カナダ・モントリオールで行われた世界フィギュアスケート選手権。
男子は長いスケート界の歴史の中でわずか6人しか達成していない、300点超のスケーターが4人も出場する史上最強の戦いが繰り広げられた。

その戦いを制したのは、アメリカのイリア・マリニンだ。2位に鍵山優真、3位にアダム・シャオ イム ファ(フランス)。
日本勢は、4位に宇野昌磨、三浦佳生は7位だった。
歴史が動く瞬間でもあった今大会。激戦を繰り広げた男子シングルを振り返る。
激震!“4回転の神”が降臨
優勝したイリア・マリニンは、フリーで冒頭の4回転アクセルを完璧に決めると、続くルッツ、ループ、サルコウ、トゥループの4回転5種を6本決めて、フリー過去最高得点をマークした。

さらにトータルは、北京五輪金メダリストのネイサン・チェンが、2019年グランプリファイナルでマークした得点に次ぐ、世界2番目だった。

グランプリファイナルでショートに4回転アクセルを組み込んできたマリニンが、仮に世界選手権のショートで決めていたら、一体どんな点数が出ていたのだろうか。

そのマリニンの4回転アクセルは、暫定トップ3が待つグリーンルームで演技を見ていた宇野と鍵山も「やば…」と笑ってしまうほどの衝撃だったようだ。

第1グループからの大逆転劇
そして今回注目されていた一人、300点超カルテットの一角、フランスのアダム・シャオ イム ファはショートから大逆転し、表彰台にのぼった。
ショート最終滑走のアダム・シャオ イム ファは、3本全てのジャンプでまさかミスをしてしまい、19位スタートと出遅れてしまう。

フリー第1グループの6番滑走で登場したアダム・シャオイムファは、冒頭の4回転ルッツを皮切りに、高すぎるジャンプと驚異の身体能力から繰り出される技の数々で会場を盛り上げる。

演技後半には危険行為とされるバックフリップ(減点2点)も飛び出した。

フリーは驚異の206.90点。ショート77.49点からの大きな追い上げに場内は騒然となった。
トータル284.39点をマークし、最終滑走のマリニンまで技術点で勝るものは現れなかった。

アダム・シャオイムファも、ショートがノーミス演技だった場合、どれだけの点数が出ていたのだろうかと思ってしまうほどだ。

ちなみにアダム・シャオ イム ファの腕に漢字の「愛」という入れ墨が入っていたことが気になり、その理由を聞いてみると、大好きなマンガ『NARUTO-ナルト-』に出てくるキャラクター・我愛羅が好きなようで、漢字の「愛」という文字を入れたという。
精いっぱいやりきったシーズン
3連覇を狙った日本の宇野は、ショートで今季世界最高得点をマークし、首位スタートを切る。

演技後は珍しくガッツポーズも飛び出し、「僕の演技でステファン・ランビエールコーチが喜んでくれることが僕の一番の幸せ」と話していた。

しかし、フリーで珍しくミスが重なり4位に。
それでも、宇野本来の持ち味でもある、研ぎ澄まされたプログラムで会場を包み込み、温かい拍手が送られた。

宇野は8度目の世界選手権を4位で終えた。
一夜明けて宇野は、今の率直な気持ちをこう語った。
「ショート、フリー両方終わって、世界選手権を無事に終えることができて、うれしく思う気持ちと、もちろん、最高の演技とはならなかったという気持ちもあります。
けれど、今日までの積み重ねた練習やかけてきた思いは、どんな演技であれ、しっかり自分の今後の人生のためになる時間だったと思えている。すごくいい試合になったかな」

ハイレベルな戦いを終えて、フィギュアスケートという競技のレベルが年々上がっていくことを実感していると宇野は言う。
「フィギュアスケートというものは、1年ごとにトップのレベルがどんどん、どんどん上がっていくスポーツだなと改めて感じさせられました。こうして長く、この場で戦えていることをすごく嬉しく思います」

フリー直後のインタビューでは「清々しいです」という言葉もあった宇野。
“自己満足”を掲げた今季のテーマをこう振り返る。

「精一杯やりきったシーズンだったと思っています。
どんな心境の時も、自分がやらなきゃいけないことを最大限やった上での試合、そして練習だったと思います」

「いい試合、結果が伴わなかった試合もあったかもしれませんけれど、どちらも今後の自分のためになると思います。
そして、その後悔がない日々を送ってきたからこそ、自分のどんな結果もしっかり納得して受け止めることが今はできています」
宇野は続けて、躍動する後輩たちへの思いも語る。

「すごい後輩たちが育ってきていて、優真くんは数年前からトップで戦っていますけど、佳生くんも日々一緒に練習したり」

「今大会は実力の100パーセントを発揮できなかったかもしれませんけれど、でも彼らの持つ才能、そして今回出場していない選手の中でもたくさん才能のある選手がいると思います。本当に今後期待が高まる選手たちがいっぱいだなと感じています」
3つの銀メダルにあるうれしさ・悔しさ
日本勢唯一のメダリストになったのが、鍵山優真だ。
2大会ぶりに出場した鍵山は、ショート2位でフリーを迎えた。

