2024年1月16日、北朝鮮の朝鮮中央テレビの天気予報に「異変」が起きた。
この記事の画像(29枚)前日の15日までは、半島統一を将来の前提とするからか、朝鮮半島全域に「ナルシ(天気)」という文字を被せ、アナウンサーが各地の天気予報を紹介していたが、16日には、半島の北半分、おおよそ、現在の北朝鮮の領域を画面に示し、「ナルシ」の文字を示していたのである。
これは、どうしたことだろうか?
朝鮮中央テレビの天気予報に異変が起きた前日の15日、北朝鮮の最高指導者、金正恩総書記は、朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議第14期第10次会議における演説の中で「北南関係がもはや同族関係、同質関係ではなく敵対的な二つの国家関係、戦争中にある完全な二つの交戦国関係」と、韓国とは戦争中であると定義。
「北と南を同族と誤解する残滓的な単語を使わないということと大韓民国を徹頭徹尾、第一の敵対国として、不変の主敵にしっかり、みなすよう教育事業を強化する」「憲法にある《北半分》、《自主、平和統一、民族団結》という表現が今は削除されなければならない」と強調した。
そのうえで、南北協力の象徴だった京義線を回復不可能な水準にまで分断、平壌の南に立つ観光名所とも言われた「祖国統一三大憲章記念塔」を撤去するとの方針を示したのである。
北朝鮮メディアで公開された金正恩総書記の演説文には、天気予報の変更は盛り込まれていなかったようなので、朝鮮中央テレビの天気予報の「異変」が誰の指示によるものかは不明だった。
北朝鮮版「極超音速ミサイル」の発射
金正恩総書記が、韓国を「徹頭徹尾、第一の敵対国」と定義づけた2024年1月15日の前日にあたる14日、北朝鮮は、新型ミサイルの発射試験を実施した。
北朝鮮メディアは、このミサイルを「極超音速ミサイル」と呼んだ。
極超音速ミサイルとは、マッハ5以上の極超音速で飛行し、軌道が変化する、いうなれば、豪速球かつ変化球のように飛び、西側の弾道ミサイル防衛をかわすように開発されるミサイルのことだ。
北朝鮮メディアは「発射試験は、中長距離極超音速機動型操縦戦闘部の滑空及び機動飛行特性と、新開発の多階式大出力固体燃料発動機の信頼性を確証することを目的として進められ、成功裏に行われた」(朝鮮中央通信1月15日付)と説明した。
この一文で目を引くのは「極超音速機動型操縦戦闘部の滑空及び機動飛行特性」という表現である。
極超音速ミサイルは、ミサイル防衛をかわして標的を叩くのが目的で、大まかに二つの種類がある。
どちらもロケット・ブースターで加速した上で先端部を切り離すことになるが、その勢いを利用して、先端部がマッハ5以上の速度で飛ぶ極超音速滑空体(グライダー)型と、先端部がスクラム・ジェットという特殊なエンジンを装備した極超音速巡航ミサイル(HCM)型の二種類だ。
北朝鮮メディアの表現が正しいとするなら、14日に試験発射されたミサイルの先端部は、「極超音速」で「滑空」する。分類するなら「極超音速滑空体ミサイル」ということになるだろう。
北朝鮮が「極超音速ミサイル」と称するモノを試射するのは、今回が初めてではない。北朝鮮は、かつて2022年1月5日と11日にも「極超音速ミサイル」を発射していた。
ただ、2022年1月発射の際のブースターは、射程約3700~6000kmの火星12型中距離弾道ミサイルの液体燃料+液体酸化剤を使用する一段式ブースターを改修したものを使用していた。
2024年1月14日に発射された「極超音速ミサイル」で使用されたブースターについては「新開発の多階式大出力固体燃料モーター」と記述されているので、北朝鮮メディアが、去年11月11日に第一段用固体推進剤モーター、14日に第二段用固体推進剤モーターの噴射試験を実施したと画像付きで紹介した「新型中距離弾道ミサイル用の大出力固体燃料モーター」(朝鮮中央通信2023年11月15日)を使用した可能性が高いだろう。
従って、2024年1月14日の発射で使用されたのは、画像をみても、ブースターの側面におそらく電気配線を保護するカバーが上下に二か所あるので二段式の固体推進ブースターということになり、一段目と二段目がそれぞれ、噴射試験を実施していた前述の「大出力固体燃料モーター」とみれば、つじつまがあうだろう。
