今年は新型コロナウイルスの5類移行による経済活動の再開で、年末を迎えた繁華街は外国人観光客をはじめ、多くの人たちが買い物や飲食を楽しんでいる。こうした中、インフルエンザの感染は早くもピークを迎え、新型コロナの感染者数も増加傾向にある。
コロナ禍から平時に戻った年末年始、そして来年以降はどのような警戒が必要なのか。
国立感染症研究所インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センターで、インフルエンザワクチンの開発などにあたる長谷川秀樹センター長に話を聞いた。
長谷川氏らはWHO・世界保健機関の協力センターとして、インフルエンザの流行状況や分析などを行い、世界各地の監視対応態勢の運営に携わっている。
一方で、新型コロナウイルスの遺伝子解析による変異ウイルスの調査なども行っている。
また鼻から噴霧するインフルエンザの不活化ワクチンの開発にもあたっていて、治験も終わり、来年には承認申請される予定だという。
長谷川秀樹センター長:
現在、鼻から噴霧するタイプの生ワクチンはありますが、生きているウイルスを使っていることから2歳から49歳の使用に限られています。インフルエンザで重症化するのは高齢者や乳幼児が多く、不活化ワクチンならすべての年齢で使えます
インフルエンザなど喉や鼻の粘膜をターゲットにする呼吸器感染症では、注射によってできる血中の抗体では感染を抑えきれない課題があるという。
長谷川秀樹センター長:
鼻から噴霧するワクチンは、鼻の粘膜という入り口でウイルスをブロックすることが期待されます。注射を嫌がる子どもも受け入れやすくなります
インフルエンザは流行のピーク 高齢者らへの配慮を
インフルエンザは例年11月ごろからの流行となるが、今年は9月から始まり、現在、流行のまっただ中にある。
長谷川秀樹センター長:
インフルエンザは免疫を持たない子どもが感染することが多く、通常は12歳くらいまでに感染しますが、新型コロナの影響で感染しない子どもが数年にわたって増え続けました。そしてコロナ禍が収束し、免疫を得られなかった子どもたちの感染が急速に広がっていると考えられます
また大人も流行がなかったことで抗体を持つ割合が低下していて、飛沫感染を防ぐマスクや手洗いの習慣が緩んだこと、また海外の往来が復活したことで感染者が増えている。
長谷川秀樹センター長:
コロナ禍以前は、年末年始がインフルエンザの流行の始まりの時期でしたが、今年(2023年)は年末年始に流行のピークを迎えることになりました。以前の1月下旬から2月上旬の感染状況に相当しているという意識を持ってください。
特に年末年始は帰省や挨拶回りで祖父母や両親らと接する機会が増えると思います。特に高齢者はインフルエンザにしてもコロナにしても感染したときの重症化や合併症の可能性が高まるので、体調が悪いときには会わない、常にマスクをするなどの配慮が必要です
また海外や国内旅行に行けば、不特定多数の人に接して密にもなることで感染リスクは高まることになる。
その時のインフルエンザや新型コロナの感染状況を確認しておくことも大切だという。
新型コロナ 新たな変異株JN.1が出現
長谷川秀樹センター長:
新型コロナは全数把握がなくなったので全体の正確な数はわかりませんが、定点で把握されている数を見る限り、増加傾向にあります
新型コロナはオミクロン株のBA.2から派生したBA.2.86が夏から流行して警戒されていたが、この1カ月ほどで新たな変異株JN.1が主流になりつつあり、WHOも「注目すべき変異株」に指定した。
長谷川氏は「これもオミクロン株のひとつであり、強毒化したということはない」とした上で、ワクチンについても今月、長谷川氏も参加したWHOの協議で、「現段階では現状のXBB系統に対応したワクチン接種を引き続き推奨する」ことになったという。
長谷川秀樹センター長:
ウイルスは感染した人たちの免疫から逃れるように変異して、生存していく特徴があるので、コロナもインフルエンザも変異し続けていくことになります
パンデミックへの備え
新型コロナのパンデミック(世界的な流行)はようやく収束に向かっているが、新たなパンデミックにどう備えるべきなのか。
長谷川氏は「インフルエンザのパンデミックの可能性」を指摘する。
長谷川秀樹センター長:
コロナウイルスは2002年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2012年のMERS(中東呼吸器症候群)、そして2019年末に中国・武漢で確認された新型コロナによるパンデミックがありました。SARSはハクビシン、新型コロナはコウモリの一種が感染源と言われていますが、次にパンデミックがおきるとすれば新たな動物を介したコロナウイルスになります
一方、インフルエンザについては、パンデミックの周期性が見て取れるという。
長谷川秀樹センター長:
インフルエンザは直近では2009年にブタから人に感染したウイルスによって、当時は免疫を持っていなかったので『新型インフルエンザ』としてパンデミックがおきました
インフルエンザはおよそ10年から数10年ごとにパンデミックが起きていて、「次がいつ起きてもおかしくない状況だ」と指摘する。
2009年の新型インフルエンザが同じ亜型のソ連かぜに取って代わったように、パンデミックによってウイルスの入れ替えが起きるという。
今年は香港かぜと呼ばれるA(H3N2)と2009年に流行したインフルエンザA(H1N1)の2つが流行している。
長谷川秀樹センター長:
インフルエンザウイルスもコロナウイルスも動物由来です。パンデミックを起こすのはすでに流行しているウイルスや変異したウイルスではなく、動物の世界から新たに人に感染するウイルスです。その時、人はそのウイルスに対する免疫を持っていないので大流行を起こし、パンデミックとなるのです
感染症への偏見と差別
2009年の新型インフルエンザの発生の際も、今回の新型コロナ同様にパニックが起きた。4月にメキシコで初めて確認された後、日本では5月に神戸で確認されたが、空港では海外からの帰国者が隔離され、多くの学校は休校となった。
そしてアメリカの国際イベントに参加した生徒が感染した高校には非難が殺到するなど、感染者らへの差別が相次いだ。
結果的に日本国内での死者は1年間でおよそ200人と、季節性インフルエンザによる死者数より大幅に低かった。
だが社会は免疫や治療法が確立されていないウイルスにパニックになったのだ。
長谷川秀樹センター長:
インフルエンザはワクチンの製造工程や治療薬などが確立しているので、比較的早く対処できます。ただ発生当初は病院に患者が詰めかけ、医療現場の混乱は避けられません
そして10年後に発生した新型コロナでもSNSでの感染者の特定や、患者や医療従事者らへの非難が相次いだ。
長谷川秀樹センター長:
非常に悲しいことですが、一生懸命対応している医療従事者や患者さんへの偏見は、正確な知識が伝わってないことも一因だと思います。メディアなどによる正確な情報の発信とその情報を理解する力が必要だと思います
長谷川氏は、インフルエンザはもちろん、コロナも数年をかけて学んだことで、次のパンデミックでもワクチンや治療薬などの医学的な対処は、時間をおけばできるはずだと話す。
新型コロナ禍の3年余りの間、ワクチン接種などをめぐる不確かな情報がSNSで飛び交い、子宮頸がんワクチンなどほかの病気も含めて正確な情報をメディアが伝えきれず、政府や自治体などの対応も混乱した。
そして感染していなくても精神的、経済的に痛手をおった人々が数多くいる。
いつかは来るであろう新たなパンデミックにどう向き合うのか、新型コロナのこの数年間の経験を忘れることなく、その学びを社会の仕組みや教育に取り込んでいくことが求められている。
【執筆: フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】