「日本も間違いなく前より進んでいると思います」

小泉進次郎環境相は先日、筆者とのインタビューの中で、「環境問題への取り組みで日本の遅れが目立つのでは」との問いにこう答えた。

ヨーロッパでは脱炭素社会に向けた様々な取り組みが行われているが、一方で、かつて京都議定書を採択した「環境先進国」日本は、世界の環境リーダーとしての地位を完全に失ったように見える。果たして小泉氏がいうように、日本は再び世界の表舞台に立てるのか。

環境問題解決に向けた丸井と新電力の取り組みを取材した。

丸井の店舗の“電力使用”は工場の2倍

青井氏「まず取り組んでいるのが再エネです」
青井氏「まず取り組んでいるのが再エネです」
この記事の画像(8枚)

「まず取り組んでいるのが“再エネ”ですね。なぜなら当社の温室効果ガス排出の8割強が電力由来だからです」

こう語るのは、大手百貨店・丸井グループ(以下丸井)の青井浩社長だ。

丸井では全国で23店舗を展開しているが、店舗は照明、空調、さらに食品を扱う際の調理、冷蔵などで巨大な電力を使用する。その使用量は「店舗の単位面積当たりで、驚くことに工場の2倍」(青井氏)だ。

丸井では10年以上前から電力の使用量削減に取り組んできた。しかし「顧客の消費性向の変化によって削減が思うように進まなかった」と青井氏はいう。

「お客様が我々に求めるものがファッションから、レストランやカフェなど飲食に変わりました。しかし飲食スペースを広げると、冷蔵や調理、排気や換気で、洋服売り場の約5倍の電力を使用するのです。そうなるといくら削減してもイタチごっこで、さてどうしようかとなりました」

企業が再エネを奪い合う時代がやってくる

そこで丸井が考えたのは、「もとから温室効果ガスを排出しない電力、再エネを調達するしかない」(青井氏)だった。

丸井は2018年に「RE100」に加盟し、2030年までに自社の使用電力を再エネ100%にすることを目指している。

「現在丸井の電力は、再エネ率を50%まで達成しています(契約ベース)。たとえば『新宿マルイ本館』の電力は、1館まるごと再エネです。我々が取り組み始めた2018年頃は、再エネはコストが高いのではという懐疑的な風潮がありました。しかしいまでは、企業が一斉に再エネへの切り替えが進んで、再エネを奪い合うんじゃ無いかと予想しています」(青井氏)

新宿マルイ本館の電力は、1館まるごと再エネに
新宿マルイ本館の電力は、1館まるごと再エネに

若者世代は環境問題を語るのがクール

丸井が将来の電力分も含めて確保しようと考え、出資したのが電力ベンチャー「みんな電力」だ。みんな電力は「顔の見える電力」をコンセプトに、太陽光発電所のオーナーと消費者のマッチングなどを手掛けており、再エネ比率は新電力650社の中でトップとなっている(東京都などによる)。

みんな電力の代表取締役、大石英司氏は「10年後には化石燃料が要らなくなるのではないでしょうか」と語る。

「いま環境省も積極的に啓発に乗り出し、RE100を目指す丸井グループのような企業も増えています。電力自由化直後は、多くの消費者が価格によって電力を選びました。しかしポストコロナでは、環境のために何かいいことをやりたいという想いが顕在化し、特にグレタさんのような若者を中心にそういう動きが世界的に広がっています」

スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん
スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん

たとえば米国の19歳のシンガーソングライター、ビリー・アイリッシュさんのように環境問題について積極的にメッセージを出すことが、いま若者から「クール」だといわれる。

「この世代は再エネについても敏感に反応します。ですから環境政策はセクシー、魅力的でないと伝わらないんですね」(大石氏)

国民の再エネ切り替えが脱炭素社会を可能に

みんな電力大石氏(右)「あと10年で化石燃料は必要なくなる」
みんな電力大石氏(右)「あと10年で化石燃料は必要なくなる」

こうした人々の環境意識の変化を、青井氏もビジネスの中で実感している。

「当社が運営する『エポスカード』の会員は約700万人いるのですが、その会員に『電気を再エネに切り替えたいか』とお聞きしたら、6割の方が切り替えを希望していることがわかりました。お客様にとって電気料金は、クレジットカードで引き落とすと便利ですし、ポイントもつくのでメリットも大きい。企業とお客様が環境負荷を一緒に低減することと、本業のビジネスが成長していくことが、両立できるのはいいと思います」

このサービスは今秋にも開始する予定だが、環境省も大きな関心を寄せているという。

「1か月程前に企業経営者が集まって、小泉大臣とグリーンリカバリーについてウエブ会議をやりました。その際に私からこのサービスを説明したところ、小泉大臣が関心を示されたので近々デモをお見せする予定です」(青井氏)