一段式の液体燃料エンジン・ブースターと二段式の固体推進ロケット・モーターのブースターでは、何が異なるのだろうか。
固体推進剤を使用するブースターは、工場で組立ての際に、燃焼室内部に固体燃料と酸化剤を混ぜた”固体推進剤”を貼り付けてあるので、ミサイルを立て、着火すれば噴射が開始される。
これに比べて、液体燃料と酸化剤を使用するロケット・エンジンを組み込んだブースターの場合、発射前にタイミングを計って液体燃料と液体酸化剤を注入する必要があり、さらに発射前に燃焼室にポンプで燃料と酸化剤を送り込んでから着火、噴射を開始する。
両者を比較すれば前述の固体推進モーターの方が噴射までの手間が掛からないことになる。
2022年1月11日の発射の際、北朝鮮メディアが示した画像や、韓国軍が発表した情報を合わせると「極超音速ミサイル」は、最高速度マッハ10、最高高度約60kmで抑えられ、水平面で約600km飛んだところで、極超音速滑空体である先端部が分離。大きく左に旋回し、約1000km飛んだことになっていた。
ところで、肝心の先端部については、2022年1月の画像と2024年1月の画像は、どちらも、4枚の操舵翼があり、形状も極めてよく似ている。2022年の発射の際の低高度での大旋回は、この操舵翼の成果と言えるのかもしれない。
北朝鮮ミサイルと"核"能力
2022年1月に発射された「極超音速ミサイル」の先端部(極超音速滑空体)のブースター部分との結合部の直径は、83~85cm程度とも推定されているので、“核兵器”との関係も気に掛かるところだ。
なぜなら、北朝鮮が昨年3月に戦術核弾頭として紹介した火山31型弾頭は、超大型放射砲の直径600mm とされるKN-25短距離弾道ミサイルに搭載する計画を画像で示しており、大きさから言えば2022年1月に「極超音速ミサイル」の先端部に搭載できる可能性も否定できない。
さらに、それと、そっくりな2024年1月14日に発射された固体推進剤使用の「極超音速ミサイル」先端部に「火山31」弾頭が搭載可能かどうかも気に掛かるところだ。
2024年1月の発射の際には、韓国・国防部は、北朝鮮のミサイルは約1000km飛翔したとし、日本の防衛省は、最高高度50km以上で、500km以上飛行したと発表したので、日韓の防衛当局の間で食い違いが生じた。
発射ポイントについては、米軍の早期警戒衛星SBIRSが、宇宙から北朝鮮の発射の瞬間にその場所を特定し、米軍は、その情報を日韓に送るので、発射ポイントというミサイル発射の起点については、日韓で差異はないはずだ。
北朝鮮から約500kmでは、日本に届きそうもないが、約1000kmでは、西日本などに届くことになりかねない。
能登半島には、弾道ミサイルの追尾能力があるはずのJ/FPS-3Aレーダーを備えた航空自衛隊・輪島分屯基地があるが、能登半島地震で、防衛省や自衛隊が地震対応に追われていた時期だった。
日本各地に多数のレーダーを抱える航空自衛隊のトップ、内倉空幕長は、1月18日の記者会見で、輪島分屯基地で「複数の建物に被害が出ている。基地機能の一部には支障が出ている」ことを認めたうえで「ミサイル防衛の体制には遺漏がない」ことを強調したが、前述の日韓の発表内容の差異は、日本のレーダー/センサーの能力に関わる事項を示唆するものだったのだろうか。
ところで、「韓国を第一の敵対国」と定義づけた金正恩総書記だったが、日本に対しては、どうであったか。
1月5日、金正恩総書記は、能登半島地震に触れ、「日本国総理大臣 岸田文夫閣下」という宛名を付して「日本で残念なことに、新年の初めから地震による多くの人命被害や物質的損失を被ったというニュースに触れ、わたくしは、あなたとあなたを通して遺族と被害者に深く同情と慰問を表します。私は被害地域人民が一日も早く、安定した生活を回復することを願っています」との異例の見舞いメッセージを送っていた。
能登半島地震は、1月1日の出来事だったが、その翌日の2日、日本の安全保障を揺るがすかもしれない出来事が、ウクライナで起きていた。
ウクライナに着弾した北朝鮮ミサイルの正体
