「真面目そうだな」。それが法廷でみた被告の第一印象だった。
男は、何か問われると「はい」とハキハキと返事をし、裁判長から席に座るよう促されると「ありがとうございます」などと丁寧に答えていた。そんな男がなぜあのような凶行に及んだのか、私はとても気になった。

大学入学共通テストの試験会場だった東京大学の前で2022年1月、受験生ら3人を包丁で刺した殺人未遂の罪などに問われている、当時高校2年の被告の男(19)は、初公判で起訴内容を認め、「被害者の心と体に傷を負わせてしまい大変申し訳ございません」と謝罪した。

3人を無差別に刺すという凶行に及んだ男は、どのような人生を歩んできたのだろうか。

“肩書で周りを認めさせてやる”

男は愛知県出身で4人きょうだいの長男だ。小さい頃から漫画を描くことが好きで、公園などで友達と遊ぶどこにでもいる「普通の子」だった。

中学2年生の時にテレビで海外の発展途上国で奮闘する医師の姿を見て憧れを抱き、「貧しい人を救う医師になること」が将来の夢となった。「スパルタ指導」と言われている塾にも入り、好きだった漫画を描くこともやめた。

中学3年生の時には、成績は学年で1桁台になった。この時は「自分は勉強ができるなと傲慢になっていた」という。

男は大学入学共通テストの試験会場だった東京大学の前で受験生ら3人を刺した(2022年1月15日)
男は大学入学共通テストの試験会場だった東京大学の前で受験生ら3人を刺した(2022年1月15日)
この記事の画像(6枚)

しかし、高校受験に失敗し挫折を味わった。第1志望の高校を不合格となり「失態」と感じた男の頭には、「東大理Ⅲ」が浮かんだという。

「周りで受けた人は全員受かっていたので悔しかった。自分だけ落ちた醜態、失態が許せなくて、汚名返上のために東大理Ⅲに行けば挽回できると思った。肩書で上にいって周り全員を認めさせればいいというおごった考えがあった」

「東大理Ⅲ志望」を宣言も、成績は急降下

第1志望には合格できなかったが県内有数の進学校に入学し、クラスの自己紹介で「東大理Ⅲ志望」を宣言。勉強から逃げないよう「背水の陣」を敷いたという。友人からの遊びの誘いも断り、ひたすら勉強、勉強、勉強。成績は1年生の冬までは右肩上がりで、テストの順位は同学年約400人の中で10番台の好成績を収めた。

しかし2年生になると成績は落ち始めた。夏休みには1日14時間勉強していたが、9月のテストは100番台となり「がく然した」という。その後の三者面談で、担任から志望校を変えた方がいいと提案され、東大や医学部にこだわりがなかった両親も進路の変更を勧めたが、男はかたくなに「東大理Ⅲ」を諦めなかった。

「(志望校の変更が)妥当だとは思っていたが、周りに理Ⅲと公言していたので、ここでやめると馬鹿にされるという心配があった」

2023年10月12日に行われた初公判で、男は起訴内容を認めた
2023年10月12日に行われた初公判で、男は起訴内容を認めた

また、高校2年の11月に「勉強から離れたかった」という思いもあり、女性に告白するもフラれてしまった。男はその場で小一時間泣いてしまったという。

「成績や勉強でしか周りの人から認めてもらえない」と考えていたのに成績は悪化し、さらに失恋が追い打ちをかけて男は壊れていった。

“社会に不要な人間になれば死ねる”

「成績不振」「失恋」から男は自暴自棄になり、自殺しようと考えるようになった。しかし「死ぬのが怖い」という思いが消えず、踏み切れなかった。そこで男は、現状を変えるために家出をすることにした。

名古屋から東京行きの夜行バスのチケットを買ったが、東京に到着する日は「1月15日」。その日付を見た男は、ふと「共通テストの日だ。ここで死ねたらいいんじゃないか」と思ったという。今回の事件のことを考え始めたきっかけだった。

「自分が死にきれなかったのは、『自分という存在が大事じゃない、自分が悪い』という諦めがついていないからだ。人を殺すとか放火をすることで社会に不要な人間になれば、死への踏ん切りがつくのではないかと考え始めた」

事件発生後の現場(2022年1月15日)
事件発生後の現場(2022年1月15日)

こうして東大理Ⅲに固執しつづけた男は、通り魔的に人を殺害して「社会に不要な人間」となり、東大の象徴である安田講堂前で割腹自殺しようと考えて犯行に及んだのだ。

どうして「死」または「東大理Ⅲ」という二択なのか、他の道はなかったのか、検察官の質問に男はこう答えた。

検察官:死ぬくらいなら理Ⅲを諦めようとは思わなかったのか?

