日本の伝統芸能の1つ「獅子舞」を愛してやまない愛媛・松山市の小学5年生が2024年、初めて地方祭の舞台に挑戦した。本番までの1カ月を追った。

3歳頃から獅子舞に夢中になった少年

愛媛・松山市の小学5年生、亀岡紘至君が自宅で出迎えてくれた。両親によると、紘至君は「のんびりしておだやか」で、「いわゆる“陽キャ”と呼ばれるキャラクター」だという。そんな紘至君は、実は幼い頃から獅子舞に夢中になっていた。録音した太鼓の音に合わせながら、お母さん手作りの獅子頭を回し、元気よく舞う姿を見せてくれた。

3歳の紘至君
3歳の紘至君
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紘至君の母は、「紘至が赤ちゃんだった時に(いとこが獅子舞を)踊っているところを見て、いつのまにか夢中になっていました」と語る。当時のことを覚えているか聞かれた紘至君は、「覚えて…ないですね」と答えたが、3歳の頃の映像では、獅子舞の動きをまねして首を上下に振る姿が残されていた。

紘至君は幼稚園の頃から、いとこが踊るDVDなどを参考に見よう見まねで獅子舞を練習するようになった。「いとこの獅子舞のDVDを見て、『どうやってできるんだろう』が、『どうやったらうまくできるんだろう』に変わっていった」と、獅子舞への情熱が芽生えた様子を語った。

しかし、紘至君が住んでいる地区には「獅子舞の保存会」などがなく、経験者から「舞」を詳しく教えてもらうことができない。「ちゃんとした形で踊ってみたい」と紘至君は願い、「太鼓と合わせるのも大事だと思うし、獅子のシッポ役の人とも合わせるのも難しいと思う」と本格的な獅子舞への憧れを語った。

そこで今回「EBCライブニュース」では、獅子舞の上達を願う紘至君を受け入れてくれる松山市内の保存会を探した。そして、荏原地区の「矢谷・井関獅子舞保存会」が、秋祭りに向けた練習に参加させてくれることになった。

「矢谷・井関獅子舞保存会」は1978年に設立。現在、子供獅子舞には地元の小学生から中学生までの13人が参加している。矢谷・井関獅子舞保存会の高須賀仁五会長は、「やる気があるならどんどん教えていくし、みんなと仲良くやってくれれば一番」と紘至君の参加を歓迎した。

地域に根付く獅子舞の多様性と魅力

2024年9月1日、秋祭りまで約1カ月となり。保存会での練習が始まった。高須賀会長は紘至君に「見ながらで良いから、一番始めはここから。“露払”と言ってカシラを振りながらこのへんまで移動」と指導。紘至君は早速、保存会の小学生たちと一緒に踊り、大まかな動きや順番を確認していった。

「矢谷・井関獅子舞保存会」の獅子舞は、サツマイモ畑が舞台の演目で、獅子が地面をはうように動く「いも堀り」や、立ち上がり周囲を警戒する「サンゴウキ」と呼ばれる動きが特長だ。特に「サンゴウキ」は片足で足踏みしながらカシラをふりつつ、太鼓の音で踏み足を入れ替える動きを繰り返す難しい舞で、紘至君はなかなかついていけない様子だった。

獅子舞歴約5年の中学2年生・大屋敷孝良さんは、「足を曲げて同じ場所でケンケン」「その時にカシラを下げない!(頭より)上に」「そこで太鼓が切り替わった時にカシラと一緒に(体をひねる)足と一緒に」とコツを教えた。紘至君は少しずつコツをつかんでいった。

初練習を終えた紘至君は、「しんどいです。(カシラを)ずっと動かすと腕の負担がかかる」と率直な感想を述べつつ、「今度の練習でもっとうまくできるようになりたい」と意欲を見せた。

荏原地区にはつの獅子舞保存会があり、保存会ごとに舞のステップや太鼓のリズムが異なり、地域ならではの演目があるのが特長だ。中野町獅子舞保存会・中野町若獅子会は「荏原地区で唯一の雄獅子で、動きが激しくて太鼓が早打ち」と特徴を語り、一木獅子舞保存会は、「うちは雌獅子なので静かな踊り。農作業していてサルがちょっかいをだしに来る」という独自の演目を持つ。

地区では毎年競演会を開催するなどして、子供たちが地域の伝統芸能を引き継いでいる。参加する子供たちからは、「楽しかったです」「やり放題なんで、獅子舞に入ったら。そこが楽しい」「みんなに見られて褒められるのがうれしい」といった声が聞かれた。ある女の子は、「(獅子舞は)幼稚園頃からずっとしています。ずっと獅子舞を続けていきたい」と熱意を語った。

荏原公民館の野中昭秀館長は、「子供が大きくなって、次の世代を教えるような伝統の継承ができれば長く続くのではないか」と、獅子舞を通じた地域の絆の強化に期待を寄せている。

新しい風が吹き始めた伝統芸能

秋祭りまで約2週間。紘至君は映像を見ながら自宅で特訓を重ねていた。「荏原地区にいる子は去年も練習して自分よりうまいから」と、必死に追いつこうとしている。

一方、保存会でも思いがけない変化が起きていた。高須賀会長は「今まで子供たちが続けて踊ることはなかった。今はずっと誰かが踊っている状態」と驚きを隠せない様子だった。2024年、保存会の練習時間は例年と比べて倍ほどに増えた。紘至君の「やる気」にみんなが触発されたようだ。

高須賀会長は、「亀岡くん効果ですよね。みんなやる気を出して刺激されて真剣にやってますね」と、紘至君の参加がもたらした良い影響を語った。獅子舞歴約5年の大屋敷孝良さんも、紘至君の舞について「今年始めたと思えないくらい覚えるのが早い」「まわる動きもしっかりしとったんで」と評価し、「本番頑張ってくれたら」と期待を寄せた。

そして2024年10月7日、祭り本番の日を迎えた。「わっしょいわっしょい」という掛け声とともに、「矢谷・井関獅子舞保存会」はみこしを担いで地域をまわり、地元の人たちに獅子舞をお披露目した。

地元の人々からは「懐かしいね」という声が聞かれ、ある人は「今、孫の世代が獅子舞を始めている。ずっと続けてほしい」と願いを語った。荏原地区の人にとって獅子舞とは何かと尋ねると、「祭り!」という力強い答えが返ってきた。

そして、紘至君の初舞台が幕を開けた。一心不乱に獅子頭を振り続ける紘至君。憧れ続けた本物の獅子舞を全身で感じている様子だった。苦戦していた「サンゴウキ」も力強いステップで表現。10分30秒を踊り切った。

舞を終えた紘至君は、「みんな協力的で分からないことは教えてくれて、この1カ月間で上達できました」と感謝の言葉を述べ、「やっぱり獅子舞は楽しいです」と笑顔で語った。

獅子舞で育まれた地域を越えたつながり。伝統を受け継ぐ若い世代に、新しい風が吹き始めている。

(テレビ愛媛)

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