ウクライナの第二の都市ハルキウには、1月2日にロシア軍が撃ち込んだミサイルの残骸が転がり、崩れた建物の間にはクレーターが広がっていた。
残骸を調べた現地の検察庁は1月6日、その調査結果を発表した。
ミサイルの残骸は「(ロシアの)イスカンデルか、そっくりなミサイル」としつつ、「責任を明らかにするため、ロシアでは工場職員の名字書くが、このミサイルにはない」「部品の番号を消して、ミサイルの情報を隠したがっているようだ」
そして「イスカンデルより直径で10mm大きかった」としたうえで「北朝鮮のミサイルには、イスカンデルをベースにしたものがある。北朝鮮のミサイルと、ノズルや後部が似ている。北朝鮮のミサイルかもしれない」と分析したのである。
撃ち込まれたのが、北朝鮮製なのかどうか?結論を下したのは米国だった。
米国のカービー戦略広報調整官は、1月4日、「北朝鮮は最近ロシアに発射装置と数十発の弾道ミサイルを提供した。(中略)1月2日、ロシアは夜間、複数の北朝鮮弾道ミサイルをウクライナに向けて発射した」と明かしたのである。
そして、カービー戦略広報調整官は、ミサイルの種類には言及しなかったが、その説明ボードには、「ロシアに引き渡される前に、北朝鮮で行われた弾道ミサイルの発射試験の画像」として変則軌道で飛べる北朝鮮のKN-23短距離弾道ミサイルとKN-25超大型放射砲の画像が添えてあった。
そして「一連の発射から、ロシアと北朝鮮は学ぶだろうと予測している」と言い添えた。何を”学ぶ”というのだろうか。
気になるのはカービー戦略広報調整官は、発射された「北朝鮮の弾道ミサイルの射程は約900km」と明かしたことだ。
KN-23とみられるミサイルが撃ち込まれたハルキウは、北のロシアとの国境から30km強、東のロシアとの国境からでも100km強程度しかない。900kmも飛んだのなら、その飛翔ルートのほとんどは、ロシア領空内ということになるだろう。
そうだとすれば、ロシア国内の対空レーダーで、飛行中のデータを取得できたのではないか。
もうひとつ気がかりなのは、北朝鮮が昨年3月に明らかにした前述の「火山31」弾頭だ。
北朝鮮は、火山31を「戦術核弾頭」と呼び、昨年3月の時点で、火山31とKN-23を並べた画像を北朝鮮メディアで公開し、KN-23に搭載する計画があることを強く示唆していた。
韓国の中央日報英語版(2023年4月10日付)によれば、火山31の推定重量は150~200kgとされている。
仮に火山31を積むシミュレーションとして、KN-23に150~200kgを積んで飛ばしてみた結果、射程900kmにも達したのなら、「火山31」搭載の「KN-23」は、西日本にも届くことにもなりかねない。
ハルキウの検察当局の分析では「着弾したミサイルの残骸は、ロシアのイスカンデル(システムから発射される9M723弾道ミサイル)と異なり、妨害電波から内部の配線を守る措置が取られていなかった」という。
ロシアが、北朝鮮から入手したミサイルを今後、ウクライナにどれだけ発射するかは分からない。
また、北朝鮮が、ロシアから何らかのミサイル技術を新たに入手するかどうかも不明だが、日本の安全保障の観点からも注目せざるをえないのではないだろうか。
北朝鮮の海を泳ぐ"核"兵器
そして、北朝鮮は、1月15日から3日間、米空母カール・ビンソンを含め、日米韓が済州島周辺の海上で行った訓練は「地域情勢をさらに不安定にする」「わが国家の安全を甚だしく脅かす行為だ」として、「対応措置として、開発中の水中核兵器システム「ヘイル-5-23」の重要実験を日本海水域で行った」と発表した。
今回、言及された「ヘイル-5-23」がどんな兵器で、どんな試験なのかは不明だが、従来、北朝鮮メディアが公表していたへイルには、二つのバージョンがあり、どちらも火山31を搭載し、「ヘイル1」は41時間27分掛けて航続距離約600km、「へイル2」は71時間6分で約1000kmという低速で海中を進んだと主張した。
北朝鮮は、核兵器をミサイルに限定するつもりはなく、へイル2のように、いうなれば、日本海を渡れるほどの航続距離をもつ、「泳ぐ核兵器」にも、手を出そうとしているのかもしれない。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 能勢伸之】