実名報道はなぜ批判されるのか。第1回では犯罪被害者に寄り添う「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」の髙橋正人弁護士に話を伺いました。髙橋弁護士が実名報道を問題視する理由に、名前が分かることで本人や家族・関係者への過熱取材、メディアスクラムが起きることをあげられました。

(第一回「被害者が泣く民主主義なら、そんな民主主義はいらないと遺族は思っている」

そこで実際にメディアスクラムの被害にあった埼玉県の猪野憲一さん、京子さん夫婦に話を聞きました。ご意見は2回に分けて掲載します。猪野さんは桶川ストーカー事件の被害者遺族です。

(「家を出ようとすると記者に取り囲まれる」桶川ストーカー事件の被害者遺族に聞く(1)
 

人には名前とともに歩んだ人生がある

ーーもし、警察が事件の被害者が「猪野詩織」さんと実名で発表しなかったら、「被害者・埼玉県上尾市のAさん」だったら、マスコミも誰が亡くなったかわかりません。そうしたら、お話いただいたような報道被害を受けることもなかったのではないでしょうか?

憲一さん:

それは確かなんですよ。もしも警察が被害者の名前を発表していなかったら、自宅に大挙してマスコミもこなかったし、それは二次被害として当然、極めて、軽くすんだのかな、という思いはあります。

ただし、私自身は、詩織の人格や、詩織が生きてきた人生、まっ、たかだか21歳でしたけど、でも、詩織の人生は“A市のB子さん”では片付けられないです。そんなことはないですよ。「猪野詩織」として生まれた人生があって、人格もあるのに、それを匿名にする必要は全然ないです。

匿名にするのは、私自身は非常に違和感を抱くんです。そうではないだろう、と。その人を知っている人たちは、「ああ、あの子はこういういいところがあったよね」、「あの子とは小さい頃、遊んだんだよ」とか思うだろうし、その人には名前とともに歩んだ人生があるんです。A子さんとかB子さんとかいうのは私としては失礼にあたるんではないかと思います。

猪野詩織さん
猪野詩織さん
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京子さん:
偶然、事件現場…あそこ、通りたくないんですけど、このあいだ(2020年1月頃)通ったときに、お父さんと息子さんが手を合わせていたのを見て、ああ、こういう人たちがいるんだなって思いました。若いお父さんが小学生くらいの男の子に説明していて「手を合わせようね」って。

まさか手を合わせている人がいるなんて思わなかったので、思わず涙が出そうになりました。知らない顔して横を通りましたけど。それも「猪野詩織」の本当の姿を報道されたからだと思います。

1999年10月26日 事件は埼玉県のJR桶川駅前の路上で発生
1999年10月26日 事件は埼玉県のJR桶川駅前の路上で発生

憲一さん:
京都アニメーションの犠牲者は日本だけじゃなく、世界にも発信できているような人たち。ウチの娘、ウチの息子はこんな立派な仕事をしていたのに、それなのにこんな変なやつに殺されてしまった、許せない、そういう捉え方のほうが、彼や彼女が生きてきたことを、しっかりと賛美してあげることにもなると思うんです。

それに仕事の苦労って親に言わない場合が多いんじゃないですか。親の前では「楽しいよ、楽しいよ」。でも本当は苦しさがある。それを悩みながら克服しているかもしれない。

犠牲者のそういう事実、本当の姿を探ってほしいし、そういうことができるのは誰ですか、と考えたとき出てくるのはマスコミだろうと思っています。すごく立派な誇らしい仕事をやっていた京アニの人たちがほとんど匿名だというのは寂しい気がしますね。

2019年7月18日 京都アニメーション第一スタジオが放火され36人が亡くなる
2019年7月18日 京都アニメーション第一スタジオが放火され36人が亡くなる

事実を権力者の都合で隠そうと思えば隠せる

ーーでも、最近は実名報道への風当たりが強くなっています。猪野さんは実名報道についてはどうお考えですか?

憲一さん:
実名にしないと事実すら無くなってしまうという怖さですよ。
そんな世の中ではいけないのではないですか。事実が覆い隠されて無かったことにだってできてしまう。例えば、警察の手違いで殺されても「A市のB子さんが亡くなりました」だけだったらどうなります?被害者の関係者も取材できなかったら、警察の捜査ミスって分からないですよ。

人が死んだか死なないかを決めるのは、国、権力者ではないでしょ。事実を権力者たちの都合で隠そうと思えば隠せてしまう。怖いなと思います。そのような社会は本当に怖いです。

2000年3月7日参議院予算委員会 埼玉県警の対応を追及され答弁する警察庁長官(当時)
2000年3月7日参議院予算委員会 埼玉県警の対応を追及され答弁する警察庁長官(当時)

京子さん:
危機感はありますよね。なんで実名が出てこないんだろうって。

憲一さん:
問われているのは実名か匿名かではなくて、被害者への配慮をマスコミ側がするか、しないか。マスコミの取材の仕方が問われているんです。

警察が、被害者や家族に「メディアスクラムになって何されるかわからないよ。みんな押しかけてきて」なんて言って匿名の発表を誘導していくようなことをしたらダメですよ。実名か匿名の判断は警察がしちゃいけない。
配慮は、マスコミの良識ある配慮は必要です。それは大前提なんです。でも、実名か匿名かを決めるのはマスコミ側です。そのためにもマスコミが、当然のことながら良識を持って取材をしていかないといけないと思います。
 

(執筆:フジテレビ報道局 吉澤健一)

※今後公開予定の「実名報道を考える 第四回 名古屋西区主婦殺害事件の被害者遺族に聞く」に続きます。

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。