“トランプ2.0”は中国とどんな関係目指すのか…
“トランプ2.0”は中国とどんな関係目指すのか…

「トランプ氏の1期目、私たち台湾はトランプ氏がとても好きでした。
トランプ氏は中国に対して強硬になるだろうと考えていました。
しかしその後、それは正しくないことに気づきました。なぜならトランプ氏は基本的にビジネスマンだからです。
ビジネスマンである彼は中国との貿易において台湾を交渉材料として使うかもしれません。
トランプ氏はかつて台湾について「ボールペンの先端のように小さい」と発言しました。
ですから、私たちは非常に心配しています」

トランプ氏は「TSMCが雇用を奪った」と発言
トランプ氏は「TSMCが雇用を奪った」と発言

「トランプ氏はあまり原則にこだわらない人です。
もし、中国が台湾を攻撃した場合、トランプ氏は軍隊を派遣して台湾を守ることは絶対にないと私たちは考えています。
トランプ氏は『TSMC(台湾積体電路製造)がアメリカの雇用を奪った、台湾はもっと『保護費』を払うべきだ』などと発言しています」

「このようなことから、トランプ2.0の台湾とアメリカの関係には、より多くの不確実性が伴う可能性があると感じています」

台湾 頼清徳総統
台湾 頼清徳総統

ーー頼総統は新年の談話で防衛費増を続けると表明。トランプ氏の要求に応えたという見方がありますが

「(トランプ氏の要求に応えたとのと)私は半々だと思います。
まあ、半々というのは、頼清徳政権は基本的に中国に対して強硬なので、頼氏自身も軍備を強化しなければならないと感じています」

「一方、トランプ氏も台湾に軍備強化を求めています。トランプ氏は台湾がアメリカを利用しすぎていると感じているので、台湾の安全保障は自分で費用をより多く分担し、軍備をもっと増強すべきだと考えているのです」

2022年8月に台湾を訪問したアメリカのペロシ下院議長
2022年8月に台湾を訪問したアメリカのペロシ下院議長

「しかし、私たち一般市民の間では、台湾は台湾自身の安全保障に責任を持つべきだという意見が一般的です。これは当然のことです。
過去の経験から、アメリカが台湾に販売する武器はアメリカが販売したい武器であり、台湾が購入したい武器ではないことがよくありました。
アメリカが台湾に販売する武器は、アメリカの戦略に沿ったものであっても、台湾の戦略に沿ったものではない場合もありました。アメリカが台湾に販売した兵器の中に古くて高価すぎるものもありました」

中国軍による台湾攻撃のシミュレーション
中国軍による台湾攻撃のシミュレーション

「ですから、台湾は(武器購入の)意思決定プロセス全体にもっと参加できるようになることを望んでいます。アメリカが購入するものを提示し、私たちがそれを購入するだけではなく、私たちはそれを議論できるはずです。私は(武器購入を)議論したり交渉したりする際に、より対等な姿勢で臨むべきだと考えています」

中国とのパイプを模索する頼清徳政権

ーー頼清徳総統は中国に対し強硬な発言を繰り返しています。トランプ2.0で頼氏の対中姿勢に変化があると考えますか?

「頼総統は(24年5月)就任演説で『中華民国台湾』という言葉を使いました。
それ以前、台湾では『中華民国は台湾です』(中華民国是台湾)や『中華民国は台湾にある』(中華民国在台湾)という言い方がありました」

「中華民国台湾」という言葉には深い意味が…
「中華民国台湾」という言葉には深い意味が…

「『中華民国は台湾にある』は正確ですが、将来は中国大陸に戻るという可能性を意味します。他方、『中華民国は台湾です』では、『中華民国=台湾の独立』という意味になってしまいます。
ですので『中華民国は台湾です』や『中華民国は台湾にある』という言い方には議論がありました。そこで、頼総統は『です』(是)や『ある』(在)を取り除いて『中華民国台湾』にした訳で、より曖昧になりました。
この表現はトランプ氏就任後も変わらないと思いますし、変えるべきでないと思います」

