食を支える農業が、生産者の高齢化などで足元から揺らいでいる。愛知県春日井市では、地元で使われていない「もったいない」ものを活用する取り組みが行われている。
■現状を変えたい松下政経塾出身の男性が目指す“持続可能な農業”
愛知県春日井市の人気の商業施設「イーアス春日井」にある「無印良品」。
この記事の画像(19枚)東海地方で唯一、常設の野菜売り場があり、売場には紅い大根やイタリア野菜のスティックフェンネルなど、珍しい野菜が並んでいる。
女性客A:
スライスしてサラダで食べようかと思います。
女性客B:
色味がいつもと違って、味もおいしかったです。
地元の農家約10軒が生産した新鮮な野菜で、その日の朝に無印良品のスタッフが畑に出向いて収穫している。
この野菜を育てているのは、林俊輔さん(47)だ。
2022年に実験農場をオープンし、その名の通り、未来に向けた実験を始めている。
林俊輔さん:
究極的には農業の持っている価値って、もっともっと大きいんじゃないかと思っています。
名古屋で育ち、子供のころは農業と無縁だった林さん。
大学卒業後、印刷会社に就職したが、35歳のときに退職し、よりよい社会づくりに貢献したいと、野田佳彦元総理や高市早苗経済安全保障担当大臣など、多くの政治家を輩出した松下政経塾の門をたたいた。
異色の経歴を持つ林さんが「農業」を志したきっかけは…。
林俊輔さん:
人間が生きるのに一番大切な食べ物をつくる仕事かつ、日本では社会の根幹ともいえる農業をもっともっと活性化していきたいなという思いで、環境が維持・持続していく農業ってどういうやり方があるのかなと。
しかし、日本の現状は目指すものとはかけ離れている。仕事として農業に従事する人の平均年齢は68.7歳(基幹的農業従事者・2023年・農林水産省より)で、食料自給率もわずか38%(カロリーベース・2022年度・農林水産省より)。そして化学肥料の原料は、ほとんどを海外からの輸入に頼っている。
■麦芽のカスにキクラゲの菌床…不要なものを活用し未来につなぐ
林さんは、こうした現状を変えたいと「実験」を始めた。JR中央線沿いの土地を借り、スタッフと2人でスタートした農場では現在、1500坪で50種類ほどの野菜を育てている。
ある日、林さんが向かったのは、同じ春日井市内にあるクラフトビールの醸造所「バタフライブルワリー」だ。
林さんがここで受け取ったのは、クラフトビールを作る際に出る大量の麦芽のカスだ。
バタフライブルワリー代表の入谷公博さん:
クラフトビールを作っていまして、麦芽を使い終わったものです。まだたっぷり栄養価はあるんですけど、何もしないと廃棄なので。
これまでは産業廃棄物として捨てられていたが、林さんにとっては宝物だ。
林俊輔さん:
土を良くしてくれる魔法の素ですかね。僕らからすると本当に宝物。
麦芽のカスは絞った後でも栄養が豊富で、これを無料で回収した間伐材の木くずに混ぜるだけで、勢いよく湯気が出てきた。
林俊輔さん:
おぉ~ええ香りや。モルトの甘い匂いが…。芯温はたぶん60~70度くらいあると思うんです。
こうして出来上がるのが「糸状菌」というキノコの仲間で、これを畑にまくことで、病気になりにくい元気な野菜ができるという。
そして、市内の別の会社からもお宝をもらっている。物流会社「ホンダロジコム」は、障がい者などを雇用して無農薬の“キクラゲ”を栽培していて、ここでいらなくなったキクラゲの菌床を毎月1トン以上回収し、畑にまいている。
林俊輔さん:
我々の農業の基本は、地域で手にはいるものをいかに循環させていくのか。地域で厄介者だと思われているようなものも、実は使い方如何によっては貴重な資源に変わっていくんじゃないかな、地域にあるものを使って未来につなげていくようなことができないかと。世の中には不要なものはないんじゃないかなと思いますし、負荷をかけるようなやり方はどこか歪みが起きて、続かなくなるんじゃないかなと思っています。
■「良いところに光当ててみんなが輝く」持続可能な農業で未来を
林さんが目指す“持続可能”は、ほかにもある。林さんやその仲間たちが育てた野菜をセットにして全国に発送している。作業を手伝っているのが、70代から80代の高齢者だ。
疲れたら休憩し、無理のないペースで、自分のできる範囲の作業を進めていく。高齢化は急速に進んでいて、彼らの雇用を確保することは大きな課題の一つだ。
スタッフの女性:
せかせかするとみんな疲れるし、職場の雰囲気も悪くなる。あまり「これやって」「あれやって」と言うとよくないというか。皆が気付いて助け合ってという方が良いと思うので。
林俊輔さん:
通常の仕事は、基本的には仕事に人が合わせる考え方で物事が進んでいることが多いと思うんですね。でも今、我々がやっているこの仕事や農業は、人に仕事を合わせることができるのかなと思っていて、ストレスがなく皆が活躍できる、仕事環境づくりの1つの切り口というか、ヒントではないかと思います。
資源もヒトも“持続可能”な農業へ。林さんはもっと農業に関心を持ってもらおうと月に1度、農作業の体験会を行っている。
この日は建築家やシステム開発の企業に勤める人など、普段は“畑違い”の分野で働く人たちが参加していました。農作業を通じ、自らを見つめ直すきっかけとなっている。
ソフトウェア開発会社勤務の男性(49):
(普段の仕事では)室内でずっと同じ画面を見てやっていて、絶対体に良くないなって、多分やっている人は全員知っていると思うんですよね。
デジタル教材開発の男性(49):
ちょっと精神的な面も含めて、こういったような土とか自然とかに触れるということは、非常に垣根を低くしていただいて参加させていただいたりとか、農業に触れるってことは非常に良い機会だなとすごく思いました。
林俊輔さん:
食べ物を育てる機能以上に、農業には色々な価値が僕はあると感じています。ちょっと会社で疲れちゃったよ、精神的にちょっと疲れちゃって心と体のバランスが崩れちゃったよっていう方々なんかもうちの畑に来て…。
将来は、うつ病などから社会復帰を目指す人にも働く場所を提供したいと話す林さん。
林俊輔さん:
ある1つの見方からすると、いらないものだったり役に立たないものっていう見方がある種できるかもしれないんですね。でも反対側から覗いてみたら、実はそれがものすごく役に立つ、ものすごくありがたいものだったりすることが多々あるんですよね。反対側や斜めから見てみたら、実は全然違う輝き方をする人だったり、輝き方をするものがそれぞれ力があると我々は信じていて、良いところに光をあてることによって皆が輝けるんじゃないかなと。
「持続可能な農業」を目指す、そこに未来があると信じている。
(東海テレビ)