能登半島地震から5週間余り。地震は能登の人々の日常を一変させた。石川テレビで2023年に放送した、30年以上続く石川・七尾市の総菜店も地震で日常を奪われた。
フライヤー倒れ…「自宅にいて命拾い」
最大震度6強を観測した七尾市では、地震発生から1カ月がたった現在もおよそ1万3,300世帯で断水が続くなど甚大な被害が出た。
この記事の画像(14枚)蠏早苗さんは、七尾市で35年にわたり愛されてきた総菜店「じゃ~ま」をずっと1人で切り盛りしてきた。
蠏早苗さん:
1月の1日、2日はお店に来ないで3日から準備に入って4日にオープンしようと思っていたらこんな感じ
あの地震があった日、蠏さんは自宅で被災した。
蠏早苗さん:
家にいたの、だから助かったね、命。ここ(厨房)にいたら危ないよね。普通なら午後4時すぎまでお店にいるからね。命拾いした
店は外壁やドアが地面に落ち、応急危険度判定では「赤紙」危険と判定された。さらに厨房は、フライヤーが倒れて新しい油に入れ替えたのが全部流れてしまい、床は油まみれだという。店にあった皿もほとんどが割れてしまった。
蠏早苗さん:
十何年前(2007年)のあの時も震度6強とかって言っていたけどずっとひどい。(Q:レベルが違う?)家にいても思ったもん、家が壊れるわって
もう戻ってこない“風景”
地震があった日の夜に店を訪れ、蠏さんは35年続けてきた店を閉める決断をした。
蠏早苗さん:
ああ、もう終わったなって思った。もうこの状態じゃ(店を)続けられないと思った
ただ、あれから1カ月たった今もいつもの癖が抜けないという。
蠏早苗さん:
朝、いつも3時ごろ目が覚めるんですよ。「ああ、(店に)行かんでいいんや」と思って、でもなかなか寝れないのね
記者と話すときも気が付けばいつもの定位置。しかし、その風景はもう戻っては来ない。
蠏早苗さん:
クラウドファンディングってあるでしょ。(近所の)七尾高校を卒業した生徒さんたちが「おばちゃん、それするから店せんけ?」って言われたんだけど、「1回ここが潮時かな」って思ったら「もう1回」って気にはなかなかなれないね。「もういいぞ」って誰かが言ってくれたんだと思う
撤去作業の日、常連客続々と駆けつける
地震からちょうど1カ月後の2月1日に、店の機材を撤去する作業が行われた。
蠏早苗さん:
こうやって離れてみると余計すごいもんね
蠏早苗さん:
これも縁があるなあ、これだけとっておこうかな。これだけよ、最初にお店を開けた時から割れていないの。(Q:35年割れていない?)すごいでしょ、これだけだわ
この日は、常連客が続々と蠏さんの元に駆けつけた。
訪れた常連客:
買い物せんでも「早苗さ~ん!」って言っとったから。やっぱりさみしいよ、本当に
さらに「おばちゃん、みんな心配しとったよ。おばちゃん大丈夫かって」と声をかける人もいた。
訪れた常連客:
おばちゃんよかった…。(お店は)もうせんが?
蠏早苗さん:
最後までありがとうね
訪れた常連客:
ありがとう、おばちゃん。また機会あったら食べさせてよ。
蠏早苗さん:
わかった、食べたいのあったら言って!
訪れた常連客:
全部やわ!
蠏早苗さん:
またどこかで会おうね行ってらっしゃい、ありがとう
思い出がつまった店は、たった2時間で大方、片付けられた。
蠏早苗さん:
あーあ、これでほとんど終わったね。なんか、あっけないね
「さみしくなるのはこれから…」
多くの人に愛された「じゃ~ま」。今でも店を続けてほしいという声はあるという。
蠏早苗さん:
いろんな話を持ってきてくださる。「もうちょっと(店を)して」とかそんな感じで言ってくださるんだけど、もう店を構えてやることは無理だと思う。ありがたいよね、そんな話を色々持ってきてくださるって。私は幸せ者やと思う
多くの人の命を奪い、家を奪った地震は、当たり前の日常をも消し去ってしまった。
蠏早苗さん:
私ね、もっとさみしくなるのはこれからだと思う。今まではお店を片づけなきゃとかってあったじゃない。それがこれからなくなるから、多分さみしくなるとしたらこれからやなと思う
(石川テレビ)