「そして、最近ある変化がありました。頼総統が徐々に『トラック2外交』(民間有識者による交流)を考えるようになったのです」

「上海の台湾研究所の学者が最近台湾を訪れ、台湾のシンクタンクの学者と意見交換しました。
もちろん、最初から成果は出ないでしょう。『トラック2外交』があるという象徴的なものです。
私は民主進歩党政権の最大の問題は、中国との対話ルートが全くなかったことだと感じていました。この『トラック2外交』について、台湾メディアは共産党の『紅』と民主進歩党の『緑』をとって『紅緑対話』と報じています。
もし、頼総統がトランプ2.0に備えてこの対話ルートを構築中と言えるのであれば、これは良いスタートだと思います。そして、このルートがより頻繁になり、議論がより実りあるものになることを望んでいます。そうすれば、両岸関係の緩和に役立つはずです。

外交、新型兵器でアメリカを牽制する中国

ーー中国は去年1年、日本やインドとの関係改善に動き、欧州やアフリカなどとの外交にも力を入れてきました。この中国の動きをどう見ますか?

中国 習近平国家主席
中国 習近平国家主席

「トランプ氏就任を前に中国だけでなく、どの国も同じように安定した二国間関係構築に動き出しており、トランプ2.0の反動に備えています。
特に中国の動きは顕著です」

「ご指摘のように、中国は日本やインド、イギリスなどと関係改善や安定化に動いています」

中国海軍最新揚陸艦
中国海軍最新揚陸艦

「日本も同じことをしていることが分かります。
石破首相はつい最近、マレーシアとインドネシアを訪問しました」

「トランプ2.0による混乱を見越して、それぞれ各国が独自に二国間で関係強化を図っています。現在の中国の外交には、2つの側面があると思います」

「1つは、各国と外交や経済貿易関係の協力を進め、中国でよく使われる表現で言うと「友達の輪」をつくることです。
まず自分の陣営に引きつけ、トランプ氏が国際関係を混乱させるようなことになった場合に備え、足場を固めているのです」

中国最新ステルス戦闘機J-36か
中国最新ステルス戦闘機J-36か

「二つ目は、中国はこの1~2ヶ月で集中的に新しい武器を次々と発表しています。
『第6世代』の戦闘機のほか、新しい武器を見せることは軍事面で進歩を遂げていることをアピールするためです。
そして、アメリカは中国とどのような関係を望み、そして中国とどのように交渉するのかをみているのだと思います。
中国は、まずこのように態勢を整え、アメリカの反応を待っているかのようです。
中国側からアメリカと対立することはないと思いますが、中国が各国と外交・経済的に強化し、そして新しい武器・軍事力をアピールすることは、トランプ2.0への準備だと思います」」

経済が悪い中国に台湾攻撃の緊急性ない

ーーでは、その中国と台湾の関係はどのようになると予測していますか?

中国軍の台湾周辺での軍事演習
中国軍の台湾周辺での軍事演習

「大きな変化はないと思います。
トランプ氏は必ずしも台湾を守るわけではなく、台湾を中国との駆け引きの材料として使っています。ですから、このような状況では台湾も慎重になるでしょうし、台湾が中国を刺激するようなことはないと思います」

中国軍の台湾周辺での軍事演習
中国軍の台湾周辺での軍事演習

「もし、中国と台湾が戦争になった場合、トランプ氏がどうするか確信が持てないからです。
ですから、台湾が中国を刺激しなければ、台湾と中国のコミュニケーション・チャネルは徐々に再開されるでしょう」

中国軍の台湾周辺での軍事演習
中国軍の台湾周辺での軍事演習

「習近平氏は国内に大きな問題を抱えています。彼の政治状況が安定しているかどうかに関わらず、経済状況は良好ではありません。ですから、台湾を攻撃する緊急性も必要性もありません。台湾は両岸(中台)関係の急速な悪化というよりも、トランプ2.0によって引き起こされる不確実性と不安定性の増大への備えや対処に焦点を当てるべきだと思います。私はこれがより重要であると考えています」

日本依存を減少、台湾自身で安保体制強化を

ーー「台湾有事は日本有事」と言われますが日本との関係は?