電力は経産省の所管だが、需要サイド=消費者は環境省が直接働きかけできる。

消費者の環境意識を変える可能性がある丸井の取り組みは、小泉氏にとって魅力的に映ったのだろう。

国民1人1人が再エネに切り替えれば、脱炭素効果は大きい。

サービスを共同展開する大石氏は、「会員の1割である70万人が再エネに切り替えると、133万トンのCO2削減につながります。これは大手自動車メーカーが、国内で排出する量を上回ります」と強調する。

みんな電力では今後、「再エネプランが乱立しつつある中で、消費者がより多くの再エネを選択できる環境づくり」を目指していく。

再エネによる災害に負けない社会づくり

「ポストコロナでは、電力会社は『電気を売ります』というビジネスだけでは成り立たなくなるのは確かです。電力を通してより良い社会のために、何の価値を提供するかを考える時代だと思います」

こう語るのは、電力ベンチャー「自然電力」の創業者で代表取締役の磯野謙氏だ。

自然電力は再エネ発電所の開発事業者であるのと同時に、エネルギーを通じた社会づくりやくらしの提案も行っている。

その1つとして、自然電力では「ミニマムグリッド」というサービスを通じた、防災に柔軟な社会づくりを提案している。

「自然電力の提供するミニマムグリッドは、太陽光パネルと蓄電池、デジタル技術による制御システムを小さな拠点に装備し、環境負荷が少なく防災にも弾力的な社会づくりを実現するものです」(磯野氏)

たとえば自分たち1人1人が電力をつくれる体制を作れば、大きな台風で送電線が倒れて停電となっても、その影響は最小限にすることが可能になる。

宮﨑の福祉施設は、ミニマムグリッドで発電拠点に変貌
宮﨑の福祉施設は、ミニマムグリッドで発電拠点に変貌

自然電力では2020年6月、宮崎県の福祉施設にミニマムグリッドの設備を納入した。磯野氏は、防災以外の効果もこう説明する。

「必要の無い時は電力を貯めて、必要な時に使うことができます。さらに制御システムによって、太陽光の出力と供給・需要予測を最適化し、電気代をセーブすることも可能です」

こうした拠点が増えてくれば、各拠点が地域に対して電力を供給することも可能となる。まさに再エネによる社会づくりだ。

都市への人口集中を分散化する再エネ

さらに自然電力では、エネルギーの先にある分散型社会を目指している。

「都市部に人が集中するのは、エネルギーを分散化することが非効率だったからです。しかしコロナのいま、人口密度が高いことは社会にとってリスクとなっていて、その解決策が再エネだと思っています。たとえば太陽光パネルは、導入枚数に関わらずその単価はほとんど変わりません。つまり少数ロットの導入も可能です。エネルギーの分散化は社会全体の大きな変革を意味しているのです」(磯野氏) 

小布施町では、エネルギーの自給自足と地域主体のインフラづくりを目指す
小布施町では、エネルギーの自給自足と地域主体のインフラづくりを目指す

長野県小布施町で自然電力は、自治体、地元の事業者らと共同で電力会社を設立した。

ここでは防災としてのエネルギーの自給自足を目指すのと同時に、町づくりにも取り組んでいる。なぜ電力会社が町づくりなのか?磯野氏はその理由をこう語る。

「縮小する地域社会では、財政的にインフラを維持するのが難しくなります。電力だけでなく道路、上下水道や通信などを含めたインフラ全体を、これまでの中央集権型ではなく、地域が主体となって考えていく必要があるからです」

脱炭素と分散型社会が環境問題を解決する

コロナ以降、自然電力では原則リモートワーク。磯野氏も現在の活動拠点は、鹿児島県屋久島だ。

「これは大事なポイントで、エネルギーが分散するだけで無く、社会も分散化しないといけないと思っています。世界的な危機の中で、再エネの電源やミニマムグリッドのような地域防災の仕組みづくりは、世界中で求められています。いま9カ国で事業をやっていますが、日本に本社があるという概念はありませんね」 

磯野氏は現在、屋久島を拠点に活動中
磯野氏は現在、屋久島を拠点に活動中

自然電力の企業目的は、「世界のローカルを有機的に繋げることで、地域特有の課題解決策をグローバルに共有すること」(磯野氏)だ。

電力とエネルギーを通じた日本企業の取り組みは、世界の環境問題解決につながっていく。企業や国民1人1人の取り組みが、日本をクールな「環境先進国」として復活させるだろう。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

(サムネイル・後半の写真提供:自然電力)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。