福岡県小郡市にある平屋建ての住宅。夏休みの子どもたちが続々と集まってくる。「いらっしゃい」と子どもたちを迎え入れるのは、熊谷紀代さん(83)だ。

この日、子どもたちが集まったこの場所は、3000冊もの本が置かれている私設図書館「おもやい広場くまさん文庫」。熊谷さんが2012年に始めた図書館だ。ここでは、毎週土曜日には無料開放され「絵本の読み聞かせ」が行われている。毎年8月は「戦争」や「平和」をテーマにした絵本が選ばれている。
ゾウへのむごい仕打ちに子どもたちはー
この日の絵本「かわいそうなぞう」は、戦時中の上野動物園で餌を与えられずに餓死したゾウの実話を元にした物語。

ゾウは空襲で施設が壊れて逃げ出したら市民に危害を与えるおそれがあるとして殺処分されてしまう。「かわいそうだった。殺されてしまうところ」「怖い、怖いって思った」今では考えられないゾウへのむごい仕打ちに、子どもたちは衝撃を受けたようだ。
8月に”読み聞かせ”を行う理由
熊谷さんが毎年8月に「戦争の恐ろしさ」を子どもたちに伝えるのには、「ある理由」がある。「おばちゃんは、戦争でお父さんもお母さんも知らないんです。戦争でお父さんもお母さんも満州で死んでしまいました」熊谷さんは子どもたちに語りかけた。

熊谷さんは戦争で両親を失った「戦争孤児」だ。

戦争が始まった頃、満州・現在の中国東北部で暮らしていたが、戦争が激しくなり両親と幼い妹と離れ、兄と2人で帰国した。別れた両親と妹との再会を待ち望んでいたが、両親は現地で亡くなり、妹の行方もわからないままだ。
2歳で家族と離れ離れに
熊谷さんは、子どもたちに語りかける。
「おばちゃんは2歳半、小さい時に日本に帰されたの。満州という国にお父さんとお母さんと赤ちゃんがいたの。靖子ちゃんといいます。靖子ちゃんは赤ちゃんだからお母さんのおっぱいがないと育たないからね、満州に中国に残ったの。2歳半だったから、おばちゃん全然、お父さんとお母さんの顔も知らないの。とても寂しくて悲しくてよく泣いていました。お母さんがいない悲しみを忘れてね、絵本を一生懸命読みました」

戦争によって引き裂かれた家族の絆。生き別れた妹の靖子さんを想って「したためた詩」を熊谷さんは朗読する。「赤ん坊だった妹よ。あなたは日本人であることを、靖子と言う名前がある事を、そして姉がいることを知っていますか?」子どもたちは熊谷さんの朗読に、息をのんで聞き入っていた。
子どもたちに届いた熊谷さんの思い
朗読の後「物語でも心は苦しくなるけど、実際の体験を聞くと、やっぱり心が苦しくなるし、戦争はダメだなと度々感じる」と話す子どもや「心が痛むし、日本でこんなことが起きたらどうなるんだろう…」と悲しげに話す子ども。それぞれの胸に訴えかけるものがあった。熊谷さんは「私自身は、両親を亡くすという悲しみを受けているから、戦争を体で覚えているけど、今の子は平和な時代に育っていますからね。『くまさん文庫』を立ち上げた根っこに、戦争は二度とあってはいけない、平和じゃないといけないということがありました」
子どもたちに少しでも伝わればいいなと思っていますと結んだ熊谷さんの思いはしっかりと子どもたちの心に届いたようだ。戦争の悲惨さを次の世代に伝えるため、これからも熊谷さんは語り続ける。
(テレビ西日本)