米国の大統領選挙、民主党の副大統領候補に指名されたティム・ウォルズ氏が、州兵時代の軍歴を詐称した疑いで追い込まれている。

戦場に出ていないのに「私が戦争で携行した武器」発言

民主党のカマラ・ハリス陣営は7日、一本のビデオをX(旧ツィッター)で公開した。屋内の集会場でウォルズ氏が講演をしているビデオで、それにはこういう添え書きがある。

「ティム・ウォルズ知事:私は陸軍に25年いたし、狩猟もする。私は憲法修正第2条を守る良識ある法案に投票してきたが、身元調査はできる。銃による暴力の影響を調査することもできる。私が戦争で携行した戦争用の武器は、戦争でしか携行できないようにすることができる」

NBCニュースによれば、これは2018年に行われたウォルズ氏の講演会のビデオだというので、ミネソタ州知事選挙に当選した前後と考えられる。かつてウォルズ氏がNRA(全米ライフル協会)の会員で銃規制に消極的ではないかと言われたことに反論をしているようで、今回もそうした疑念をかわすために公開されたと推測される。

ところがこのビデオは、思わぬ反ばくを招くことになった。それは「私が戦争(war)で携行した戦争用の武器は」というくだりだ。

ハリス氏の副大統領候補に選出されたミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏(アリゾナ州・8月9日)
ハリス氏の副大統領候補に選出されたミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏(アリゾナ州・8月9日)
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ウォルズ氏は17歳の時に陸軍州兵に入隊。2005年に退役するまで重砲部隊に所属した。この間2003年に同時多発テロ事件の報復として米国主導で行われた「不朽の自由作戦」で イタリアのビチェンツァに9カ月派遣されたが、イラクやアフガニスタンで戦う戦闘部隊を支援する役割で、戦場に足を踏み入れることはなかった。(AP電・9日)

これに共和党側で同じ副大統領候補に指名されたJ.D.バンス氏が7日、ミシガン州で開かれた集会で噛みついた。

共和党の副大統領候補、J.D.バンス氏(ミシガン州・8月7日)
共和党の副大統領候補、J.D.バンス氏(ミシガン州・8月7日)

「彼は、彼が戦争で使った武器を米国の街角で使われることを許すべきではないと言った。でもティム・ウォルズ、君はいつ戦争に行ったというのだ?ティム・ウォルズは、軍歴詐称者(stolen valor)のゴミだ。自分をありもしない者と偽るな」

カマラ・ハリス選対も無視することができず、10日声明を発表し「ウォルズ知事は国家のために兵役に就いた人々を侮辱する意図はなかった」と誤りを認めたが、ハリス選対はこの他にもウォルズ氏の軍歴をめぐる訂正をしていた。

ハリス陣営がウォルズ氏の“軍歴”を訂正

政治問題専門のニュースサイト「ポリティコ」が8日伝えたもので、ハリス選対はそのホームページでウォルズ氏の軍歴についてはじめは「上級曹長(Command Sergeant Major)として退役した古参の州兵」としてあったが、その後「24年間軍務に就いて上級曹長の階級に達した」と密かに書き換えていたことが分かった。

 同サイトによると、ウォルズ氏は確かに上級曹長として服務していたが、その階級を得るために必要な教育課程を修了していなかったため、退役時に単なる曹長に戻されていたのだという。

しかしウォルズ氏はその後、連邦下院議員やミネソタ州知事選挙に立候補した際には、自らの軍歴を「上級曹長として退役」としていたので「軍歴詐称者」というそしりも免れないことになる。

イラク派兵免れるために退役?

さらに、その退役時の経緯も問題になってきた。

ウォルズ氏は連邦下院議員選挙に出馬するため2005年5月に退役したが、彼の部隊は同じ年の7月にイラクへの派兵予告命令を受け、その後、現実にイラクへ派兵された。そこでウォルズ氏はイラクへの派兵を免れるため、部下を見捨てて一人退役したのではないかと当時の部隊関係者などから疑念が投げかけられている。

ハリス氏とウォルズ氏(アリゾナ州・8月9日)
ハリス氏とウォルズ氏(アリゾナ州・8月9日)

このイラク派兵でウォルズ氏が属していた部隊でも戦死者を出した。その一人でバクダッドの南で路肩爆弾の犠牲になったカイル・ミラー軍曹の母親は、英国紙デイリー・メール電子版で8日こう語っている。

「私の息子は19歳でした。ティム・ウォルズが逃げ出した部隊に参加してイラクで戦死しました。私はカマラ・ハリスが副大統領候補に選んだ卑怯な男を決して信じません」

ウォルズ氏の周辺は、部隊が派兵される予告命令を受けたのは氏が退役する2カ月前のことで、知るよしもなかったと弁明しているが、米軍では予告命令の前に警告命令が出されることがあり、ウォルズ氏の部隊も予告命令の何カ月も前に警告命令を受けていたという証言もあり、その意図はともかくタイミングの問題ではウォルズ氏は分が悪い。

共和党のバンス氏もXで追い討ちをかけた。

「ティム・ウォルズの何が気に食わないかって?私は米海兵隊からイラクに行って国に尽くすよう要請された時、私はそれを実行した。ティム・ウォルズは国からイラク行きを要請されたとき、陸軍を退役して彼の部隊を彼なしで行かせた。恥ずべきことだ」

こうして、ウォルズ氏の民兵時代の軍歴をめぐる疑惑が次々に暴露されると、共和党寄りのマスコミやトランプ支持者のSNSなどに「軍歴詐称者」がウォルズ氏へのかかり言葉のように使われはじめた。湾岸戦争からイラク作戦、アフガニスタン侵攻と続く戦争を身近に感じてきている米国人にとって、軍歴は犯すべからず存在とも言えるのでその影響は無視できない。

「軍歴詐称者」のらく印がハリス陣営を追い込む
「軍歴詐称者」のらく印がハリス陣営を追い込む

「ウォルズの軍歴をめぐる攻撃が、ハリス陣営を受け身に追い込んでいる」

ウォールストリート・ジャーナル紙電子版8日の記事は、共和党側の軍歴詐称者作戦がそれなりに効果をあげていると分析している。

「裏庭でバーベキューをするおじさん」と民主党が売り出したティム・ウォルズ氏のイメージも、見直されるのかもしれない。
【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。