フライパンにギョーザが張りつく、そんな経験はないだろうか?SNSに投稿された声をきっかけに、集まったフライパンは3520枚。社員の執念が生んだ、“張りつきにくい冷凍ギョーザ”の開発の軌跡を追った。
きっかけは1件のSNS投稿
おびただしい数のフライパン。しかも、そのほとんどが年季の入った中古品だ。その光景に取材班は絶句した。
この記事の画像(15枚)味の素冷凍食品・戦略コミュニケーション部PRグループ長の勝村敬太さんは、「今このフロアに大体3000枚ある。多分、一生かけても見ないぐらいの(量の)フライパンが届いちゃったなと思ったんで。大変なことしちゃったなと思いました」と話す。
勝村さんが思わず口をついた、「大変なこと」。それは、2023年6月にさかのぼる。
味の素冷凍食品は、「弊社の冷凍餃子が張り付いてしまうフライパンをお持ちの方は、フライパン提供にご協力を賜りたく…」とSNSの公式アカウントで呼びかけた。
2021年の東京オリンピックでも多くの外国人選手から絶賛された商品、「水も油も必要ない」のに「パリッとジューシーに焼ける」という味の素冷凍食品の冷凍ギョーザ。
売り上げ日本一を支える秘密の一つは、2012年に日本で初めて開発・発売したという、ギョーザの下についた白い塊だ。これが、熱で溶け出すことにより油と水の役割を果たし、さらに、“おいしい羽根”まで作ってくれるという。
しかし2023年5月、味の素冷凍食品のSNS担当社員はあるものを見つけてしまう。それはSNSに投稿された、「油いらないって!書いてたじゃん!嘘つき!!」という言葉と、 見事なまでにギョーザが張りついたフライパンの写真だった。この投稿が、あの3000枚ものフライパンの山へとつながり、やがて、若手開発社員の人生さえ変えていった。
「ギョーザがフライパンに張りつく!」
2023年5月、味の素冷凍食品の東京本社からあるメッセージが発信された。
「突然のご連絡を申し訳ありません。フライパンで弊社のギョーザを焼いたところ、張り付いてしまったとのツイートを拝見いたしました」
メッセージの主は、当時、広報でSNS担当だった福原怜子さん。
「大変勝手なお願いでご面倒おかけいたしますが、このたび調理にご使用いただきましたフライパンを着払いにてご提供いただけないでしょうか?」
福原さんは、「嘘つき!!」と投稿した、あのお客さまへ「研究に使わせてほしい」と申し出たのだが、フライパンが届くことはなかったという。しかし、他にも「自分の持っているフライパンでもうまく焼けないから、ぜひ研究に使ってもらいたいので送っていいですか?」とダイレクトメッセージが送られてきたという。
「どうやら想像以上に、我が社のギョーザは多くのフライパンに張り付いているらしい」。その現実を「なんとしかしたい」と上司に打ち明けると、「じゃあ、思い切って、くっつくフライパンみんなに送ってもらう?」という話になったという。
そこで福原さんは、いずれその研究をしてもらうことになる開発チームに相談。すると開発チームは、“軽くOK”したという。
商品開発部の開発第1グループ長、宅宮規記夫さんは、「我々としては反対する理由もないですし、実際にどんなフライパンを使っているのかというのは知らなかった情報ではありますので……」と当時を振り返り、商品評価グループ長の林晋司さんは 「やっぱり我々が見ているもの以外の、何かあるんじゃないかなっていうのが、まずそこは興味であったり……」と引き受けた理由について話す。
金曜夜に投稿、週明けには大量のフライパン続々…
2023年6月の金曜夜、福原さんはついにフライパンの送付をSNSで呼びかけた。
「最終、やっぱり投稿する時は結構緊張しましたね。手が震えるというか。本当にどう転ぶか分からなかったので」(福原さん)
こうして週をまたいだ月曜の朝、フライパンが山のように届いていた。その時の会議室を撮った写真には、部屋いっぱいにフライパンが入った箱が積み上げられている様子がおさめられていた。
「結構な量来るだろうなと思って出社したんですよね。(想定では)200枚ぐらいかなって思っていたんですけど」(福原さん)
「朝一番で近所の宅急便や郵便局から電話があり、『800個ぐらいあるよ』とか『500個ぐらいあるよ』みたいな電話があって。『ちょっと待ってください』って言ったんですけど、『うちも置いておけないからどんどん運びますね』と言われて、何往復もして運んでいただいた。これはやばいなと、大変なことになってしまったなというふうに思いました」(勝村さん)
慌てて募集を締め切ったが、集まったフライパンは3000枚を超えた。しかもその多くが、通常、フッ素加工フライパンの寿命と言われる1〜2年をとうに超えていて、これではくっつくのも仕方ないと思われたが、2人は箱に同封されていた手紙に胸を突かれた。