公式戦で初めて決めたという4回転フリップは出来栄え点(GOE)+4.56というすさまじい評価を受けた。

ジャンプに1つのミスはあったが、シーズンベスト309.65点で世界選手権3つ目の銀メダルを獲得した。
一夜明けて、鍵山は大会をこう振り返った。

「パフォーマンスは、ショートもフリーもとにかく最後まで全力でやって、満足のいくものになったと思います。
結果もうれしさがもちろんあって、去年がケガで試合になかなか出られなかったので、1年間でここまで自信と技術を取り戻せたことが自分でもすごくビックリしている」

「去年3月あたりはやっとジャンプを跳び始めたぐらいなので、1年間でここまでできると思ってなかった。
メダルをもらえてすごくうれしい気持ちと、あとは、マリニン選手との差を改めて感じて、悔しい気持ちもあります」

2021年、2022年と今回を含めて3回の世界選手権を経験した鍵山。
手にした3つの銀メダルにはそれぞれ違ううれしさと悔しさがあると語る。
「最初の銀メダルは初出場だったので、とにかくうれしいという気持ちがありました。2回目は、うれしさよりも悔しい気持ちがすごく大きかったです。
というのも、オリンピックの後で、その時に比べたら調子がそんなに良くなくて、ミスも結構あったので、悔しい気持ちがありました。
今回の銀メダルは、うれしさももちろんすごくありますが、どう頑張っても金メダルに届かなかったなという思いもあるので、そこはすごく悔しいです」

マリニンの圧倒的な構成を目の当たりにした鍵山。彼の存在に刺激を受け、自身の成長の糧にしていきたいと話す。
「悔しい気持ちはありますが、この差についてあまり絶望していないというか…。というのも、僕自身、まだまだ点数や伸ばせる部分がたくさん、まだまだあるなって今回の試合で感じた。
そこをしっかりと伸ばして突き詰めていけば、すぐには追いつけないかもしれないですけれど、ゆっくりと距離を縮めることはできるんじゃないかと考えています」

そして鍵山は、来季に向けて4回転を増やすことも明かした。
「いつでも入れられるように4回転ルッツをたまに練習しています。来シーズン、ルッツ増やすかどうか、まだわかりませんが、どちらかというと、トゥループをもう1本増やすかなと思っています。それが一番自分にとって自信の持てる構成。
まだまだ来シーズンの構成はショートもフリーも決まっていませんが、父と話し合いながら、どうやったら、マリニン選手やアダム・シャオ イム ファ選手などいろんな選手に追いついていけるのかを、しっかりと計画しながら考えていきたい」
初の舞台に「ワールドって難しい」
大会を振り返り「ワールドって難しい…」とこぼしたのが、日本勢の中で誰よりも悔しい思いをした三浦佳生だ。
初の世界選手権デビュー戦だったが、実力を発揮することができなかった。

「難しさをすごく感じました。練習ですごく調子良くて、結構自信を持って臨みましたが、でも試合は練習で起きないことが起きるなって、ワールドって難しいなとすごく感じました」

「結果としては、自分が思い描いていた結果ではありませんでした。
でも、こういった経験が今後さらに自分を伸ばしてくれると思う。ありがたい経験ですし、本当に充実した1週間でした」

フリーの演技冒頭、カナダに来てから決断したという4回転ループに挑戦。
惜しくも成功とはならなかったが、4回転トゥループを決める。
続く4回転サルコウはミスしてしまい、演技後には肩を落としていた。

「最初のループを転んだ時に『うわっ~』って思いましたが、諦めないのが大事だなと思って。サルコウでまたもう1回転んで、『うわっ~』ってなったんですけど(笑)。
諦めてはないですが、頭を真っ白にして、どうなってもいいやぐらいの感覚でいったら、後半は意外とうまくいきました。意外とそのマインドがよかったのかなって」
マリニンや鍵山と同世代の三浦。これからも戦い続けていく同世代のスケーターについて聞くと「まずは戦える存在になりたい」と明かした。
「勝ちたい気持ちもありますが、まずは“戦える存在”になりたい思いが強い。優真は『佳生はライバル』って言ってくれますが、僕はそう思っていない。
もうずっと彼の存在を追って、追って、追って。まだまだ戦える存在になれていないので、戦える存在になりたいし、彼と競い合える存在でいたいって思う。そのためには、もっとうまくなる必要がある」

今大会を経て、来シーズン、そして2年後に迫るオリンピックに向けての目標も生まれたという。
「オリンピックシーズンに向けて、来シーズンは成績をもっと出していきたい。いろんな試合に出たいということもありますが、まずは点数、もっともっと戦える点数にしていきたい。あとは見ている人が楽しくなるような演技をもっとできるようにしたい」
歴代史上最高の戦いを繰り広げた男子フィギュア。
来季はどんな戦いが待っているのだろうか。
ミラノ・コルティナ五輪まで2年。プレシーズンを迎える来季、頂点にのぼるのは誰になるか。