「台湾は日本に対して非常に友好的であると思います。
これまでの関係から、台湾の人々は日本人に対して非常に友好的で、日本人が大好きだと思います。
しかし、石破総理大臣は、「台湾有事は日本有事」という言い方についてあまり明確にしませんでした」

「このような状況で、今、中国と日本の関係も改善しているのがお分かりでしょう。
台湾自身も日本がこれまで通り台湾を支援し続けてくれるのかどうかを問うています」

「私の見解としては、台湾は日本と良好な関係を維持すべきですが、日本に過剰な期待はすべきではないと思います。なぜなら、日本には日本の国益があるからです。

ペルーでは日中のトップが握手した(2024年11月)
ペルーでは日中のトップが握手した(2024年11月)

日本は台湾のために自国の利益を犠牲にすることはありません。だから、日本との関係は強化するが、安全保障面での日本への依存度は減らすべきです。
北東アジアで、特に北朝鮮で何かあったら、日本は台湾の面倒を見る余裕がさらになくなるでしょう」

北朝鮮情勢次第で日本は台湾に関わる余裕が無くなるのでは…
北朝鮮情勢次第で日本は台湾に関わる余裕が無くなるのでは…

「今年の参議院選挙のあと石破政権は安定するのかどうか非常に懸念しています。
日本が台湾に対して取る政策は基本的に友好的であると思いますが、『台湾有事は日本有事』という気持ちがどれくらいのレベルなのか、台湾は把握していません。
日本と台湾の良好な関係は維持されると思いますが台湾防衛については自分たちで確保すべきであり、それが重要だと思います」

台湾民意の変化に注意を

トランプ2.0は台湾にとってこれまでにない不確実性に満ちたものになると劉教授は予想する。

中国共産党との内戦に敗れ、1949年に国民党が台湾に逃れて以降、台湾は武力統一も辞さない中国と対峙しつつも互いに経済で依存し、後ろ盾のアメリカや対立する中国、友好的な関係を持つ日本の間でバランスを取りながら国際社会で存在感を示してきた。

石破首相は首相就任前に訪台し頼清徳総統と会談している 台湾総統府提供 2024年8月
石破首相は首相就任前に訪台し頼清徳総統と会談している 台湾総統府提供 2024年8月

去年11月に台湾でトランプ氏をめぐり行われた民意調査では、57.2%の人が中国の攻撃があってもアメリカが台湾を守るため軍を派遣することを信じないと答えている。

劉教授はこうした台湾市民の意識も踏まえ、安全保障はアメリカや日本に頼るだけでなく、台湾自身で考えるべきだと訴える。

また、中国とのパイプがないという頼清徳政権の「トラック2外交」に期待を寄せている。
劉教授はインタビューの中で中国の統一政策にも触れ、台湾の若年層の多くは自分たちを「台湾人」と考え、中国本土への意識・感情が薄れていると指摘する。

その上で、劉教授は歴史的経緯から「統一」を言うのでは台湾の若者の反発を招くだけであり、中国はまず「分断」の現実を受け入れ、それから「統一」について話すべきだとの意見だ。

先日、台湾の人と話した際「先祖の墓がある中国本土に行くことに息子が関心を持たない」と嘆いていた。台湾の頼清徳政権が軍備増強を続け、「トラック2外交」を模索したりするのは「トランプ氏は守ってくれない」という民意を反映したものと言える。

一方、中国の習近平政権は、経済の低迷が続くなか、共産党体制維持のため、これまで以上に民意を気にしている。

中国と台湾の関係を語る上で「軍事侵攻」や「武力統一」などの表の動きに注目がいきがちであるが、表からは見えない民意の変化にも注意しながらトランプ2.0の中国と台湾の関係を見ていきたい。

【執筆:FNN北京支局長 垣田友彦】

垣田友彦
垣田友彦

2024年7月より(株)フジテレビジョン 報道局国際取材部 北京支局長