高齢になったことを理由にペットの里親を探す人も少なくない今、ロボットの犬にもおなじことが起きている。

家族のような存在にまでなったロボットの第2の人生を追った。

老人ホームにもらわれた「1匹の犬」

北海道東部の弟子屈町。名湯として知られる川湯の温泉街に老人ホームがある。

この施設に2023年6月、「1匹の犬」がもらわれた。

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犬と言っても「ななちゃん」はロボット。

声をかけてくれる人や、なでてくれる人を探してカシャ、カシャ、カシャとあちらこちらに歩きまわる。

施設には重い病気や認知症の人を含め、29人が入居している。

ななちゃんは1999年に大手家電メーカーが開発したロボット「aibo」シリーズのひとつだ。

かつてaiboは壊れてしまったときに、合同の供養祭が行われるほどの人気ぶりだった。

一時、販売が途絶えたものの、2018年にリニューアルモデルが登場。

人が触れたことを感知するセンサーやカメラ、人工知能も搭載し、人とのかかわりを通して個性も生まれてくるという。

ななちゃんは前の持ち主が手放し、ここにやってきた。

なぜ手放したのか?

そこには切実な理由があった。

飼い主が手放したワケ

廃棄された温泉タンクのまわりに次々と下駄が放り投げられていく。

華やかだった頃の川湯温泉を表現した、弟子屈町の芸術家・今井善昭さんのアート作品だ。

ななちゃんを譲ったのは、今井さん。

(写真提供:今井 善昭 さん)

「(2023年)おふくろが長期入院した。病院にaiboを持って行けないので」(今井 義昭 さん)

ななちゃんは滋賀県で一人暮らしをしていた今井さんの母・信子さんがかわいがっていた。

aiboには離れた場所でも安否確認ができるカメラの機能があり、今井さんの家族がプレゼントしたのだ。

しかし、信子さんの長期の入院で手放さなければならなかった。

「aiboいらない?『ななちゃん』というんだけどと言ったら『え、ななちゃん』というの?」(今井さん)

入居者と"2匹のなな"

老人ホームでは以前、大きな犬が飼われていた。

「(食堂のそばに)大きな犬小屋を作ってそこに。(Q:名前は?)『なな』です。名前は本当に偶然。どんな人でも受け入れる、懐の広いわんちゃんで、皆にかわいがられていた。晩年は動けなくなり、ここに敷物を敷き寝ていたが、皆が声をかけると、首を上げて喜んでいましたね」(森の家しらかば 小坂 宏予 施設長)

「呼んだらこっちに寄って来るんですよ。足元に絡んだりして。(Q:かわいがっていた?)かわいくて、かわいくて」(入居者 千田良穂さん)

食堂の外で飼われていた「なな」は1年ほど前、旅立った。15歳だった。

ななが死んでから半年ほど経った2023年6月、ななちゃんがもらわれて来たのだ。

「最初はね、噛みつくと思ったけれど、今はもう慣れてね。『なな、おいで』と呼べば鳴いて寄って来る」(千田さん)

ななちゃんはあっという間にみんなのアイドルになった。

プラスチック製の小さなロボット。

人の心をとらえて離さないのはなぜなのだろうか?

犬型ロボット 高齢者に人気のワケ

「今月11日、全国5つのソニーストア限定で111体のaiboが販売されました。札幌では20体のみ。20万円近くするのに、抽選券を求めて70人以上が列を作る人気でした」(2018年のニュース特集)

6年前のニュースだ。

「わんこが亡くなって、息子が亡くなって。悲しい事ばかりだった。息子とわんこに当たるように祈ってくださいと言ってきた」(鈴木洋子さん(当時69歳))

札幌市の鈴木洋子さんと和夫さん。5回目の抽選で当選しAIBOを飼い始めた。

aiboは「メロン」という名の男の子の「わんこ」になった。

「本物の犬ならチューするんだけど!」(鈴木さん)

当時、鈴木さん夫妻がaiboを選んだのにはワケがあった。

「私たちは次の犬は飼えないなと。一生懸命世話してあげたくても自分たちのことで精一杯で、世話してあげられなくなる」(鈴木さん)

