6月まで行われていた「キャッシュレス・ポイント還元」、9月から始まった「マイナポイント」事業の影響もあり、キャッシュレス決済の利用率は上がっているように感じるが、1つの懸念点がある。

2018年9月の北海道胆振東部地震、今年7月の「令和2年7月豪雨」など、災害が起こるたびに取り上げられるのはキャッシュレス決済の“脆弱性”だ。災害によって停電や通信障害が起こった場合、クレジットカードや電子マネーでの決済ができなくなるおそれがある。先週末に最大級の警戒が呼びかけられた台風10号では、九州全域で最大約47万6000戸が停電となった。

災害対策として、やはり現金は備えておくべきだろうか。また、災害時でも、キャッシュレス決済が使える仕組みはないのものなのか。大和総研・主任研究員の長内智さんに聞いた。

小銭などで「数千円分」を備えておくと安心

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「2019年は“キャッシュレス元年”と呼ばれるほど、キャッシュレス決済の普及が進みましたが、『大災害に弱い』という欠点はいまだ大きく変わっていません。今後も利用する上で、1つの弱点として捉えていく必要があると思います」

実際に「令和2年7月豪雨」でも、熊本県人吉市の球磨川の氾濫時に、停電と通信障害によって、一時的にキャッシュレス決済が利用できなかったようだ。その状況から現金を評価する声も上がったが、いざという時のためにも現金は備えておくべきだろうか。

「避難する際にお金が使えないと困るから、多めの現金を備えておこうと考えてしまいがちですが、現金も災害に弱いことに変わりありません。津波や火災によってお金そのものを失ってしまうおそれがあるので、タンス貯金はやりすぎない方がいいでしょう」

現金そのものがなくなれば、家の修繕や建て替えなどができなくなってしまう。また、被災時はキャッシュレス決済やネットバンクが一時的に使えなくなるが、電気や通信が復旧すれば利用できることから、貯金はタンスではなく銀行口座に入れておくと安心とのこと。

一方で、災害に備えて現金を用意しておくことも大事だという。

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「避難している間の数日の食費が賄えるくらいのお金を、非常持出袋の中に入れておきましょう。一般的には数千円もあれば足りると思います。その際に注意すべきは、1000円札と500円硬貨、100円硬貨で用意しておくこと。被災時はスーパーやコンビニも現金を補充しにくくなり、お釣りが出せない場合があるからです」

避難先でコインシャワーやロッカーを使う場合にも、小銭が必要になる。災害時は1万円札や5000円札よりも1000円札や500円硬貨、100円硬貨の方が役立つことを覚えておこう。

非常事態にも利用できる金融サービスが登場

被災したタイミングで現金を持っておらず、キャッシュレス決済も使えなくなったとしても、救済策はあるようだ。

その1つが、各企業が採用し始めている「キャッシュアウト」。ATMの代わりに、実店舗のレジなどから現金を引き出せるサービスだ。

例えば、東急線各駅の券売機から、ゆうちょ銀行などの預貯金を引き出せる。スーパーのイオン・イオンスタイルでは、イオン銀行の預貯金の引き出しが可能。

「『キャッシュアウト』は日常的に使えるサービスで、いざという時に駅やスーパーが被災者の現金の窓口になるといっていいでしょう。ただ、『キャッシュアウト』の利用が多いと、店舗側が現金を補充できず、サービスが利用できなくなります。現金の補充方法は、企業側の課題ですね」

さらには、オフラインでも決済できるICカードリーダーサービス「Square(スクエア)」も、徐々に広がってきているそう。通信障害が起きている状況でも、専用カードリーダーで決済を仮置きできるため、クレジットカードで商品を購入し、通信環境が復旧してから本決済が進められるというもの。

「『Square』は着々と利用率が伸びているので、取り入れている店舗は増えていくでしょう。クレジットカードだけでなく、電子マネーにも対応し始めたので、災害時にも利用しやすくなると思います」

長内さん曰く、「キャッシュレス決済会社が、独自の災害対策を打ち出すまでには、まだ時間がかかりそう」とのこと。

「各社それぞれに『対策をする』と発表していますが、いつ来るかわからない災害というリスクに対して新システムを開発するのは、収益性が出にくいという現実があります。技術が進歩すれば一気に動いていくと思いますが、少し時間がかかるかもしれません」

「デジタル通貨の導入」が災害対策のカギになるかも…?

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キャッシュレス決済の普及率が高い中国や北欧へも現地調査や視察に赴いている長内さんは、「外国のキャッシュレス事情が、日本に影響を与える可能性がある」とも話す。

「中国では、デジタル通貨である『デジタル人民元』の試用運用が開始され、スマートフォン同士を接触すれば決済できる仕組みが話題になっています。スマホの充電さえできていれば、どのような状況でも決済ができるというわけです」

日本国内でも、日本銀行がデジタル通貨グループを設置し、実証実験を行う方針を発表している。

「日本でデジタル通貨が導入されるとしても、まだまだ先の話になるでしょう。ただ、デジタル通貨は国の法定通貨なので、非常時でも使えなければなりません。もし導入が決定したら、今以上のスピードでキャッシュレス決済の災害対策は進むでしょう」

現状、災害時の課題が残るキャッシュレス決済だが、技術の進歩によって停電時などでも使える新たな仕組みができるかもしれない。今後の情報を追いながら、今は非常持出袋には数千円分の1000円札と小銭を備えておこう。

長内智
大和総研・主任研究員。専門分野は金融資本市場。内閣府で経済財政白書の執筆に関わるなど、「産官学」にわたり幅広い分野で調査を行ってきた経験やチーム力を活かし、金融市場・実体経済の分析を行う。2019年9月に行ったスウェーデン、フィンランド、エストニアへの視察をもとに山岡浩巳氏、加藤出氏と執筆した『デジタル化する世界と金融~北欧のIT政策とポストコロナの日本への教訓』(中曽宏 大和総研理事長・前日本銀行副総裁監修)が発売中。
https://www.dir.co.jp/professionals/researcher/osanais.html

取材・文=有竹亮介(verb)

プライムオンライン編集部
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