水族館には、普段の生活ではあまり見かけない生き物がたくさんいる。そんな中、福島・いわき市にある水族館「アクアマリンふくしま」が12月12日、こんなコメントとともにX(旧Twitter)に一本の動画を投稿した。

#オオメンダコ の飼育が本日で143日目を迎え、国内飼育記録更新しました!
これも丁寧なハンドリングで採集してくださった羅臼の漁師さんと「彼」の順応力の高さのおかげです。

これがタコ?
これがタコ?
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映っていたのは水中を優雅に漂う不思議な生物。一般的に“タコ”といえば細長い8本足で海中を動き回る姿を想像するが、このオオメンダコは袋のような体を広げたりすぼませたりしながら水中を飛ぶように移動しているのだ。

ふわりと広がり水中を漂う
ふわりと広がり水中を漂う

大きな目の上にはひらひらした“耳”のようなものがついていて、どことなくチャーミングでもある。

頭部には“耳”のような部位がある
頭部には“耳”のような部位がある

この投稿を見た人からは、「泳ぐ姿すごくキレイですねこれからも元気に長生きしてくださいね」「飼育記録更新おめでとうございます」など、記録更新を祝うコメントが寄せられ、1万6000のいいねを集めていた(12月26日現在)。

しかしこのあと、さらに飼育記録を12日更新した155日目の12月24日に死んでしまったという。アクアマリンふくしまは、今回の個体から得た知見を今後に繋げたいとしている。

ゼリーのような柔らかい体

展示も終わり、オオメンダコがいなくなってしまったのは残念だが、そもそも“オオメンダコ”とはどのような生物なのだろうか。また、飼育においてどんな点が難しいのか?アクアマリンふくしまの飼育担当者に聞いた。


――オオメンダコは飼育が難しいの?

まず、オオメンダコは生きた状態で捕獲されることがほとんどないため、水槽で生きた状態を見られること自体が奇跡的なのです。そのうえで生態もほとんどわかっていないので、手探りの状態で飼育しています。

オオメンダコを展示をしたことがあることを公式に発表している園館は、国内では当館ともう1カ所しかありません。


――なぜ生きた状態で捕獲するのが難しいの?

オオメンダコは、北海道から千葉県沖の水深約500m以下という大変深いところにすむ深海生物で、ゼリーのような非常に柔らかい体をしているため、底引き網(袋状の網を海底に沈めて引っ張る漁法)では他の生物に圧迫されて体がボロボロになってしまいます。

ゼリーのように柔らかい体
ゼリーのように柔らかい体

私たちの生物採集に協力してくださっている北海道・羅臼の漁師さんは、「刺し網漁」という海中800~1200mに網を垂らす漁法を行っています。この漁法だと、たまにオオメンダコがからまって上がってくるのですが、そもそもそれだけ深い海で刺し網漁を行っている地域が少ない。そのうえ、ゼリーのような体で1000mも上がってくるわけですから、無傷で捕獲される確率が非常に低いのです。


――投稿でも言及していたが、漁師さんはどんなふうに気を使っていたの?

私たちは、漁師さんから生物を買っているわけではないので、漁師さんにとってはボランティアです。それでも漁師さんは、私たち以上の愛情を持って生物をできるかぎり傷つけないように大事に扱ってくださいます。時には、商売道具である網を切ってまで生物を取り出してくれるのです。

搬入から10日以内に死んでしまう個体も

――今回のオオメンダコは順応力も高かったとのことだが?

そうですね。漁師さんが捕獲したオオメンダコは、まず、羅臼漁協さんの海洋深層水(深海の水)の水槽に搬入されます。それから、海水と酸素を入れた袋に入れ、17時間ほどかけて当館に運ばれてきます。当館では、地元の海水をろ過して使用していますが、それでも深海の水に比べたら細菌が多い。また水圧、光などの様々な面で異なる環境で、そこに順応した個体しか生き残ることはできません。

当館ではこれまで15個体のオオメンダコを飼育してきましたが、搬入してからの寿命は平均すると約40日前後。その中でも、三分の一くらいは搬入から10日以内に適応できず死亡していました。一つの壁である50日を超えたのが3割、そして100日を超えられたのは今回含め3個体です。

着地した状態で幅約40cm
着地した状態で幅約40cm

――大きさはどれくらい?

今回の個体は着地した状態で幅約40cmです。ただし、オオメンダコはパンケーキみたいになったり山みたいな形になったりするので、おおよそですね。遊泳時全開で開いたら60cmは超えていました。なおオオメンダコの成体は35cm以上と言われています。ちなみに一番大きかった個体は60cmほどでした。

“耳”のようなものは実はヒレ
“耳”のようなものは実はヒレ

――頭部でひらひらしている“耳”のようなものは何?

あれは耳のようですが、実はヒレなんです。イカのエンペラのようなもので、おそらくそれで舵取りをしていると思われます。


――生態はどれくらいわかっているの?

そもそも生きて上がらない生物なので、飼育の経験を積むチャンスがなく、ほとんどわかっていないというのが正直なところです。だから、私たちが全力で彼らを生かし続けることによって生まれてくる情報が山ほどあるのです。

餌に関しては海外の文献で、死んだオオメンダコの胃の内容物から、ヨコエビやカイアシ類を食べているということが分かっています。ただ問題は、深海1000mにいるそれらの生物を、私たちは容易に手に入れられないということです。

幸い、当館では私が羅臼海域の深海に生息するエビの赤ちゃんから育てているため、育てていく中で脱皮不全で死んでしまったエビなどを餌としてあげることができます。

オオメンダコは意外に“見ている”

――今回、飼育してみてわかったことは?

オオメンダコからも、意外と私たちが“見えている”ということがわかってきましたね。たとえば、お客様が間違えてフラッシュをたいてしまったり、お子様が水槽をバンバン叩いてしまったりというような、オオメンダコにとって嫌なことがあると、ぐるーっと回転して背を向けるんです(笑)。自然界では、嫌なことがあれば飛んで(泳いで)逃げればいいですが、水槽ではそうもいかないので、彼なりに考えた結果だと思います。

一般的にイカ・タコなど頭足類は“知能が高い”と言われていますが、そういう意味では、オオメンダコもタコの仲間だなぁと思った瞬間ですね。

なお“見えている”といっても、オオメンダコは私たちを人間のように色彩で認識しているわけではなく、おそらく、音や振動、光、水槽に伝わる刺激に反応しているのだと推察しています。

タコは我々を見ている?
タコは我々を見ている?

――今回の飼育の経験から伝えたいことは?

今回の個体は多くのお客様にその魅力を存分に示してくれただけでなく、私たち飼育する側にもとても多くのことを残してくれました。これだけ素晴らしい個体と出会えたことに心から感謝し、その死を無駄にすることなく今後につなげていきます。

多くの人々の協力によって、約150日も来館者を楽しませたオオメンダコ。この経験を活かし、またいつの日か水槽で泳ぐオオメンダコを見られる日が来るかもしれない。

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プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。