「夫の大学時代、就職結婚、現在子供たちと一緒に食べる食卓まで、15年ほど見守り支えてきてくれたフライパンです」
「冷凍ギョーザのおいしい部分を根こそぎ奪う、このフライパンが嫌いでした。何度も捨てようと思っていましたが、学生時代から10年以上使い思い入れもあり、捨てることができずに持っていました」
誰もが寿命通りに使うなど思い違いだった。それぞれが、それぞれのフライパンに思い入れがあるからこそ、たとえギョーザがくっついても捨てることなど出来ないのだ。
そんな思いを受け、数百枚のフライパンを託された開発チーム。開発第1グループ長の宅宮さんたちは早速、送られてきたフライパンを使ってギョーザを焼いてみた。するとそこに現れたのが、入社5年目の石山真乃介さん(29)。宅宮さんは石山さんに「やる?」と声をかけたという。
石山さんは、送られてきた大量のフライパンを見て、「誰が確認していくのかな」と思いながらも、最初は他人事のように見ていた。しかし、宅宮さんに「やる?」ときかれ、「ハイ」と返事したという。実はこの人選こそが、宅宮さんによる“神の御業”だった。
“くっつきエリート”たちで開発進める
石山さんはまず、どうやっても張りついてしまう、いわば“くっつきエリート”のフライパンたちを選び出した。そして、白い部分の成分を様々に調整し、焼いてはくっつき、くっついては洗う…という作業を丸一日、丸一週間、丸1カ月と、黙々と続けた。
「どんどん愛着とか湧いてきて、勝手にあだ名とかもつけてきますね。(赤いプライパンに)『りんごちゃん』ってつけてます。結構きれいに見えるんですけど、かなり張りつきが激しいプライパンで、検証ではよく役に立ってくれました。これは『縄文さん』って呼んでましたね。見た目がちょっと石っぽくて。これもなかなかの強敵でした。
一番手強いのはこれですね。何がどうやったらこうなるかがよくわからない、かなり使い込まれてて。これは『地獄さん』って呼んでますね」(石山さん)
なかでも、渦巻き状に見えることから 「うずうずさん」と呼んでいたフライパンで、従来の冷凍ギョーザを焼いてもらった。
「もう多分、この辺はかなりいい状態なんですけど、まだ真ん中が全然焼ききれていなかったり、右端もちょっと弱いですね。できるだけ均一になるようにちょっと動かしてやったりもするんですが、限界がありますね。真ん中が焼けない。」(石山さん)
だが、あんな手紙が来ている以上「買い換えてください」など口が裂けても言い出せない。
「(焼いたギョーザが)とれないですね。これからヘラで剥がしていきます。羽とフライパンの隙間に入るんですけど、だめですね。羽のパリパリ食感まで楽しんで欲しいんですけど、これじゃあ全く楽しめないですよね。私もフライパン500枚ぐらい焼いてるうちに、これが実態だと知りましたね」(石山さん)
こうして、約半年間に焼いたギョーザは1万個以上。しかも、焼いた後にはもちろんフライパンを洗わなくてはならない。1日40枚くらいやっていくためストレスもかかるというが、石山さんは「ここまで来ると面白いですよね。イライラとか通り越して『いや、負けたわ』っていう感じで、淡々と次の作戦を考えながら洗い物してますね。自分がM気質みたいのがあるかもしれないですね」と笑顔を見せる。
開発開始から半年…ついに「新・冷凍ギョーザ」誕生
そんな毎日が続き、ついには夢の中でまでギョーザを焼いていたという石山さん。しかし、その甲斐あって、開発開始から約半年後、いつもの“くっつきエリート”たちで新たに開発した冷凍ギョーザを焼いていると、ついにスルッと剥がれた。こうして完成したのが、2024年2月11日に発売された、新・冷凍ギョーザだ。
その驚異的な“剥がれ力”は、これまで12個全てが張りついていたようなフライパンでも、26%が完全に剥がれ、 46%が一部に張りつきが残るだけという優れものだった。
新ギョーザをあの「うずうずさん」で焼いてもらうと、これまでと同様、真ん中が焼けるのに時間かかり、張りつきもみられ……とフライパンの特性は変わらないものの、きちんと剥がれるようになっていた。
「まだ悔しいですよね。こちら側はだいぶ救えてはいるんですけど、(皮がフライパンにはりついて)やっぱり全面持っていかれてる個体もありますし、改良の余地ありますね。
(“くっつきエリート”のフライパンは)本当に強敵でしたね。まだ完勝とはいってないので、いつか完勝できるものは、作りたいですね」(石山さん)
そんな思いの源は、たとえ年季が入っていても思い入れのあるフライパンで美味しく食べて欲しいから。石山さんは「くっつくものがいる限りは、まだ完璧とは言えないので、そこはまだまだ詰める予定です」と話す。そんな彼らの挑戦は、まだ道半ばだ。
(「Mr.サンデー」3月3日放送より)