宗教団体「エホバの証人」の2世信者、いわゆる信者の子どもとして30年近く生きた男性が、教団を脱退し、新しい人生を歩み始めた今だからこそ伝えたい思いや教団の実態について語ってくれた。
“措置”で親ときょうだいに会えない
30代の直也さん(仮名)は、2カ月前に妻の香奈さん(仮名)と結婚し、山口市内で新婚生活を送っている。2人は結婚式を挙げる予定はないという。その理由について次のように語った。
この記事の画像(15枚)「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
いわゆる“忌避”と言うが、母親と一番上の兄と姉とは会えない。
妻・香奈さん:
(夫の家族を)招待できないし、今のところ(結婚式は)考えていない。
直也さんは、宗教団体「エホバの証人」の元2世信者である。2年前に脱会してから教団の「忌避」という措置により、教団の信者である母親やきょうだいと会うことができなくなっているという。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
ずっと辞められなかったんですけど、年齢も30歳になって、今と同じ状況で年齢を取って死んだ時に「いい人生だった」と言えるのかと真剣に考えた。そしたら、たとえ信者である親と会えないとしても、やはり辞めた方がいいだろうなと思って。つらいというよりは(教団への)怒りの方が大きい。
多くの禁止事項が学校生活に影響
直也さんは4歳の頃から母親に連れられ、きょうだいとともに集会や布教活動に参加するようになった。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
当時は週3回、集会に行っていた。1日に何時間も母親と一緒に歩いて、いわゆる“伝道”といって家を勧誘して回る。「エホバの証人」というのは、基本的に自分たちが将来“永遠の命”を手に入れて“楽園”というところに住むみたいなのがあるので、そういう教えをよく受けていた。
「エホバの証人」は、1870年代にアメリカで設立されたキリスト教系の新興宗教で、教団によると信者は世界に約870万人、日本に21万人いるとされている。
信者は「王国会館」と呼ばれる教団施設に通い、集会に出席して聖書の教えを学ぶ。「王国会館」は全国各地にあり、福岡県内には現在20ほどあるとみられている。直也さんによると、教えには禁止事項が多くあり、学校生活にも影響を及ぼしていたと話す。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
例えば、「校歌を歌ってはいけない。国歌も歌ってはいけない。国旗と校旗の掲揚で身体をそっちに向けてはいけない。世の人(=信者ではない人)と遊んだらいけない」っていうのはよく言われていた。どうしても「自分は人と違う」というのは、おのずと認識させられるし、非常に嫌だった。
親からの“むち打ち” 9割超が経験
さらにつらい記憶として残っているのは、母親から繰り返し受けた“ある行為”。それは「むち打ち」だ。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
基本的にお尻をたたかれるやり方で、集会もだいたい2時間ぐらいあるんですけど、手遊びとかゴソゴソしたりすると別室に連れていかれて、むちでたたかれる。
直也さんやきょうだいは「集会に集中していない」などの理由で、母親から竹製やゴム製のむちで打たれていたという。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
抵抗できないのでされるがままだったんですが、やっぱり嫌だった。本当に痛かった。
この「むち打ち」を巡っては、エホバの証人の元信者らを支援する弁護団がアンケート調査を実施した。それによると、元信者560人のうちの9割以上が、子どもの頃に親からむちで打たれたことがあると回答している。
1945年に発行された教団の出版物に“むち打ち”についての記述があり、弁護団は「教団のむち打ちの組織的関与は否定しえないもの」と判断している。
肌身離さず“輸血拒否カード”を所持
「むち打ち」とともに、弁護団が大きな問題としているのが「輸血拒否」である。直也さんが見せてくれたものは、直也さんが子どもの頃に肌身離さず持っていたという「輸血拒否カード」だ。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
