上皇ご夫妻の卒寿=90歳を祝う音楽会が10日、皇居で催されました。世界でひとつだけの特別なプログラムのに込められていたのは、ご夫妻が大切にしてこられた「人と人とのつながり」とご家族の絆でした。
「音楽」のプレゼント 舞台も客席も懐かしい顔ぶれ
7月10日午後、皇居・東御苑にある桃華楽堂で行われた「卒寿奉祝音楽会」。
音楽に親しんで来られたご夫妻が2024年10月に揃って90歳となられることから、演奏のプレゼントを、と宮内庁幹部などの有志の会が催したものです。

ご夫妻に喜んでいただけるよう、1年がかりで準備したという音楽会には、天皇皇后両陛下や長女の愛子さま、秋篠宮ご夫妻と次女の佳子さま、黒田清子さん夫妻と、お子さまとお孫さまが集まられたほか、元側近も招かれました。

出演したのは、ご夫妻と音楽を通じて長年親交があるチェリストの堤剛さん、ピアニストの小山実稚恵さん、バイオリニストの大谷康子さん、ビオラ奏者の川本嘉子さん、サックス奏者の渡辺貞夫さん、東京大学名誉教授でチェロの演奏家でもある村上陽一郎さんの6人。

舞台上も客席もご夫妻にとってなじみ深い顔ぶれが集まり、客席では元側近同士が旧交を温め合うなど、会場は始まる前から温かい空気に包まれました。
思いを込めた選曲と演奏 卒寿の先輩”ナベサダ”から「頑張って下さい!」
音楽家はそれぞれマイクを手にひと言スピーチしてから演奏する形式で、音楽会は進んでいきました。

バイオリニストの大谷康子さんは「国民に寄り添って大変な思いをされてきたので、楽しい思いをしていただけるよう選曲しました」と話し、ビオラ奏者の川本嘉子さんは、「国民の安寧を思って務めて下さったことに感謝を込め、一瞬でも安らかな音楽をお届けできたら」とスピーチした。
こうした言葉と共に、ショパンの「ノクターン」第2番、「チャルダッシュ」、上皇后さまが天皇陛下のために作られた子守歌の編曲を担当するなど親交が深かった故・三善晃さん作曲の「母と子のための音楽」などが披露されました。

6番目に登場したのは、91歳の”世界のナベサダ”こと渡辺貞夫さん。
「上皇さま、卒寿おめでとうございます。どうぞご自愛の上頑張ってください!」
同じ1933年生まれで上皇さまより10カ月”先輩”の渡辺さんならではのユーモアあるエールに客席からくすくすと笑い声も起きました。
91歳を迎えて尚パワフルなジャズの演奏がホールに響き渡りました。
重い務めと音楽の喜び アンコールには思い出の曲
上皇さまはチェロ、美智子さまはピアノやハープ、陛下はビオラ、秋篠宮さまはギターとご家族共通の趣味である音楽。

ご夫妻は家族でアンサンブルを楽しんだり、誕生日の際には小さなホームコンサートを開くなど、重い務めを果たす日々の中には音楽の喜びがありました。

そうしたことから、これまでも即位や結婚などの節目にはお祝いの音楽会が開かれています。
曲の合間には、上皇さまが陛下に「最初はどれ?」「チェロに編曲したの?」などと尋ねられ、陛下がプログラムを示しながら丁寧に説明される場面も。

美智子さまの背中からは、全身で音色に耳を傾けられていることが伝わり、陛下がリズムを取りながらメロディーを楽しまれる様子も垣間見えました。

上皇さまと同じくチェロを演奏される愛子さま。身じろぎせず演奏に集中される様子からは、音楽を愛する思いが孫にも受け継がれていることが感じられました。
アンコールには、美智子さまが大好きだというシューマンのピアノカルテット第3楽章、そして最後の大トリには、6人全員が舞台に揃いました。

演奏されたのはサン=サーンスの「白鳥」。今も上皇さまがチェロのレッスンで復習を続けられている思い出の曲です。
選曲に込められた思いと音色そのものの温かさ。お二人にとってとてもなじみ深い2曲で演奏会は締めくくられました。
出演快諾した巨匠たち 「胸が熱くなる」心のこもった演奏
巨匠とも言うべき音楽家たちは皆、宮内庁から依頼を受けて出演を快諾したそうです。
お住まいや静養先の軽井沢などで和気あいあい、プライベートな時間を一緒に過ごしてこられたご夫妻の「音楽仲間」たち。陛下が先日の公式訪問先のイギリスで何度も口にされていたまさに「人と人とのつながり」が結実した音楽会でした。

長年友情を築いてきた日本を代表する演奏家たちによる心のこもった演奏に、ある元側近は「胸が熱くなった」と話していました。
お二人が仲間を大切にしながら音楽とともに長い年月を歩み、90歳を一緒にお迎えになること、そして陛下を始めご家族が心から喜ばれていることを取材していた記者もしみじみ感じました。
プログラムを大切そうに胸に 音楽を愛する思い
全ての演奏が終了すると、ご夫妻は笑顔で観客に会釈をされました。
美智子さまは大切そうにプログラムを胸に抱え、上皇さまの腕に手を添えられ、ご夫妻は互いの歩みを気遣いながら階段を一歩一歩降りられました。

そして上皇さまは迷い無く、舞台上に残っていた6人の巨匠に歩み寄り、「良い演奏を聴かせて頂いてありがとう」とお礼を伝えられました。感謝の気持ちをすぐに言葉にされるご様子は、5年前の即位30年と結婚60年を祝う音楽会の時と変わらず、最後にもう一度笑顔で会釈をして会場を後にされました。
来場者が退席し、静かになった客席に目をやると、陛下と美智子さまの席の前のテーブルにはプログラムがありませんでした。きょうの演奏の思い出を大切に、プログラムを持ち帰られたお二人。音楽を心から楽しみ、楽器を奏でる喜びを知る母と子の共通点が、演奏会の余韻のように心に残りました。