東京と岩手・盛岡の実家を定期的に行き来し、認知症の母親を介護する生活を7年続けてきた男性がいる。
新型コロナウイルスの影響で自由に帰省しづらくなった現在の状況に男性は苦悩を深めている。

盛岡出身で現在東京で暮らしている工藤広伸さん(48)。

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介護をテーマに作家、ブロガーとして活動している。
ブログは全国に読者がいてアクセス数は500万以上に達してる。

工藤広伸さん:
介護離職した40代の男はあまりいないだろうから「記録に残しておけばいいかな」という気持ちで発信していたんですけれど、気づいたら全国の方に読んでいただいて勇気をもらったとかコメントもあった

東京に住み定期的に介護のため帰省

介護のため勤めていた会社を退職した工藤さん。
東京に住みながら2週間に一度盛岡に帰省し、現在77歳の認知症の母を介護する生活を7年続けてきた。

工藤広伸さん:
東京で結構長く生活しているので、友達とか元同僚とかいっぱい仲間がいるのを犠牲にすることもできない。介護でよく"虐待"ってあるんですけど、あれは近すぎるが故にぶつかっちゃう。うちも母が認知症で同じことを何回も言うと、ついたまに言っちゃうことがあるんですよ、「同じこと何回も言って」みたいな。次に帰ってくるとまた優しい気持ちで介護できるので、そういうメリハリをつけられるメリットがあると思う

工夫を重ね「遠距離介護」を実現

母親は1人暮らし。
県内に住む工藤さんの妹も毎日は来られない中、さまざまな工夫で遠距離介護を続けてきた。

その1つが居間や台所に設置されている見守りカメラ。

工藤広伸さん:
スマートフォンで見るんですけど、「スマカメ」というのがあって、こんな感じで大きくしたりスライドしたりできるので、これで今の状態を確認することができますし。カメラから声も出ますのでこれで声がけができる

さらにテレビやエアコンもスマートフォンで東京から操作できるシステムを取り入れ、母親の暮らしを支えてきた。

そんな遠距離介護の日々にもコロナが影を落とした。緊急事態宣言が出され、県をまたぐ移動の自粛が求められたため、工藤さんは4月から3か月間帰省を断念した。

工藤広伸さん:
圧倒的に会話する量が減るんです。会話が減るということは認知症にとってはあまりよくない、刺激が少ない状態になってしまうので、認知症の進行が一番心配でしたね

政府による自粛要請解除後、6月末に盛岡に帰った工藤さん。周囲への配慮から5日間ホテルに滞在し、さらに2週間経つまで母親以外の人と会わないようにした。

工藤広伸さん:
(当時)コロナ感染者ゼロの岩手県に帰ってくるプレッシャーというのは、他県とは比べ物にならないくらい大きくて、絶対に迷惑かけてはいけないという気持ちがあったので、自主的に健康観察しなければと思って、2種間過ぎてから(母を)病院に連れて行ったりしていた

母親は普段でも自分で料理を作るが、帰省した時に必ず作ってもらうのがラーメン。材料をすべて並べると調理できると言う。

工藤広伸さん:
元々うちの母は寮母をやっていて、本当にプロの店の料理を再現できるくらいの人だったんですけど、もう今9割くらいレパートリーを失っていて、手の込んだ料理は唯一ラーメンくらいなんです。これは忘れてほしくないので

普段離れて暮らすことで、かえって母親への意識が強くなると語る工藤さん。認知症介護のアドバイスを詰め込んだ本を7月29日出版した。

工藤広伸さん:
目が離せない時もあるけど、いろいろな人に頼ったり、いろいろな道具を使って距離を保つことで、認知症の介護をやさしくできる。(介護で)故郷に帰ったり自分の人生諦めたりした人を本当にたくさん見てきたので、そうならないでほしいなと

東京に帰る日が近づいてきた。

1人になっても毎日ヘルパーや訪問看護師など誰かが家を訪ねるスケジュールが組まれているが、母親は手足にも病気を抱えていて買い物には出られないため、工藤さんは生活用品のストックも用意していた。

次の帰省が見通せない中、帰宅の途へ

帰省の間が空いた分、今回は1カ月半と長く滞在した工藤さん。東京に戻る心中は複雑。
次は通院に合わせ10月に帰省する予定だが、先は見通せない。

工藤広伸さん:
次いつ帰ってこられるのかというそこですね。下手したら正月とか来年なるかもしれないし。気持ち的には2カ月後と思っているんですけど。本当こればっかりはどうなるかわからないので、その不安はすごい大きいです

コロナの状況に大きく左右される遠距離介護。認知症が進まないよう願いながら再び東京から見守る日々が始まる。

(岩手めんこいテレビ)

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