男:なりませんでした。

検察官:どうして?

男:ここでやめたら、負け犬と周りから馬鹿にされると思った。今思えばどうでもいいんですけど、プライドがあって譲れなかった。

事件発生後の現場(2022年1月15日)
事件発生後の現場(2022年1月15日)

検察官:貧しい人を救う医師に憧れて海外に行きたかった?

男:はい。

検察官:人を殺すことは真逆なことだが、やめようとは思わなかったのか?

男:そういうことをしてもよいのか、という迷いはあった。でも、とにかく学校で上の偏差値に行かないといけないということに固執していて、それがどうでもよくなっていって、自分が死ぬためなら人に迷惑をかけていいのではないかと自分勝手になっていった。

逮捕後も勉強を続けた男にある変化が

男は捕まった後も、拘置所で勉強を続けていた。「被害者や事件のことを考えると怖かったので現実逃避をするため」と述べた上で、次のようにも語っていた。

「贖罪とか今後の人生を考えると、どうせ勉強しかない。ちゃんと勉強して、ちゃんと稼いで、お金の面でも社会的な面でも、贖罪となると生きる方向としてはそれしかないのではないか」

しかし、逮捕からおよそ1年半が経った2023年7月から徐々に勉強の量を減らし、9月には完全にやめ、被害者のことを考えて過ごしているという。

大きな影響を与えたのが、被害者のうちの1人(70代男性)が亡くなったことだった。事件で負った傷と亡くなったことに関係はないというが、男は「自分の一連の愚行で心と体に傷を負わせた結果として亡くなったと思っている。自責の念に襲われた」と語った。

こうした男の心境の変化を、手紙でやりとりをしていた男の父親も感じ取っていた。

「彼の中では相当ショックな出来事だったことがわかった。本当に本当に遅すぎるけれども、自分のしたことの重大さに気づくきっかけになったと思う。少しずつ本人なりにも変わろうとしている」

男は「自分には勉強しかない」と法廷で語った
男は「自分には勉強しかない」と法廷で語った

それでも「自分には勉強しかない。勉強をやめたが、やっぱり勉強をしていないと不安になる。他に優れたところがない」と法廷で語る男に、裁判長が強い口調で問いかける場面があった。

「そんなに他人よりも秀でたものが必要ですか?本当に勉強以外に秀でたものはないですか?裁判であなたの家族や友人が『きょうだいの面倒見が良くとても優しい』といった証言をしてくれたが、それも素晴らしいことじゃないですか。他人と比べるのではなく、まずは自分の中で優れていることを見つけてほしい」

男は「精進いたします」とだけ答えた。

刑罰か保護処分か...判決は17日

検察側は、「自殺の踏ん切りをつけるため無差別に人を殺害しようというのは、人命軽視の態度が甚だしく、極めて自己中心的で身勝手な犯行」として、懲役7年以上12年以下の不定期刑を求刑。一方、弁護側は「必要なのは刑罰ではなく、少年院で同世代とコミュニケーションをとって、自己肯定感など様々な価値観を学ぶことが必要」として保護処分を求めた。

そして男が最後に「学歴で自分の価値を決めずに、素直に生きたい」と訴えて裁判は結審した。

判決は17日に言い渡される。

(フジテレビ社会部 高沢一輝)

高沢一輝
高沢一輝

フジテレビ報道局社会部記者。司法クラブ裁判担当。
2015年から「みんなのニュース」のADを担当。その後2017年に報道局社会部記者へ。検察、千葉支局、厚労省を担当し、2022年7月から現在の裁判担当に。