石川テレビの稲垣アナウンサーが、能登の復興に向けて前を向く人たちに話を聞く「能登人を訪ねて」。今回訪ねたのは、伝統工芸の輪島塗を「ある形」で再生させようと奮闘する、輪島市の木と漆の工房「輪島キリモト」の7代目の、桐本泰一さんだ。

元日に能登半島地震発生『30年間を凝縮したような』怒涛の日々
大学で工業デザインを学んだ桐本さんは、一般企業を経て1987年に家業を継いだ。
家業を継いでからは、塗師屋を中心とする分業体制が当然だった輪島塗業界で、木地作りから漆塗りまでを同じ工房内で行える体制を整備。その作品は、国内はもちろん海外でも高く評価されている。
そんな中、発生した地震と豪雨が桐本さんの人生を変えた。
桐本泰一さん:
「たった9ヶ月と3週間ぐらいの話なんですけど、どうだろう…。何か30年分ぐらいの…私、輪島に帰ってきて37年になるんですけど、それと同じぐらいのことが、この9ヶ月と3週間で凝縮されたような気がしますね。」

元日の地震では、市内にある自宅や倉庫が倒壊。さらに、朝市通り周辺の火災で長男の自宅兼工房が全焼した。だが、甚大な被害を受けながらも桐本さんの心は折れていなかった。
3月には世界的建築家・坂茂さんが設計した仮設工房が完成。4月から少しずつ製作作業を再開させ、9月には地震で延期となっていた大阪での「輪島の食祭」イベントを成功に導いたのだ。
桐本さん:
「わたしたちは輪島が好きで、一生懸命やる事で輪島を復興させて、いずれ戻ってきたくなるような輪島に復興させたいと思っています。自分たちで必ず立ち上がります」

桐本さんは地元輪島の人たちにとっても、心強い言葉をくれた。
雨にも負けず『革新』を続ける
しかし、イベント終了から5日後に再び悲劇が襲った。9月21日に発生した奥能登豪雨により、工房が大規模浸水したのだ。豪雨から6日後、稲垣アナが桐本さんの工房を訪ねると、桐本さんは疲労の浮かぶ面立ちでポツリとつぶやいた。
桐本さん:
「折れないタイプなんですけどね、心、折れますよね…」

地震の被害から立ち上がり、ようやく進み始めた矢先に起きた豪雨。業界内で「不屈のキリモト」と呼ばれる桐本さんでも膝を折るほど、2度の被災のショックは大きかった。
桐本さん:
「これ以上底はないだろうということで、上をずっと見てきたんです、前を見てきたんです。ところが、それ以上の底があって、後ろから何か全く予想しなかった恐怖に襲われてしまった」

輪島と地域に根差した伝統工芸を襲った、度重なる試練。しかし、桐本さんの熱意は消えていなかった。豪雨災害から1ヵ月後に稲垣アナが再び工房を訪ねると、職人たちは黙々と自分たちの仕事を始めていた。
不屈のキリモト、今年2度目の復活だ。
桐本さんは震災発生以前から、これまでの輪島塗に新しい発想を加えた商品の開発に挑戦してきた。稲垣アナがこの日見せてもらったのは、県工業試験場が開発した色鮮やかなパール調の色漆を使った器。『現在の食卓にも合うデザイン』がテーマだ。

桐本さん:
「伝統というのは『革新』の連続。
その時代にしっかりと合わせたものを創作していくことでつながってこそ伝統。今の暮らしの中で独特の生かし方をするというのは、伝統工芸の中ではむしろ当たり前の行為という風に言えます。」

被災した輪島塗を救い・生まれ変わらせる活動
暮らしにあわせた工芸を創作する『革新』を続けてきた輪島キリモトが、2度の被災を経て新たに取り組んでいる活動があるという。
桐本さん:
「フラットさんご夫妻が能登一円から救い出した器です。いわば被災した輪島塗のレスキューですね。このレスキューをした器を私ども、輪島キリモトが生まれ変わらせる…リボーンをする。レスキュー&リボーンをする活動なんです。」

その活動をより深く知るために、稲垣アナがやって来たのは、能登町矢波にある民宿ふらっと。
店を切り盛りするベンジャミン・フラットさんと船下智香子さんの夫妻は、能登半島地震で保管場所を失い、やむを得ず捨てる事になった輪島塗を譲り受け、必要な人に受け渡す活動を続けている。
智香子さん:
「仮設住宅に行かれる方とかは、スペースも全然ないじゃないですか。今まで代々受け継がれてきたものも、もう置く場所もないし…。でも受け継いできた輪島塗は捨てたくはないし…。
輪島塗って、能登の人にとったらすごく特別なものやし、それを捨てざるを得ないっていうのがが問題のような気がします。」

そんな2人の活動を知った桐本さんが、少し欠けがあるなど修復が必要な輪島塗を譲り受け、キリモト流の新しい味付けを加えて再生させることにしたのだ。
2度の被災で、輪島塗を大切にする生き方を変えざるを得なかった人たちの思いも、輪島塗も大切にするという、フラット夫妻と桐本さんの熱い思いを感じる。
智香子さん:
「ちょっとシックな感じで、現代の食卓にもぴったり合うような仕上がりにしてくださってるし、昔の職人さんの技がそのまま残った上に、新たな価値を重ねて下さっているというのがすごい。」

『不屈の桐本』が思い描く輪島塗の未来
2度の被災を経て、立ち上がり続ける桐本さん。『不屈の桐本』が思い描く輪島塗の未来について、聞かせてもらった。
桐本さん:
「他の伝統工芸がそうであるように今後、輪島塗も売り上げが小さくなるということは予想できます。ただし、この状況に陥ってもまだ仕事をするんだという方々が沢山いて、みんなとそれぞれ連携して、決して傷をなめあうのではなくて、みんなで前を向いてみんなで進んでいきたい。
前向きな連鎖でつながっていくことで、本当の意味での『伝統』になっていくのでこれ以上底がないと思いたいし、ならば上を向いて、前を向いて、みんなと話をして新しい輪島塗、新しい漆の世界を切り開いていきたいなと思います。」

2度の被災で生活はガラリと変わってしまったが、桐本さんの他にも前を向いて仕事に向き合い続ける職人はたくさんいる。そんな、仲間たちと支えあいながら、革新を続け暮らしにあった新しい価値を創作し、提案していく。
「伝統工芸」をつないでいく職人とは、変わってしまうことを否定せず、柔軟に新しい伝統や世界を切り開いていくものなのか。
桐本さんと握手を交わし、稲垣アナはそう思った。
(石川テレビ)