能登半島を襲った震度7の地震は医療機関にも大きな被害を与えた。それは産婦人科も例外ではなかった。

震災前、能登北部では過疎化の影響で分娩に対応できる医療機関はそもそも5カ所しかなかったのが、地震により分娩の機能を維持できている施設は2カ所のみになってしまった。さらにこの2カ所のうち、緊急手術が必要な妊産婦への対応ができるのは10日の時点で、1カ所しかないという。

能登北部で唯一「妊産婦への緊急手術可能」となった病院に

七尾市の恵寿(けいじゅ)総合病院は地下水をくみ上げてろ過する緊急システムによる水道が稼働している。
地震発生時から対応に当たっている産婦人科長、新井隆成医師に話を聞いた。

七尾市で対応にあたる産婦人科医の新井隆成医師
七尾市で対応にあたる産婦人科医の新井隆成医師
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新井医師:
分娩管理、帝王切開も含め、緊急手術も対応など全て管理できる病院は能登で恵寿総合病院だけとなってしまった状況です。
ただ、実は一時下水が流れなくなりました。すると水道が使えなくなってしまう、つまり当院も手術ができなくなってしまうのではと危ぶまれましたが、その状況は改善され引き続き手術ができる態勢を維持できています。

地震発生時入院していたのは、医療ケアが必要な36週を超える妊婦2人、産後の重大出血で治療中の母親などを含む女性5人、そして生まれたばかりの赤ちゃん3人だった。

非常用の寝袋に包まれて避難した新生児たち
非常用の寝袋に包まれて避難した新生児たち

免震構造とはいえ、大きな揺れで物が飛び散り、階段にはガラスが散乱した。水が所々漏れ出てきて、足元は非常に危険な状態だったが、直後の大津波警報を受け、患者を最上階に緊急避難させた。

産科病棟は使えなくなっていたため、病院はライフラインが維持されていた内視鏡室に産科病棟を特設した。すると、すぐに難しい決断を迫られた。

大津波警報が出ている中で新たな妊婦を受け入れ

大津波警報のさなか、陣痛が始まった母親の受け入れ先がないという連絡を受けたのだ。

妊婦の移動中に津波が起きるリスクもあったため悩んだが、受け入れることにした。翌2日午前2時過ぎ、無事赤ちゃんが産まれた。母となった山田さんは実家に里帰りした際に被災。また、被災し分娩不能となった他院からの患者も含め、これまで8人の妊婦を受け入れた。

山田さんは里帰り中に被災したが 無事に元気な赤ちゃんが生まれた
山田さんは里帰り中に被災したが 無事に元気な赤ちゃんが生まれた

地震発生から10日が経ち医療者の疲労もピークだ。忘れてならないのが医療者自身も被災者だということだ。

医療従事者自身も被災者…疲労は「かなり限界に」

新井医師:
ここにいる全ての人が被災者で、被災者による被災者の対応という状況に置かれているわけです。もちろん物資はいろいろ運ばれてきて支援は始まっていますけれども、被災者だけでこの山を支える状況を強いられていて、やはり7日目、8日目(※取材時)、いわゆる急性期を過ぎたところでスタッフの疲労はもうかなり限界に来ているというふうに見えます。

取材に対し、そう話す新井医師にも濃い疲労の色がうかがえた。

新井医師:
72時間を過ぎたあたりに、長崎医療センターからベテランの産婦人科医がボランティアで駆けつけてくれ私達も少しずつ眠る時間を取れるようになりました。そのおかげで今もっています。

ただ、「災害時小児周産期リエゾン(※災害時、小児・周産期医療に関して都道府県災害医療コーディネーターをサポートするため都道府県により任命された者)」の方針として、恵寿総合病院での対応が限界なのであれば、患者を全て金沢に移すという方向で動いているという。つまり医療負担を軽減する方向だ。

新井医師ら医療従事者の疲労もピークに
新井医師ら医療従事者の疲労もピークに

新井医師:
今妊婦さんたちと安全なお産について相談を重ねているところです。ただ、能登にとどまらざるを得ない状況にあり、金沢避難を希望されない方もいらっしゃいます。ですから、まだここが分娩を管理できる間は何とか、そういう方たちを守って差し上げたいと我々も頑張っているんですが、我々の限界も見極めなければいけない。今非常に難しい判断を迫られているところなんです。

「助けてほしい」と言える“受援力”を発揮してほしい

新井医師の表情に影が差す。被災地全体の妊婦や赤ちゃんを抱えるお母さんたちを思うと心配は尽きない。

この取材の直前も、輪島市の避難所から22週の妊婦が破水したかもしれないという連絡を受け「周産期リエゾン」に繋いだ。輪島市は被害が最も大きな地域のひとつで既に産婦人科医は1人もいないという。

新井医師:
何よりまず自身とお子さんの安全が確保できるよう、とにかく遠慮せずに援助を求めるということが重要です。自助だけではなかなか成り立たないので、まさにここは、共助、公助を受けるためにまず自分から発信しないといけないです。助けてくださいというふうに。そして周りの人たちが、やはりそういった妊産婦さんの弱さ、脆弱さというものをしっかりと理解して、声をかけてあげるといった共助が必要ですね。こういったことを私たちは共通言語で『受援(じゅえん)』と呼んでいます。

新井医師は、「妊婦や出産後の母親は、自分自身が災害弱者の代表だということを自覚し、『受援力』を発揮してほしい」と言う。

新井医師:
地震発生後、ここですでに赤ちゃんが3人生まれました。出産したお母さんのひとり、山田さんは生まれてきたお子さんについて、『こんなふうに人が困っている大災害の時に、人のために頑張れる、役に立てる、そんな人間に育ってほしい』とおっしゃっていました。

今、ここで頑張っている被災者の方々だけでなく、日本中の人が、そういう気持ちを持って、支援してくださっていると感じています。我々は今、助けていただきたいと思っています。どうぞ引き続き、ご支援をお願いします。

「人が困っているときに役に立てる人間に育ってほしい」と語る山田さん
「人が困っているときに役に立てる人間に育ってほしい」と語る山田さん

被災地では「自分よりも辛い人がいる」という思いが、助けを求めることを躊躇させることがあると聞く。しかし躊躇なくSOSを出し、支援に繋がってもらいたい、そう願う人が新井医師の言うように日本中に数多くいる。

(取材・執筆:フジテレビアナウンサー兼報道局解説委員 島田彩夏)

島田彩夏
島田彩夏

人の親になり、伝えるニュースへの向き合いも親としての視点が入るようになりました。どんなに大きなニュースのなかにもひとりひとりの人間がいて、その「人」をつくるのは家族であり環境なのだと。そのような思いから、児童虐待の問題やこどもの自殺、いじめ問題などに丁寧に向き合っていきたいと思っています。
「FNNライブニュース デイズ」メインキャスター。アナウンサー兼解説委員。愛知県豊橋市出身。上智大学卒業。入社以来、報道番組、情報番組を主に担当。ナレーションも好きです。年子男児育児に奮闘中です。趣味はお酒、ラーメン、グラスを傾けながらの読書です。