11月のアメリカ大統領選に向けた野党・共和党の候補者レースは、トランプ前大統領が初戦から5連勝し、指名獲得をほぼ確実にしている状況だ。こうした中でも撤退せずに、トランプ氏と事実上の一騎打ちを繰り広げているのがヘイリー元国連大使だ。ヘイリー氏は負け続けても「選挙戦から撤退しない」と繰り返す。なぜ彼女は戦い続けるのだろうか。
乾坤一擲を狙った地元サウスカロライナ州も敗退
ヘイリー氏は1月15日の初戦・アイオワ州の党員集会では、3位に沈んだものの、第2戦のニューハンプシャー州予備選では得票率でトランプ氏が54.3%、ヘイリー氏が43.2%と善戦する。

注目されたのは、自身が知事も務めた地元サウスカロライナ州だ。ヘイリー陣営は2月24日に行われた、この予備選に資金や人員を集中投入してきた。しかし、ここでも投票終了直後にトランプ氏の勝利確実が報じられて完敗した。
地元の有力者もほとんどがトランプ氏を支持するなど情勢は厳しく、たとえヘイリー氏がトランプ氏と戦い続けても、残り全ての党員集会、予備選で負けるとの見方が強まっている。

ただ、こうした中にあってもヘイリー氏はトランプ氏との事実上の一騎打ちを続ける姿勢を崩していない。サウスカロライナ州での敗北の後、ヘイリー氏は支持者を前に「トランプもバイデンも、アメリカ国民の大多数が不支持を表明している。私はこの戦いをあきらめない」と選挙戦継続の意思を改めて表明した。
ヘイリー氏は「トランプ批判」に路線転換
ヘイリー氏はなぜここまで負けても選挙戦を続けるのか。今の情勢ではトランプ氏を逆転出来る可能性は限りなく低く、アメリカメディアも「なぜヘイリーは撤退しないのか」と様々な考察を行うなど真意をはかりかねている。

指摘される理由の一つに、ヘイリー氏が利害を抜きにして反トランプに「振り切れた」ことが挙げられる。51歳のヘイリー氏は当初、4年後の2028年の大統領選挙も見据えて、トランプ氏やその支持者らに嫌われないよう一定の線引きをして発言をしてきた。今回敗北したとしても、トランプ政権での重要ポストへの起用や、その先の大統領候補としての芽を残すため、慎重に振る舞ってきたのだ。

たとえばヘイリー氏は「世代交代」を訴えて81歳のバイデン氏と77歳のトランプ氏との違いをアピールしてきた。しかし、それに加えてバイデン氏には個人攻撃を行うものの、トランプ氏に対する攻撃には抑制的だった。
それが最近はトランプ氏を「嘘つき」「臆病者だ」などはっきりと批判する姿勢に変化した。トランプ氏がヘイリー氏の家族に対する攻撃をした際には、感情を爆発させて演説で反論する姿も見せている。現在のヘイリー氏には、トランプ氏に「嫌われない」候補者の面影はなく、トランプ氏と「戦う」候補者に路線転換したといえる。

選挙戦を続ける理由として、トランプ氏が選挙戦の途中で死亡したり、刑務所に入ったりした場合に備えた「プランB」の候補としてしがみついているとの考察もある。しかし「トランプ党」ともいわれる今の共和党内で、強固な支持層を持つトランプ陣営を敵に回して「プランB」候補になるのは困難との声も根強い。日に日にトランプ氏の陣営や支持者からのヘイリー憎しの声も強まっている。

この「プランB」をヘイリー氏が狙っているというのは、実は的外れなのかもしれない。ヘイリー氏はむしろトランプ氏やその陣営の支持を捨てた先に、今後の政治家として活路を見いだそうという信念を感じる。利害を考えて行動する政治家が多い中で、彼女の動きが目先の「損得関係」の視点だけでは読み切れないのは、もはやヘイリー氏は損得を超えた信念で活動していると考えた方が納得しやすい。
ヘイリー氏を支える巨額の支援
こうしたヘイリー氏の「振り切れ」の背景には、バイデン氏とトランプ氏の再選を阻むための最後の砦としての決意もありそうだ。ヘイリー氏は何度も「国民への選択肢」としての自分を強調している。失言や、大統領経験者として初めて起訴されるなど、スキャンダルがつきまとうトランプ氏は不安定な面も多い。

ヘイリー氏の戦いを支えているのは、反トランプ派の富裕層から提供される潤沢な資金だ。アメリカ大統領選には「ほとんどの大統領候補は、負けたときに撤退するのではなく、資金が尽きたときに撤退する」という言葉がある。ヘイリー氏は1月だけで1650万ドル、日本円で約25億円もの資金を集めた(CNBCニュース)と報じられている。

一方で、トランプ氏と陣営は、選挙資金の多くを裁判費用に回しているほか、刑事事件と並行する民事訴訟でも多額の賠償を請求されていて、11月のバイデン大統領との本戦に資金を温存したいとみられる。こうした背景で、なかなか撤退しないヘイリー氏の粘りにいらだちを強める。
最後の戦いはスーパーチューズデーか?
アメリカメディアからは、今や「反骨のヘイリー」などとも評されるようになったヘイリー氏だが、撤退を決断するとしたらいつになるのだろうか。現時点の発言から推測するに、予備選や党員集会が集中する3月5日の「スーパーチューズデー」でまでやりきり、撤退を表明するとの見方が強い。

すでに撤退した候補や有力者は、次々とトランプ氏の支持に回り、演説会場に駆けつけて、トランプ氏の背後にずらりと並んでいる。勝ち目がほぼ無くなった戦いに「反骨のヘイリー」は、どこまで挑み続けるのか。この選択が、国民からどう受け止められるのか。ヘイリー氏にとっては、今後の政治家としての岐路になるかもしれない。
(FNNワシントン支局 中西孝介)