聖書の記述の中に「血を避ける」というような表現があるんですけど、輸血というのは血を体の中に入れることなので、教えに反するということで禁止されている。
弁護団の調査では、約8割の元信者が子どもの頃に「輸血拒否カード」を所持していたとしている。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
首にカードケースみたいなものを下げて中に入れている。自分もそれで命を失う可能性があったかもしれないと思うと非常に怖い。
手術時「輸血しないでくれ」医者も困惑
命にも関わるこの「輸血拒否」の問題は、医療現場でも長年協議されてきた。福岡大学病院救命救急センターの石倉宏恭医師も、これまで何度か輸血を拒む急患の治療法で頭を悩ませた経験がある。
福岡大学病院 救命救急センター・石倉宏恭センター長:
子どもさんが交通事故に遭われて、脾臓(ひぞう)が出血の原因だったので、そこを取らなければならないと。出血性ショックになっていて、手術をするためには輸血が必要だったが、その親御さんが「輸血をしないでくれ」と言った。
麻酔の先生に頼んでも、誰も輸血なしの状態では麻酔をかけてくれなかった。困り果てたら、最後にその当時の大学病院の教授が「私が麻酔をします」と。結果、輸血はせずに何とか手術を終えることができて、子どもさんも元気になられた。
救急搬送された重症患者には「待ったなし」で輸血をし、容態を整えてから麻酔や手術を施すケースも多いといい、まさに治療の入り口を絶たれることは大きなリスクだと話す。
福岡大学病院 救命救急センター・石倉宏恭センター長:
親権者が輸血を拒否されて子どもさんに輸血できないというのは、よりつらい状況に医療者側としてはなる。やはり倫理観が宗教の倫理と医療の倫理で相いれない一線があるので、そこをどうするかというのは、一方的に我々が提案しても解決するものではないと思う。
もし、そういうところで第三者、例えば行政が関与して、それを特に2世の方にどうしたらいいのかという指針を提示してもらえば本当にうれしい。
「宗教上の虐待」をもっと世間に
2022年12月に、厚生労働省は宗教2世の児童虐待を防ぐためのガイドラインを策定した。「むち打ち」や「輸血拒否」についても虐待にあたると明記している。
比較宗教学が専門で、児童福祉の現場にも長年立ち続けている九州大学大学院の飯嶋秀治教授は、このことをもっと世間が周知する必要があると話す。
九州大学大学院(比較宗教学)・飯嶋秀治教授:
虐待は基本4つ。身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト。この基準は宗教であっても全く変わらない。本人たちが「信仰の自由だ」って言ったときに、市民の方とか第三者がたじろいじゃって、話が止まってしまったという時期があった。
問題なのは、その行為が「法律で引っかかるかどうか」ということ。子ども家庭局も、むちで打ったり、それから性的な体験を無理に合理的な理由なくさせたりっていうのは、「宗教上の虐待だ」と明示しているので、その認識が市民に広まるっていうのが第一なんだろうと思う。
「違和感をそのままにしないで」
信者である親やきょうだいと縁を絶ち切り、新たな家族との平穏な暮らしを手に入れた直也さんが今、伝えたい思いを聞いた。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
まず、教団の中にいる若い信者が感じた違和感とかを「そのままにしないでほしいな」というふうに思う。人生、後悔しない選択をしてほしいと思いますし、社会に関して言えば、そういう普通じゃない経験をしている人がいるっていうのは知ってもらいたいなと思う。
教団に対しては次のように語った。
「エホバの証人」元2世信者・直也さん:
教団がいくら「自分たちにはそういう虐待のつもりはなかった」って言っても、実際、現場で起きていたことは明らかだったので、監督責任は問われるべきだと思う。
今後、教団が変わればそういう状況が変わるのかなとは思うんですけど、最近の報道に対する教団側の回答を見ると、あまりそういう変える気はないようなふうに思いますので、国なり、外部の組織が関わらないと変わるのが難しいんじゃないかなと思う。
もう誰にも自分が経験した“普通じゃない人生”を送ってほしくない。直也さんはこれからも情報発信を続けたいとしている。
(テレビ西日本)