台湾の半導体大手PSMCとネット金融大手SBIホールディングスが宮城県大衡村に建設する予定だった半導体工場がPSMC側の撤退により急転直下、白紙となった。この事業の投資額は約9000億円が見込まれ、宮城県の経済関係者は桁違いの波及効果に期待を寄せていた。撤退の背景には何があったのか。PSMCとSBIホールディングス、両社の言い分は食い違っている。
この記事の画像(9枚)31候補から選出「宮城唯一の村」
「まさかこのような形になるとは夢にも思っておらず、大変残念に思う」
2024年9月30日、宮城県の村井嘉浩知事は報道各社の取材に対し、落胆した様子を隠さなかった。知事にとって今回白紙となった半導体工場はそれほど大きかったということだ。
PSMCとSBIホールディングスは2023年10月31日、全国31の候補地から宮城県大衡村で半導体工場を建設すると発表した。大衡村は人口6000人ほどの宮城県唯一の村だが、村井嘉浩知事が進める「富県宮城」の舞台として注目を集めてきた村だ。「富県宮城」とは企業誘致などを推進し「県内総生産10兆円」を目指す知事肝いりの政策で、2007年以降、この地域には「トヨタ自動車東日本」や「東京エレクトロン」などが進出してきた。もちろん県も支援を惜しまず、県主導で東北自動車道の大衡ICを開設させるなど、インフラ面でも充実した地域となっている。
メリット多数 県の熱量も評価に
大衡村を選んだ理由について、SBIホールディングスの北尾吉孝会長は「東北には半導体関連のサプライチェーンが多数存在し、効率的な生産という点で非常に好ましいと思った」と話し、PSMCジャパンの呉元雄社長(現JSMC CEO)も交通インフラなどの充実、仙台市との近さ、半導体研究で高い実績を誇る東北大学の存在などを挙げた。
そして、もう1つ挙げたのが宮城県の熱心な誘致活動で、県職員はたとえ数日以内に資料の提出を求められても、休日返上で英語版とともに詳細な資料を作成した。2023年10月中旬には極秘で村井知事とPSMCの黄崇仁会長との面会も実現させるなど、他の候補地を抜きん出る動きを見せていた。
産学官民問わず 高まる期待
宮城県の熱量に合わせるかのように工場の進出決定後、県内の動きも加速していた。県は発表後すぐにプロジェクトチームを立ち上げ、約1ヵ月後の12月1日には県庁内に「半導体産業振興室」を開設させた。新年度予算には早速、工場建設前に入る台湾の従業員受け入れに関する予算も盛り込んだ。県以外にも、東北大学は台湾の世界最大の半導体受託製造企業TSMCが進出した熊本県の熊本大学と連携協定を締結し、人材育成のカリキュラムを充実させた。大衡村に近い自治体もそれぞれ従業員などの受け入れに向けた準備を始め、工場への期待は高まっていた。
急転直下の撤回 知事も動揺隠せず
しかし、発表から約11ヵ月。2024年9月27日にSBIホールディングスは「PSMCからの要請に基づき共同事業を解消することになった」と公表した。PSMC側から「日本国内での半導体製造事業について対応をしていくことがPSMCとして困難になったため、計画を見送りたい」という通知を受けたという。まさに青天のへきれきだった。
取材に応じた村井知事は「知ったのはSBIが公表する少し前。北尾会長から連絡を頂いた」とし、「コンスタントに(県民総生産)10兆円を維持できるようになると考えていた。予定が狂ったと言っても過言ではない」と動揺を隠さなかった。担当課では発表の数日前にも工場建設の打ち合わせを行っていたという。
主張異なる 両社の言い分
SBIホールディングスとPSMCはそれぞれ白紙撤回の理由について宮城県に説明したが、双方の主張は異なっている。PSMC側は「日本の補助金の交付を受けるためには10年以上にわたる長期的な操業が求められるが、PSMCが工場の運営に関わり長期的な保証をした場合、台湾の法律に違反することになる」という趣旨の釈明をしたという。
PSMCとしては工場の建設、技術移転、人材訓練、運営の協力までを考えていて、あくまで運営に主体的に関わる予定はなかったということだ。一方のSBIホールディングスは「しっかりとコミットしてジョイントベンチャー(合弁企業)としてやっていただけるという考えを持っていた」と県に説明した。さらに、北尾会長は自身のSNSで「私共は日本政府からの補助金交付の条件についても先方に詳細な説明を尽くした」と経緯を説明し、「たくさん譲歩したにも関わらず、ほぼ一方的とも言える形で解消に向かわざるを得なかったケースは初めて。あまりにも不誠実な会社」と痛烈に批判した。
責任追及避けた宮城県 影響は今も
両社の説明を受けた村井知事は「宮城県としてはどちらの言い分が正しいのか、正しくないのかということを判断する立場にはない」と責任の追及は行わない考えを示した。しかし、「県民が非常に大きな期待を持ったわけで、納得できたとはなかなか言えない」とも述べ、消化できない複雑な心境をのぞかせた。
PSMCからは謝罪の言葉もあった上で「宮城県とはいい関係を続けたい」という話を受けたという。SBIホールディングスも「宮城県を半導体ビジネスの集積地の一つとするべく、複数の事業パートナー候補と協議・検討している」と表明している。村井知事は「今回の規模のような半導体製造工場はなかなか難しい」としつつ「人材育成については、今後とも東北大学とよく調整して止めることなく続けていきたいと思っている。引き続き企業誘致には取り組みたい」とした。
村井知事は会見の中で「時計の針を戻すことはできない。これで一区切り」と自分に言い聞かせるように話した。桁違いの投資額、世界で需要高まる半導体工場だったからこそ、白紙撤回の衝撃・余波は今も広がっている。