「死刑を求刑します」最も重い刑罰が求刑された瞬間、男は表情を変えずに検察官をじっと見つめていた。

改正少年法に基づき実名の公表が可能な「特定少年」として全国で初めて氏名が公表された今回の事件。「社会に戻るつもりがない」と法廷で述べた男の裁判は異様なものだった。

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遠藤裕喜被告(21)は、19歳だった2021年、山梨県甲府市の住宅に侵入して夫婦をナイフで刺して殺害し、次女も鉈でたたきつけて殺害しようとしたほか、住宅に放火して全焼させた罪に問われている。

注目の初公判は名前すら答えず

10月25日に行われた初公判には多くの傍聴希望者が裁判所に集まり、遠藤被告がどんな声色で何を語るのか、固唾をのんで裁判を見守った。しかし…。

初公判の際の遠藤被告の様子(イラスト:大橋由美子)
初公判の際の遠藤被告の様子(イラスト:大橋由美子)

裁判長:
名前は何と言いますか?
遠藤被告:
…。

裁判長:
遠藤裕喜さんで間違いないですか?
遠藤被告:
…。

裁判長:
起訴状の内容はその通りですか?間違っているところはありますか?
遠藤被告:
…。

裁判長:
話すことは無いと受け取っていいですか?
遠藤被告:
…。

イラスト:大橋由美子
イラスト:大橋由美子

遠藤被告は、名前すら答えなかった。

起訴内容の認否について説明を求められた弁護側は「犯行当時、遠藤被告は心神耗弱状態だった」などと主張し、今回の裁判では責任能力の程度などについて争われることとなった。

虐待やいじめを乗り越え生徒会長に

検察側や弁護側の説明などによると、事件の経緯は以下の通りである。

遠藤被告は夫婦げんかの多い家庭で育ち、自身も父親から体罰を受けていた。小学5年生の時に両親が離婚したが、母親の再婚相手とも関係が悪く、遠藤被告は家族が住んでいる部屋の隣にもう1部屋借りて1人で生活する日々。隣の部屋の笑い声を聞きながら、運ばれてきた食事を1人で食べる生活を送っていたという。

また、中学校ではいじめを受け不登校になり、対人関係がうまくいかず人間不信になっていた。しかし、高校進学後は心機一転頑張り、無遅刻・無欠席の優等生として評価されていた。そして、先生のすすめもあって生徒会に入り、のちに生徒会長を務めるまでになった。

女性に“猛アタック”も…交際を断られる

そんな中、今回の事件で亡くなった夫婦の長女のAさんと出会うことになった。生徒会の活動などを通じて一緒にいる機会が増え、Aさんに好意を持つようになった。供述調書によると「燃え上がるような熱い気持ちが膨らんでいった。人を好きになることがこれまで無かったので、初めての感情だった。人を好きになるのに理由は必要ない。Aさんの姿を見る度に感情が高ぶり、付き合いたいと考えるようになった」という。

遠藤被告は入れ込んでいたアイドルのグッズや写真などを処分し、Aさんに交際を申し入れるも、その場では返事をもらえなかった。それでもLINEは交換してもらえたことから「今後の展開次第では、付き合うチャンスがある」と考えていた。

その後も、会うたびに食事に誘うなど積極的に迫ったが、こうした行動を怖く感じたAさんは、交際を断りLINEをブロックした。

尾行で自宅を特定…“逆恨み”で犯行へ

関係がうまくいっていると思っていたAさんと連絡が取れなくなったことで、いら立ち、怒りがわき上がった。その怒りの気持ちを我慢できなくなった遠藤被告は、Aさんを拉致して拷問などをして、肉体的、精神的に苦痛を与えて怒りを晴らすことを考え始めたのだ。

ナイフや鉈などの凶器を購入するなど犯行に向けた準備をし、Aさんを尾行して自宅の場所を特定。そこで遠藤被告は、Aさんの目の前で家族を皆殺しにした上で、Aさんを拷問しようと考えて、今回の事件を起こすことにしたのだ。

その結果、Aさんの両親は殺害され、Aさんと妹は命からがら家から脱出したものの、大切な両親と住む家を失った。

これが検察側と弁護側が説明した事件の経緯である。本当のところはどうなのか、遠藤被告が事件についてどのように説明するのか、初公判の様子から私は「何も話さないのではないか」と不安を抱きつつも、11月13日に行われた被告人質問の裁判に臨んだ。

「社会に戻るつもりがない」男が初めて語った言葉

結果は予想通りだった。弁護人が6問ほど質問したが、遠藤被告は全て黙秘。「あす、再度被告人質問をやらしてほしい」と弁護人が述べて、裁判は5分ほどで終わってしまった。

