「若手男性官僚の7人に1人が、数年内に辞職する意向」

内閣人事局が実施した霞が関の意識調査は、世の中に衝撃を与えた。その数日前に著者は「『生きながら人生の墓場、国会閉幕は奴隷解放』霞が関はなぜ疲弊・劣化するか」を書き、疲弊する霞が関への危機感と国会改革の必要性を訴えたばかりだった。

「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第38回は、なぜ官僚の疲弊が広がるのか。官邸主導人事と定年延長が霞が関に与える疲弊と劣化について検証する。

「内閣人事局が忖度の原因」は問題を矮小化

安倍政権下では「官邸に忖度した人物が重要ポストに就いている」と度々指摘され、官邸主導の官僚人事、内閣人事局のあり方を見直すべきだとの声もあがっている。

しかし「内閣人事局が忖度の原因だとの見方は、問題を矮小化している」と語るのは、経済産業省出身で、シンクタンク「青山社中」筆頭代表の朝比奈一郎氏だ。

朝比奈氏は2013年の公務員制度改革の法案審議の際に参考人招致され、制度改革に賛成意見を述べたことがある。

「内閣人事局があること自体には賛成」と語る青山社中の朝比奈一郎氏
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「内閣人事局があること自体には賛成です。霞が関の最大の問題の1つは縦割りなので、中枢が人事を握らないと全体としておかしなことになります。省ごと局ごとの個別解は正しいが、足してみるとめちゃくちゃというのは霞が関にはよくあります。日本はいま混乱の時代ですから、アクセルとブレーキのうち、アクセルを踏まないといけません。ですからいまは内閣人事局などを活用して司令塔を強くして改革を進めるべきだと思います」

誤算だった官僚の劣化とサラリーマン化

一方で朝比奈氏は「内閣人事局は必要悪でもある」と「悪」も認めつつ語る。

「いわゆる忖度の原因になることは分かってはいたが、誤算だったのは個々の官僚の過度な力の低下です。むかしは官僚の個性が強かったので、内閣人事局が出来て、強化される官邸と丁度いいバランスかと思ったのですが、薬が効きすぎたといいますか、いいたいことをいわない官僚が増えすぎました」

朝比奈氏は最近、ある幹部官僚とこんな話をしたという。

「ある幹部がいろいろと不満をいうので、『公務員はクビにならないんだし、直接いえばいいじゃないですか』といったら、『そんなこといったら飛ばされる』というんですね。昔の官僚は腹が据わっていてよく上司に逆らったのですが、いまやそういう直言居士型は絶滅危惧種でまったく意見をいわなくなった。この20年で官僚は急速に劣化して、良くも悪くもサラリーマン化しましたね」

特定の政治家への忠誠心で人事評価してはならない

「内閣人事局の課題は、公平性をどう確保するかです」と語るのは、朝比奈氏と同じく経済産業省出身であり、政界に転身後は内閣官房副長官も勤めた慶應大学教授の松井孝治氏だ。

松井氏は参議院議員時代、内閣人事局設置の国家公務員制度改革基本法について、与野党修正協議の責任者の一人であった。

「官邸主導人事にはチェックする仕組みが必要」と語る松井孝治氏

「官邸主導で政治的意思をもって任命するのであれば、これをチェックする仕組みが必要です。霞が関に約700人いる幹部官僚の人事を、単に総理、官房長官の好みだけではなく、縦横斜めの360度で評価しているのか。こうした複眼的な目を、誰が担保するのかが課題です」(松井氏)

しかし松井氏も、かつての縦割り人事に戻すことは反対だ。

「昔に戻すのではなく、国益重視の官僚をつくることです。省の縦割りは減ってはいますが、各省庁の利益だけでなく国の視点が必要です。縦割りの弊害を排除しつつ、特定の政治家への忠誠心だけで評価されないような制度にしなければいけません」

定年延長で割を食いさらに疲弊する若手官僚

また前の国会で議論された国家公務員の定年延長も、官僚を疲弊させるおそれがある。

もともとは年金支給年齢の引き上げとセットの「人生100年時代」に向けた政策だったが、黒川前検事長の賭け麻雀問題を巡る政治的なかけ引きの中で、国家公務員法改正案は見直されることになった。

国家公務員法改正案は黒川問題で見直されることに

国家公務員の定年を65歳まで延長すること自体は、ただでさえ人手不足の霞が関に働き手が増える効果があるし、民間の高齢者雇用も促進することが期待される。

しかし松井氏は「定年延長して定員がそのままなのは問題だ」と語る。

「高齢化、若年人口が減少する中で、意欲や能力のある高齢者の活用は、社会全体の課題です。しかし国家公務員の場合は、厳格な定数管理が壁になります。たとえば、役職定年を迎えた高齢職員は、課長補佐クラスに降任となります。そうすると本来働き盛りや若手職員に割り当てられる課長補佐以下の定数が奪われてしまいます」

日本社会全体と同じく、国家公務員も著しく高齢化している。定年が延長され定数が変わらなければ、割を食うのは若手官僚だ。さらに高齢者が、若手と同じように働けるかといえばそうではない。

