災害時の死者・不明者の「氏名公表」の対応が分かれる理由

近年の日本列島は記録的な大雨や台風・地震などの大規模災害が相次いでいます。

我々メディアはこうした災害が発生した場合、亡くなられた方、安否不明となっている方々の氏名を公表するよう求めています。氏名が公表されることによって安否確認が迅速に進んでそれが円滑な救助活動に繋がり、命を救うことになります。また、事実の検証にも実名は欠かせないと考えています。

今回はこの災害時における「氏名公表」について、報道記者・キャスターとして活躍した後、2011年に神奈川県知事に就任した黒岩祐治知事に話を伺いました。黒岩知事は全国知事会で危機管理・防災特別委員会の委員長をつとめています。

2019年10月 台風19号は大きな被害をもたらした
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2019年10月、各地に大きな被害をもたらした台風19号。この災害での死者・行方不明者の発表は各都道府県によって対応が分かれました。

岩手県や宮城県・栃木県などでは実名発表されたものの、神奈川県をはじめ千葉県や埼玉県など多くの自治体で、氏名は公表されませんでした。

政府の防災基本計画では、災害発生時の死者・不明者の「数」については都道府県が一元的に集約すると定めています。しかし、死者・不明者の「氏名公表」については明記されておらず、各自治体が頭を悩ませながら対応しているのが実情です。氏名公表の基準を策定している都道府県はわずか17(今年6月時点)にとどまり、全国知事会では統一基準を定めるよう国に求めています。

神奈川県では「原則氏名公表」の新ルール

日本新聞協会は今年3月、国と全国知事会宛てに、災害時の死者・不明者の氏名公表を求める要望書を提出しました。神奈川県はこの要望を受けて、災害発生時の死者・不明者の氏名を「原則速やかに公表する」との新しいルールを策定しました。

黒岩祐治神奈川県知事

ーー神奈川県では災害が起きた際に名前を速やかに公表するという新ルールを決めました。知事の考え方と方針決定に至る経緯について教えて下さい。

黒岩祐治知事:
私自身が元々どう考えていたか、メディアの中で育った人間でありますから、氏名は速やかに公表すべきだと思っていたんです。報道によってどんなことが起きているのか事実を知ることはすごく大事なこと。知る権利というものに対して報道機関は向き合っているわけですから、匿名報道を徹底すると結果的には国民の知る権利そのものを封じ込めていくことになる。だからこそオープンにすべきだと思っていました。

災害時の死者・行方不明者の名前を公表すべきかどうかは全国知事会の中でも様々で意見が分かれていました。考え方が違っていたんですね。それで全国知事会としては、統一的な基準を求めると国に要請していたわけです。

その中で私自身が全国知事会の危機管理・防災対策特別委員会の委員長に就任しました。全国知事会としては国に要望しているので、自分の考えは考えとしてその方針に合わせていたのです。ただ、危機管理・防災特別委員会の委員長になって「知事がそういう思いを持っているならリードする形でやってもいいじゃないですか?」という話をある時にされて、それも一つの考え方だなと思っていました。

そして、どうしようかなと考えていた時に、日本新聞協会が要望を持ってきたので、災害時の死者・行方不明者の名前はすぐ出しますという方針を決めて、地域防災計画に位置づけられたということです。
 

4月に初めて新ルールを適用

この新たなルールを策定した翌月(4月)には神奈川県逗子市で崖崩れが発生し、男性が死亡しました。神奈川県はこの災害で初めて新ルール適用し、被害者の氏名をマスコミに公表しました。

ーーすぐに名前が公表されましたが、公表したことによって支障がありましたか?​

これは初めての経験でした。この事故の少し前に同じような事故があって、そこで若い女性が亡くなりました。その時にはこういう方針をとっていなかったから、名前を出さなかった。

今回新しいルールを作った直後に崖崩れがあって、ルールに則ってすぐに情報を出しました。これは最初のケースですからどうなることかと緊張感を持っていましたが、特に問題はなかったですね。
 

ーー今年は熊本でも記録的な豪雨で大きな被害が出ました。亡くなられた方、不明の方ほとんどのお名前が公表されましたが、「家族の同意」を得てからという形でした。熊本県の対応や一連の災害報道についての所感をお聞かせください。

それぞれの都道府県で工夫して苦労されて、それぞれのルールを作ってそれに基づいてやっています。これは大変困難な仕事です。あれだけの大雨でたくさんの方が亡くなられるということがあった時に死者・不明者の名前を出すか出さないか、家族の承諾を得てから出す。これは本当に大変なことで、ご苦労があります。

神奈川県のように出すものだとルールを決めればすごくシンプルです。そのぶんメディアの責任は大きくなります。
 

2020年7月 豪雨で熊本・球磨川が氾濫

ーーご家族が実名公表を望まないケースもあると思いますが、これもメディアがどう扱うかということでしょうか?

それも含めてメディアに情報を出すワケですから。そういうことも含めてメディアとして対応すべき。行政が出すとか出さないとかというものではないと思う。
 

知事が氏名公表を判断できる法的権限を

全国知事会の危機管理・防災特別委員会は8月下旬、オンライン会議を開催しました。様々な意見がある中、1つの大きな方針を取りまとめました。

黒岩知事:
各知事の判断で氏名公表をすることができる。一番大事なのは権限です。氏名公表することができることの法的な権限。
知事が名前の公表をするといったら出せるというルールを法的な裏付けを作ってくれということを委員会で取りまとめた。それとともにどんな具体があるかガイドライン的なものを全国知事会と国ですりあわせて作っていきましょうということになりました。

 

知事が氏名公表を判断できる権限を法律の中で明文化するよう国に求める方針でまとまったといいます。また、ガイドラインを国と知事会ですりあわせながら作成していくことも確認し、今後全国知事会にはかったうえで、国への提言に盛り込まれる見通しです。
 

黒岩知事:
災害の時に命を救うための準備は徹底的にやる。災害が起きたときにもいち早く命を守るために全力を尽くす。ただその話と氏名の公表は別の話で、知る権利に応えるということなんです。

我々はメディアに対して(情報を)出す。それを報道するかどうかはメディアの責任です。
 

氏名公表は「国民の知る権利に応えること」、この一点に尽きると力を込めた黒岩知事。受け取った情報をどう伝えるか、メディアの責任は重大だと指摘しました。

先にも述べたように、災害時の氏名公表をメディアは求めています。これは助けられる命を確実に救うためでもあります。より正確な情報を被災者や国民に伝えることは迅速な救助活動や二次被害を防ぐことにも繋がります。

そして事実の検証や教訓を伝えるためにも実名で報じることには大きな意義があります。大災害こそ取材が過熱し、対象者に負担をかける恐れがあります。我々は被害者そしてご家族の気持ちに寄り添う姿勢を常に持ち続けて、信頼される報道に徹していかなければならないと強く思います。
 

(執筆:フジテレビ社会部警察庁担当 山下高志)