ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はすでに1000日以上続き、双方合わせて100万人以上が死傷したといわれる中、戦争終結の兆しは全く見えていない。

そんな中、2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏が次期アメリカ大統領に就任する予定だ。トランプ氏はウクライナ支援に消極的とされ、過去にも「大統領就任前に解決する」「就任後24時間で戦争を終わらせる」などと主張してきたが、その具体的な手法は不明だ。

トランプ次期政権発足後、ロシア・ウクライナ戦争はどう動くのか。イギリスとウクライナの識者に聞いた。

識者の見解――4つのシナリオ

今回話を聞いたのは、世界有数のシンクタンクである英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のロシア・ユーラシア・プログラムのアソシエートフェローのジョン・ラフ氏とウクライナのキーウ・モヒラ・アカデミー国立大学のオレクシー・ハラン比較政治学教授の2人。

左:キーウ・モヒラ・アカデミー国立大学のオレクシー・ハラン教授右:英王立国際問題研究所のアソシエートフェロー、ジョン・ラフ氏
左:キーウ・モヒラ・アカデミー国立大学のオレクシー・ハラン教授
右:英王立国際問題研究所のアソシエートフェロー、ジョン・ラフ氏
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両者にはラフ氏が提唱したウクライナ戦争の未来についての以下の4つのシナリオをもとにロシアとウクライナの現状を分析してもらった。

1.戦争の長期化 ウクライナとロシアが軍事・経済的資源を削り続ける消耗戦が続く。
2.戦闘の凍結 休戦合意によって戦線が固定され、戦闘が一時的に停止する。
3.ウクライナの勝利 2022年2月23日の境界線への回復。
4.ウクライナの敗北 ロシアの降伏条件をウクライナが受け入れる。

ロシアの現状――戦闘の凍結と長期化の狙い

ラフ氏は、ロシアの戦略は「ウクライナの敗北」を通じて西側諸国に対して屈辱を受けさせることが目標であり、現在、ロシアは戦場での前進とウクライナのエネルギーインフラ攻撃を続け、国民の士気を削ぐことを狙っていると指摘。一方で、トランプ氏およびウクライナの出方次第でロシアは「戦闘の凍結」を行い、軍を再建しつつ、より長期的な対立に備える可能性があると述べた。

オンラインでインタビューに応じたジョン・ラフ氏
オンラインでインタビューに応じたジョン・ラフ氏

一方のハラン教授も、ロシアの目標は「ウクライナの敗北」であるとし、時間稼ぎのために「戦闘の凍結」をして、その間に占領地でのウクライナ文化の弾圧、ロシア人の流入を進め、人口動態の変更を進めるだろうと指摘。ロシアは人的資源で優位にあり、また国際社会の分断を利用し、核兵器の脅威をちらつかせることで西側諸国を揺さぶろうとしていると述べた。

ウクライナの現状――勝利への課題と西側支援

ラフ氏によると、ウクライナのゼレンスキー大統領の目標はあくまでも「ウクライナ勝利」だが、実現の見通しが立たない中、その内容は現実的な妥協を含む形に変わりつつあると指摘。ロシアによる一部領土の一時的な占領は受け入れた上で、その安全を国際的な安全保障で守る方針を模索しているという。米軍以外のNATOの一部軍隊を平和維持部隊として駐留させる案や、政治的自由と経済発展を強調する「ドイツ分断後の西ドイツ」のようなモデルを追求する可能性があるとしている。

オンラインでインタビューに応じたオレクシー・ハラン教授
オンラインでインタビューに応じたオレクシー・ハラン教授

一方、ハラン教授は、ウクライナがすでに部分的な勝利を収めた点を評価。ロシアの当初の計画であるウクライナ政府の崩壊や全土占領は阻止され、キーウからロシア軍を押し戻したことがその証拠だとする。そして、完全勝利には西側諸国による防空システムや長距離ミサイル、最新戦闘機の迅速な供給が必要不可欠だと主張した。