「本省ですと国会関連や審議会向けの資料作成、各省調整など、深夜や休日残業は若手が中心に担います。そうすると高齢職員が増えることで、若手の業務負担がますます重くなります。ですから単に定年延長をしてもいいという話ではなく、制度的工夫が必要です」(松井氏) 

専門家が育たない人事制度の霞が関

また朝比奈氏は、「社会全体が高齢化する中やむを得ないが、定年延長するなら官僚の専門化が必要だ」という。

「定年をただ延ばすだけでは、上が詰まって出世が遅れ、さらに若手のやる気がなくなります。公務員制度の根幹に関わりますが、理想論からいえば官僚の専門化をもっと進めるべきだと思います」

キャリア官僚は本来、各分野の専門家であるべきだ。しかしほとんどのキャリアは入省後、約3年ごとに職場が変わるので、専門家として育ちづらい。

「専門家だったら市場価値が生まれ、途中で専門性を活かして積極的に役所を辞める官僚も出てくるはずです。しかし市場価値が低いので、若いうちに成長しようと逃げるように去るか、逆に最後まで役所にしがみつくしかなくなる。ピラミッドの頂点を目指して最後は肩たたきされるという組織ではなく、官僚の原義に基づき専門家集団にしなくてはなりません」(朝比奈氏)

「若手男性官僚の7人に1人が、数年内に辞職する意向」の調査結果は、まさにいまの若手官僚の心象風景を反映しているのだ。

「経済産業省には経済の専門家がいない」

朝比奈氏は、そもそも霞が関のキャリアに専門家がいないことを危惧する。

「乱暴ないい方をすると、経済産業省には経済の専門家がいません。グローバルにみると、ほとんどの国の経済官僚は博士号を持っています。教育行政だって、文部科学省で教育学の博士がいるのを聞いたことがありません。これは学歴だけではなく、現場の専門家でも同じで、経産省に起業や経営の経験者もいなければ、文科省に現場の教職経験者もほぼいません」

霞が関のキャリアには専門家がいない

現場も学問的な専門家もいない霞が関で大丈夫なのか?朝比奈氏はいう。

「いま日本は未曾有の状態であり、財政、地方、農業、何の議論であっても専門家がいなければ成り立ちません。定年延長は官僚の専門化とセットにならないといけないのです」

7月17日に閣議決定された「骨太の方針」では、公務員制度改革として「公務員の定年引上げに向けた取組を進める」と盛り込まれた。さらに能力・実績主義の人事管理徹底や、適材適所の人材配置を図るため、民間からの職員公募の推進に取り組むとされている。

官僚の公募について朝比奈氏は、「民間との行き来ができるリボルビングドア制は大切だ」という。

「滅私奉公」から「リボルビングドア」へ

「昔の官僚は滅私奉公だけで頑張れましたが、いまの若手は成長が実感できなければすぐに辞めます。いまは給料が安くても、専門性をつけて民間に出られる、即ち、市場価値が高く潜在的な給料が高ければ、たとえ国会対応がしんどくてもやる気になります。そして民間からまた霞が関に戻れることも重要です」(朝比奈氏)

朝比奈氏が主宰する青山社中では、8月から新潟県妙高市で「みょうこうミライ会議」を開催する。役所と民間が真の官民連携を実践する試みだが、目線の先にはリボルビングドアも見据えている。

「行政単独の発案の枠組みを超えて、官と民が連携して地域課題を解決するプログラムです。役所の人材を市場で通用する人にし、民間人に行政の事情を理解してもらう。これは政策作りの上でも重要ですし、何よりこれを進めないと今後公務員のなり手がいなくなるという危機感もありますから」

失望する若手官僚に民間との切磋琢磨の場を

霞が関で疲弊する官僚を救済する策の1つは、民間との交流や切磋琢磨だ。

今後組織の合理化・効率化が進むだろうが、松井氏は「いまの官僚たちが本当に、彼らの担当する行政分野で最先端の議論を行える状況にあるのかというと話はまた別だ」と語る。

「官僚たちと話すと、我々の課長補佐時代、深夜に同僚や先輩たちとビール片手に何時間も議論をしたような余裕が、全く無くなっていることを実感します。かつては山のようにあった局長の私的諮問機関は、政治主導全盛のいま消滅してしまいました。要は政策の実効性や将来展開について、役所の内外でのブレインストーミングが、決定的に不足しているのではないかという気がするのです」(松井氏)

松井氏が最も懸念するのは、現役の若手が民間の知恵を吸収する場を奪われていることだ。

「かつては夜の会合で、父親ほども年齢の違う業界の役員の方々が、昼間に役所で仰っていたニュアンスを大きく変えて、政府の政策へ率直な批判や問題点の指摘をしてくれました。しかし、いまや昔の話です。羹に懲りて膾を吹くような公務員倫理規定の枠内で、現役の若手の多くは民間の知恵を吸収する場も奪われがちなのです」

霞が関のあちこちに制度疲労がおき、これに最も失望しているのが若手官僚たちだ。人材の流動化が進むいま、彼らはいつまでも理不尽な組織に留まらない。「滅私奉公」の時代はすでに終わったのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】