ハマスとの戦闘が始まってまもなく、ガザ地区に拘束された子供たちの解放を願い、イスラエル・テルアビブの街中には大きなクマのぬいぐるみが置かれるようになった。そして11月24日に戦闘休止期間が始まり、その後人質の解放も始まったが、そこでは双方による「プロパガンダ」が展開されていた。

人質解放への願い「クマのぬいぐるみ」

ハマスとの戦闘が始まってまもなく、テルアビブの街中には大きなクマのぬいぐるみが目立つようになった。ベンチなどに大きなクマが置かれているのだ。首からは子供の写真がかけられていた。

テルアビブ市内のベンチに置かれたクマのぬいぐるみ(2023年11月)
テルアビブ市内のベンチに置かれたクマのぬいぐるみ(2023年11月)
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これはハマスに拘束されたのち、ガザ地区に連れ去られて人質となっている子供たちの解放を願い置かれたものだ。

何年間もハマスのロケット弾の恐怖にさらされ生活していた上に、10月7日の襲撃の衝撃は強く、「ハマスをせん滅するしかない」という国民の世論におされ、イスラエル軍はガザ地区への地上侵攻を始めたばかりだった。「人質は戻ってこないのでは」と思っている人も多かったのも事実で、政府が強気に進めていた戦闘への支持が広がっていた。

クマのぬいぐるみには人質となった子供の写真がかけられている(2023年11月)
クマのぬいぐるみには人質となった子供の写真がかけられている(2023年11月)

こうしたなか、人質となった家族を支援する団体が「ガザ地区内には人質がいる」という当たり前の事実を市民に示すかのように、クマのぬいぐるみを日常の場所に置いたのだ。

テルアビブにずっといた私としては、生活の一部にいた大きなクマのぬいぐるみの存在は大きく、子供たちがガザ地区内のトンネルなどで過ごしていると思うと心が苦しくなった。それは市民も同じような気持ちで見つめていたに違いなく、戦闘が激しくなるにつれて「人質の解放を目指すべき」との声は徐々に大きくなっていった。

戦闘休止に向けて、むしろ緊張は高まり…

戦闘休止の合意の一報は突然だった。イスラエルとハマスが、カタールなどの仲介で戦闘を休止することに合意したという内容だった。カタールは当初から合意に近づいていると声明を出していたが、ずっと実現していなかったため、報道による一報は突然のことだった。

しかし、11月23日には人質が解放される見通しだと報じられていたが、一向に休戦の開始期日が示されることはなく、今度はアメリカ政府が人質の解放は早くても24日以降になると発表。合意された休戦が実行されないのではないか、合わせて行われる予定の人質解放が実現するのか市民は疑心暗鬼になった。

テルアビブ市内の噴水広場で人質解放を願う(2023年10月)
テルアビブ市内の噴水広場で人質解放を願う(2023年10月)

そして、23日に予定されていた人質の解放をよびかける集会が急きょ中止された。これまでも連日、開かれていた集会が中止になったのは私が記憶している中ではこの1回のみである。50日間、祈っていた人質の解放が実現するのか、街は異様な雰囲気に包まれていた。

戦闘休止の時間を過ぎても鳴り止まない攻撃音

カタール政府は会見を開き、11月24日午前7時(イスラエル時間)にイスラエルとハマスの戦闘が休止されると発表。さらに午後4時から人質の解放が始まるとも明言した。私たちは実際に戦闘の状況を確認するため、24日の早朝から現地に向かった。

スデロットから見えるガザ地区北部の黒い煙(2023年11月)
スデロットから見えるガザ地区北部の黒い煙(2023年11月)

ガザ地区から1.5キロほどのスデロットという街の丘からはガザ地区北部が見え、攻撃の音が聞こえる。午前6時過ぎに着いたが、過去に同じ場所に来た時よりも攻撃の音は頻繁に聞こえる。空爆の凄まじさは音だけではなく、空気を揺らして体が衝撃を感じるほどだった。休戦の前にできるだけハマスに激しい攻撃を加えておこうというイスラエル軍の意図が見える。

リポートの最中、大きな攻撃音が響き渡った(2023年11月)
リポートの最中、大きな攻撃音が響き渡った(2023年11月)

そして戦闘を休止する約束の午前7時。音が少なくなり、「休戦が始まったとみられる」とリポートしている最中だった。大きな攻撃の音が響き渡り、私は慌てて「休戦していません」と言い直した。周りにいる海外メディアもどうなっているのかと騒然とし始め、その後も断続的に攻撃の音は響き渡った。

不安を覚えながら15分ほどたつと、突然攻撃の音がおさまった。小さな音はあるものの、大規模な攻撃はなくなったことは分かった。人質の家族にとって念願だった戦闘休止が始まった瞬間だった。

人質解放…公開された“演出がかった映像”

11月24日、人質の解放が始まった。イスラエル政府は、家族のみにその日誰が解放されるかを伝え、再会するために病院などに待機させた。一方で、マスコミには解放された人質がイスラエル領に戻るまで、名前などを報道しないよう要請。これまで戦闘の状況、ガザ地区の人道状況の悪化だけが報道されていたなか、人質の解放が順調に進むのかに焦点がうつっていった。

人質だった娘が解放され父親と再会(イスラエル軍が11月26日に公開)
人質だった娘が解放され父親と再会(イスラエル軍が11月26日に公開)

休戦中の7日間は人質が解放され、イスラエル、ハマスの双方が動画を公開して、お互いの成果をアピールする状況が続いた。イスラエル軍は戦闘でハマスに圧力をかけたことが人質の解放につながり、家族と感動の対面を果たすことができたという構図だ。

一方、ハマスは人質を人道的に扱っていることをアピールし、解放する際には手を振って、別れを惜しむような演出だった。中にはハマスの戦闘員に感謝の言葉を述べている女性もいたほどだ。

人質が解放される様子(ハマスのSNSより)
人質が解放される様子(ハマスのSNSより)

なぜ50日間も拘束されていた人質が冷静なのか疑問に思っていたが、これに関してはイスラエル政府の主張だが、人質が解放される前に鎮静剤を投与されていたことが血液検査から後日、わかったとしている。イスラエルは「人質が解放される際に幸せそうにみえるようにハマスが行った」と分析した。

戦闘中のプロパガンダはよくある手法で、双方が公開する、演出がかった解放映像に違和感を覚えながら、報道する際には冷静さが改めて必要だと感じた。
(FNNイスタンブール支局長 加藤崇)

加藤崇
加藤崇