「何も話さないまま終わってしまうのか」と諦めの気持ちを持っていたが、翌日は変化があった。弁護人が「事件を起こした理由について、話してもらえませんか?」などと15問質問したが、遠藤被告はこれまでのように黙秘をしていた。しかし、16問目でその時が訪れた。

弁護人:
どうして話をしていただけないのですか?
遠藤被告:
社会に戻るつもりがないからです。

「社会に戻るつもりがない」。ついに遠藤被告が裁判を通じて、初めて法廷で言葉を発したのだ。その瞬間、法廷は少しざわついた。

検察官:
社会に戻るつもりがないとはどういう意味ですか?
遠藤被告:
答えたくありません。

検察官:
Aさんやその家族、裁判にかかわった人に二度とかかわらないと約束できますか?
遠藤被告:
関わることはありません。

数問は答えたものの、他は黙秘のままで、事件の詳細を語ることは無く、被害者や遺族への謝罪の言葉も無かった。

「拷問することに興味があった」男が語った事件の背景

しかし、2週間後の11月28日の裁判では、これまでと一転して、遠藤被告は事件についての質問に静かに答え始めた。

弁護人:
事件の動機は何?
遠藤被告:
きっかけは、やっぱりLINEで交際を断られて現実から逃げたくなったから。

弁護人:
Aさんに付き合えないと言われた時は、どう思った?
遠藤被告:
絶望感と怒りの感情であふれた。Aさんに拷問をして、自分のことを忘れないようにしようと思った。

弁護人:
どうして拷問をしようと思った?
遠藤被告:
拷問することに興味があったから。

視聴者撮影
視聴者撮影

検察官:
どうして、Aさんの家族を殺して放火した?
遠藤被告:
Aさんの目の前で家族を殺して、ダメージを与えたかったし、その時の表情を見てみたかった。放火したのは、証拠隠滅のためでもあった

遠藤被告の口から出たのは「拷問に興味があった」という恐ろしい言葉。今、遠藤被告に反省や謝罪の気持ちは無いのだろうか…。

イラスト:大橋由美子
イラスト:大橋由美子

弁護人:
現在、AさんやAさん家族に対して思っていることは?
遠藤被告:
悪いことはしたなとは思うが、僕には何もすることができないです。

検察官:
反省の気持ちはある?
遠藤被告:
よくわからないです。

検察官:
Aさんは、今も苦しんでいるが?
遠藤被告:
正直、よくわからないです。

結局、遠藤被告の口から反省や謝罪の言葉が出ることはなく、被告人質問は終わった。

“世界一の両親”を失った娘が語った願い

遠藤被告から一方的に恨まれ、両親を殺害され、妹も殺害されそうになったAさん。裁判ではAさんの意見陳述も行われた。

Aさん:
まず言わせてください。お父さんとお母さんは、世界一のお父さん、お母さんだったこと。妹は世界一の妹であること。3人が被害にあう理由なんて、一つもないです。巻き込んでしまった家族にどう償えばいいか、どう責任を取ればいいか、ずっと考えています。でも答えは出ません。

家族が被害にあったのは自分のせいだと、今も責め続けているというAさん。

イラスト:大橋由美子
イラスト:大橋由美子

遠藤被告が「家族を殺してダメージを与えて拷問をしたかった」と述べたことについては「少しも納得できません。理解できません」と述べ、「もう一度、犯人に聞きたいです。何で家族なの?」と続けた。

どんな刑罰を望むかについては、「犯人が怖いから、妹を守るために言えません」と、今なお体調を崩して、夜も眠れないという妹を気遣い、「元の笑顔あふれる妹に戻ってほしいです。私の願いは、それだけです」と述べて、意見陳述が終わった。

求刑は“死刑”…男が最後に語った言葉は

検察側は犯行には計画性が認められ、一貫して目的に沿った行動をしていることなどから「完全責任能力があった」と主張した上で「謝罪や反省もなく改善更生の可能性もない」として死刑を求刑。

弁護側は「当時は心神耗弱状態だった。謝罪と贖罪の気持ちを一生背負わせるべき」として死刑にすべきではないと訴えた。そして、遠藤被告が最後に「控訴はしません。それだけです」と述べて、裁判は結審した。

特定少年に死刑が求刑されたのは、全国で初めてとみられる。裁判員らがどのような判断をするのか。注目の判決は、2024年1月18日に言い渡される。
【取材・執筆:フジテレビ社会部司法担当 高沢一輝】

高沢一輝
高沢一輝

フジテレビ報道局社会部記者。司法クラブ裁判担当。
2015年から「みんなのニュース」のADを担当。その後2017年に報道局社会部記者へ。検察、千葉支局、厚労省を担当し、2022年7月から現在の裁判担当に。