直径約3cmの円の中に描かれた作品を知っているだろうか?
それがペットボトルのキャップをキャンバス代わりに描く“ボトルキャップアート”だ。通常であれば飲み終わったら不要となるキャップが、美しい作品に生まれ変わっているのだ。
まずはその作品をみてほしい。
小さく狭いキャップに描かれているのは、緑の木々が美しい池の風景。1羽の白い鳥が泳いでおり、奥には赤い橋が架かっている。周囲の景色が反射し写っている水面まで繊細に描写している。写真を貼り付けたかのように美しい風景だ。
また別の作品では、伏せの状態で眠っている1匹の柴犬が描かれたものも。すやすや眠る柴犬の前足には、まるで見守っているかのように白い小鳥がちょこんといるのも可愛らしい。あたたかいタッチで描かれた可愛らしい様子に癒されることだろう。
そして、ふんわりと焼けたホットケーキを描いた作品もある。上にはバターがのっていて、とてもおいしそうだ。ふんわりと膨らんだホットケーキの高さをキャップの高さでうまく表現している。2つのキャップを重ねた面白い作品だ。
これらは画家の西倉ミトさんが描いた作品。西倉さんはペットボトルのキャップに風景や動物、食べ物などを描いて、自身のSNSを中心に発信している。
直径約3cmという狭いスペースとは思えない、繊細でリアルなタッチで描かれた作品に惚れ惚れすることだろう。
「もっと小さなものに描いてみては」アドバイスが始まり
細部まで丁寧な作品だが、1つを作り上げるのにはどれくらいの時間がかかっているのだろうか?また、どのようなきっかけでキャップに描くことを思いついたのだろうか?
西倉さんに話を聞いてみた。
ーーキャップをキャンバス代わりに描くのは、どのようなきっかけで始めた?
最初はハガキくらいの大きさの紙に動物や風景を絵の具で緻密に描いていましたが、2022年5月に一つの転機が訪れました。知り合いの方が私の絵を見て「細かな絵が得意なら、もっと小さなものに描いてみては」とアドバイスをしてくださったため、作品の方向性を見直すことにしたのです。
どこに描けば面白いだろうかと考えながら過ごしていたところ、2022年6月に地元のショッピングモールで小学生が作ったペットボトルキャップのモザイクアートを見かけました。その時に、一つのキャップに絵を描いている人はあまりいないのではと閃いたのがきっかけで、ペットボトルのキャップに絵を描き始めました。
ーー 完成までにはどれくらいの時間がかかるの?
構想から完成まで5~10時間かかります。複雑でない動物や食べ物などは比較的早く仕上がりますが、風景画は細かいものが多いため制作に時間がかかることが多いです。
ーーどうやって描いている?普通にキャンバスに描くのと違いはある?
以前は筆を使ってキャップに直接描いておりましたが、絵の具が剥げることを懸念し、制作方法を変えることにしました。現在は、キャップに下地を塗りロゴ等を消した後、シャーペンで下描きをしてから筆で描いております。
キャンバス作品ではあまり使用しない極細筆をメインに使用する点以外は道具に大きな違いはありません。ただ、キャップだからこそできる表現はあります。過去には、キャップを連結させて恵方巻きを作ったり、2段に重ねてホットケーキを作ったりしました。
ーー制作にあたりこだわっていることは?
キャップの色や形状を活かした作品を作ることです。側面も含めて一つの作品として見ていただきたいので、絵の色味に合わせた色のキャップを使用することが多いです。
ーーキャップに描くことでの難しい点は?
実はキャップに絵を描き過ぎたせいで、2023年末に首・肩・腕を痛めてしまい、整形外科のリハビリに通っていました。その経験から、キャップに細かな絵を描くことが難しいというより、毎日細かな絵を描き続けることが難しいのではと感じるようになりました。
お気に入りの作品は“描かずにはいられなかった景色”
ーーキャップと絵の組み合わせはどう決めている?
先に何を描くかを考え、仕上がりのイメージに近い色のキャップを選ぶことが多いです。まれにキャップの色から着想を得ることもあります。例えば、赤色のキャップを見たときに真っ先に浮かんだ「ダルマ」をそのまま描いたことがあります。
ーー今まで描いた作品の中で、お気に入りを教えて。
夕焼け空の絵です。大阪の鳳駅で私が実際に見た景色なのですが、空の色があまりにも綺麗だったので描かずにはいられず、何としてでも作品という形で発信したいという思いがありました。
その作品は自分の中で納得のいく仕上がりになり、SNS上での反応も良かったため、沢山の方に共感していただけたような気持ちになったことを覚えています。それがとても嬉しかったことから特に気に入っています。
ーーでは、描くのが大変だったという記憶のある作品は?
岐阜の中川辺駅の絵が最も大変でした。一つ一つのモチーフが細かすぎて、なかなか思い通りに塗ることが出来ず、描いては消しての繰り返しだったため、途中で何度も放棄しかけた記憶があります。完成しないまま投げ出してしまうのは作家としてのプライドが許さなかったので、何とか気合いで描き切りました。
ーー今後はどんな作品を描いていきたい?
例えば、47都道府県の風景やご当地グルメをボトルキャップに描いて並べてみるなど、複数個で一つのシリーズ作品として見てもらえるようなものを考えています。また、ボトルキャップ以外の廃材を使用した作品づくりなど、表現の幅をさらに広げていきたいです。
西倉さんは、今までに約240点のボトルキャップアートを制作してきたという。これからもさまざまな生き物や食べ物、そして風景を、キャップという狭いスペースに描き、とじ込めてくれることだろう。