福岡・太宰府市に聳える霊峰、宝満山。この山を登る小さなヒキガエルたちがいる。そんな不思議なカエルを追いかける42歳の“少年”を追った。
なぜカエルたちが山を登るのか?
九州屈指の人気登山スポット、宝満山。標高829メートルの山を登るのは、人間だけではないようだ。

前脚と後ろ脚を精一杯、伸ばして上へ上へと向かうのは、体長が僅か1センチほどのヒキガエル。毎年、5月から7月頃の梅雨時期に宝満山で見られる光景で、登山者の間ではよく知られた存在。梅雨時期の風物詩となっている。

「私は一緒に登ったことがありますよ」と話す登山客や「湿気がある日に、ずーっと登り出す。だけん踏まんごつせないかん」と話す登山客。皆、愛おしそうにヒキガエルたちを見守っている。

前後の脚をうんと伸ばし、上へ上へと登るヒキガエル。目指すのは宝満山の頂。山を登るのは、体長僅か1センチのオタマジャクシから“手足”が生えたばかりの子ガエルたち。

毎年5月、宝満山の麓にある池を、約10万匹の子ガエルたちが、一斉に出発し、1カ月半ほどかけて山頂を目指す。

なぜカエルたちが山を登るのか? 長年に渡り調査されているものの、その謎は、未だ明らかになっていない。
カメラレンズを伝わって…
そんな不思議なカエルに魅せられて、毎年この時期、山に通う人物がいる。「このツルっとしてる感じの…、オタマジャクシから尻尾がなくなってすぐくらいの、ゼリー状みたいなプルプルしたカエルが好きですね」と話すのは、福岡・那珂川市在住のカメラマン、仲信達也さん(42)。

仲信さんが手掛ける撮影は、ドキュメンタリーや映画、SNS用のPR動画など多岐に渡る。休みなく全国を飛び回るなかでのライフワークの1つとして続けているのが、宝満山のカエルの撮影だ。過去にカエルの登山に密着した作品は、全国的な映像コンテストで賞を受賞。カエルマニアの間で話題となり、映画祭でも上映された。

仲信さんが宝満山のカエルと出会ったのは6年前。登山家の友人から偶然その存在を聞いたのがきっかけだった。

「こんなに小さいカエルが登っているっていうことにすごい興味が湧いたというか、撮影しようとすると撮影も難しいし。その全てがハマった」と仲信さんは目を細める。

専用の機材も少しずつ集めた。一番の相棒は、細長い棒状の『虫の目レンズ』。「カエルが警戒心を持っちゃうので、ちょっと距離があった方がいい。レンズは無機質だからか、余り逃げない」とレンズについて話していた仲信さんだが、話の途中「あっ、レンズに登ってきた、これくらい警戒心を解いてくれるってこと」。

カエルがレンズを伝わり登って来たのだ。そしてバッチリ捉えられた表情。カエルのウインクや欠伸姿など、普段、目では見えづらい表情を捉えることができた。

機材の総額は100万を超えるくらいだという。カエルの撮影が収入に繋がっていると尋ねると「ゼロですね」と仲信さんは笑った。
自然のなかにいる自分が本当の自分
夢中でカエルを追いかけるその原点は、幼少期にある。広島県ののどかな自然のなかで生まれ育った仲信さんは、幼い頃から1人、生き物を追い続けていたという。

大学時代にカメラを学び、ケーブルテレビ局にカメラマンとして就職したものの30代半ばで管理職となり、壁にぶつかったと話す。「事務作業みたいなのが沢山あって、全くうまくできなくて。その時期、映像も撮れなくて、おかしくなりそうだった」

葛藤のなかで原点に立ち返った仲信さんは、大好きな自然と関りながらカメラマンとして生きる道を模索し、脱サラを決意。2024年、フリーランスに転身した。
カエルで変わった人生かも…
自然のなかにいる自分が本当の自分。そう気づいたとき、背中を押してくれたのが、カエルたちだった。「自然のなかで真っ直ぐ向かっていく姿がすごいなって。そういう姿には、勇気をもらったかもなぁ」と仲信さんは愛おしそうにカエルたちを見詰めた。

2025年7月1日。「カエルたちが登頂した」という情報を得た仲信さんは、この日、山頂を訪れた。登頂が目撃されたのは、6月下旬だという。既にかなりの時間が経過していた。一縷の希みをかけて訪れたものの、その気配はない。結局、取材陣も同行したこの日は、頂上付近にカエルの姿は見られなかった。

登山するカエルは約10万匹といわれているが、その登山は過酷なもの。途中、深い溝に落ちてしまったり、天敵のアリに襲われたり、数々の試練を乗り越え、山頂に辿り着くカエルはごく僅か。登頂の瞬間を撮影するにはタイミングが重要だ。

「人生が、カエルで変わったかもしれないですね。子どもの頃に好きだったことって、やらなくなるじゃないですか。でも大人になって本気でやったら、それはそれで面白いことが起きる」

自然を愛する気持ちはあの頃のまま。“カエル少年”の冒険はこれからも続く。
(テレビ西日本)