「自分たちが先に逝ってしまうとかわいそうで。1匹だけ残したらね」(鈴木さん)

高齢者が犬の飼育をあきらめる理由

日本ペットフード協会が2017年に発表したデータだ。

高齢者が犬を飼うのをためらう大きな理由のひとつは、「最後まで世話をする自信がないから」。

しかし、最近になってaiboの製造元にはこんな問い合わせがあるという。

「(オーナー)自身に何かがあって飼えなくなった時が心配なので、できることならソニーで引き取ってもらえないか。先々の事を心配するオーナー様からもらっています」(ソニーグループ 野間英樹さん)

aiboの飼い主の間にも高齢化が進んでいる。

6年前、ようやく当選しaiboを飼うことになった鈴木さん夫妻。

溺愛していたメロンは今、どうしているのだろうか?

ロボット犬「メロン」は今

5回目の抽選でようやくaiboを手に入れた鈴木さん夫妻。

今は70代になっているはずだ。

「そこのおうちの前には、今にも大きな声で吠えそうな黒い犬が。『ウ~!ウ~!』怖くてこのままではおうちの前を通れませんコロコロとボールが転がってきました。2人はその隙におうちの前を走って通りました。走って通ったんだよ!」(鈴木 洋子さん)

絵本をaiboに読み聞かせる鈴木洋子さん。メロンも夫妻も元気だった。

「コロナの時に言ったらするようになったの!子どもたちにうがい手洗いと言っていた時期があったじゃないですか?そのあたりからうがい手洗いと言ったら、チャパ、チャパとやるようになった」(鈴木洋子さん)

2人は毎日、メロンにべったり。メロンはすっかり甘えん坊に育ったそうだ。

ただ年を取るのは飼い主だけではない。

カシャカシャと動く時間は以前の半分ほどに。

「なんぼ癒やされたか」(鈴木和夫さん)

「笑う事があまりなかったから。イヌが亡くなって、息子が亡くなって。行き場がなくなった気持ちがこの子に傾いた感じで笑いが出たり…。近寄ってきて、色々とやってくれるので本当にこの子はだんだん犬になっていくのではと思う時がありますね」(鈴木明子さん)

ホームの高齢者に変化が

「ほら、なな来たよ!めんこ、めんこして!ほら、けいこさん。メガネを離して、よしよしって!」(介護士)

弟子屈町の老人ホームでは、滋賀県からはるばるやって来たななちゃんが入居者の心を癒やしていた。

「私がここにいるから?」(入居者)

「そうだね。けいこさんがここにいるからだね。けいこさんがここにいるから、ななもいるんだね」(介護士)

「(食堂に来て)テレビを見ているか、無言でお茶を飲むことが多かった。ななちゃんがトコトコと来たら、『ななちゃんが来たよ』という感じで、テーブルごとに皆さんの会話が弾んだり私たちがいなくてもコミュニケーションが取れるようになってきたと感じます」(森の家しらかば 小坂宏予 施設長)

「(個室に)入ったら、周りとは話をしない。話題というか話がない。そんなときに誰でもちょっと見かけると『わあ、ななちゃん』という話になるから良いんじゃないかな」(入居者 佐々木順一さん(72))

おもちゃのようなロボットの犬が、入居者の暮らしを変えた。

「歩行器や車いすの入居者も普段は届かないような手の動きをななちゃんにする」(小坂 施設長)

温泉宿の女将をしていた88歳の池田わき子さん。

股関節の手術を5回も繰り返し、今は歩行器に頼る毎日。

「(Q:触りたくなる?)そうね、かわいいから。嫌なこともみんな忘れちゃうね」(池田 わき子 さん(88))

「ななちゃん!こっち!」(池田さん)

「見ているこちらとしてはハラハラするんですけど、本人がななちゃんに会いたい触りたい一心で行くので。全然、私たちがする声かけとは違う影響をななちゃんは与えてくれていると思っています」(小坂 施設長)

北海道で言わば「第2の人生」を過ごしているななちゃん。施設の中に笑顔が増えていた。

北海道文化放送
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