最も現実的なシナリオは「戦闘の凍結」

2人に改めて、トランプ氏再選の影響を踏まえつつ4つのシナリオについて振り返ってもらい、2025年に最も起こりうるシナリオを予想してもらった。

1. 戦争の長期化
両者とも、戦争の長期化は比較的現実的なシナリオであると見ている。
ラフ氏は、ロシアが戦闘を一時停止しつつも長期的な対立に備える余裕があると分析。一方、ハラン教授は、西側諸国の兵器供給が遅れたことが戦争の長期化を招いていると批判する。

パリで3者会談を行ったトランプ次期大統領、マクロン大統領、ゼレンスキー大統領(2024年12月)
パリで3者会談を行ったトランプ次期大統領、マクロン大統領、ゼレンスキー大統領(2024年12月)

2. 戦闘の凍結
両者とも「戦闘の凍結」は現時点で最も起こりうるシナリオだと指摘する。
その理由としてラフ氏が挙げたのがやはりトランプ氏の再選だ。トランプ氏は戦争終結を掲げているが、その実態はあくまでも「戦闘の凍結」になるだろうと指摘。ラフ氏はまた、「トランプ氏の政策が短期的停戦をもたらす一方で根本的解決には至らないだろう」と指摘する。そしてトランプ氏は欧州にウクライナ支援の責任を押し付けようとする一方で、外交的解決が進まなければロシアと対立する可能性も残されているとしている。
ハラン教授も「戦闘の凍結」は残念ながら大いにあり得るとし、それは危険な一時的停戦に過ぎないと警告する。ロシアは軍を再建し、占領地域でウクライナ文化を弾圧し、人口動態を操作することで支配を固める。クリミアがその例であり、これは将来的な再侵略への布石となりかねない。さらに、「核保有国の武力行使を許容する前例」を作ることで、西側諸国に悪影響を及ぼすリスクもあると述べた。

アメリカ軍がウクライナに供与した長距離ミサイルATACMS(資料)
アメリカ軍がウクライナに供与した長距離ミサイルATACMS(資料)

3. ウクライナの勝利
ラフ氏は2022年2月23日の境界線への回復というこのシナリオは現時点では非現実的だとする。たとえ西側が大幅な支援を今後決めたとしても、状況が一気に変わることは考えにくいと指摘。さらに、ウクライナ支援に消極的なトランプ氏の再選はウクライナの勝利よりも、戦闘を終わらせる方法を見つけようという圧力が強まる方向に動いていると述べた。
ハラン教授は、ウクライナの完全勝利は現時点ではなかなか見込めないとしつつも、西側諸国の十分な兵器支援、特に防空システムと最新戦闘機などの武器供給の強化があれば実現できるとする。

ウクライナ当局は2024年12月20日、首都キーウがロシア軍のミサイル攻撃を受け1人が死亡、12人が負傷したと発表
ウクライナ当局は2024年12月20日、首都キーウがロシア軍のミサイル攻撃を受け1人が死亡、12人が負傷したと発表

4. ウクライナの敗北
ラフ氏はプーチンが求める完全な勝利はアメリカを含む西側が許容しないだろうと指摘。ハラン教授も、このシナリオは最悪の結果としつつその可能性は低いと見る。一方で、ロシアは時間を稼ぎ、ウクライナを不安定化させることで「勝利」を宣言する恐れがあるとした。

国際社会の役割

ラフ氏とハラン教授両氏は、ウクライナ戦争の未来は依然として不透明であると結論づける。最も現実的なシナリオは「戦闘の凍結」だが、これは一時的な停戦に過ぎず、将来的な再侵略の危険をはらんでいる。また、ウクライナの勝利には西側諸国の強力かつ迅速な兵器支援が不可欠だが、その供給が遅くなれば戦争の長期化は避けられないだろうと指摘した。

両氏が言う通り、2025年、トランプ政権の政策がウクライナ戦争の方向性を大きく左右する鍵となるだろう。日本や欧州諸国はトランプ政権の動向を見据え、ウクライナ支援の空白を埋める役割を果たす必要がある。これは単なるロシアとウクライナの間で起きている「地域紛争」という問題ではなく、今後の国際秩序や安全保障のあり方を決する重要な試金石となっている。
(FNNロンドン支局長 田中雄気)

田中 雄気
田中 雄気

FNNロンドン支局長。侵攻後のウクライナをこれまでに5回取材。元社会部記者。夕方および夜のニュースのディレクター、デスク、プロデューサーなどを経験。