リニア中央新幹線の静岡工区をめぐり、静岡県が示す懸念の1つが大井川の水資源への影響だ。こうした中、水問題に関してJR東海の示した解決策について大きな前進がみられそうな状況になってきた。だが…。

「県外流出しても流量は維持される」が…

当初は2027年に品川-名古屋間の開業を目指していたJR東海のリニア中央新幹線だが、2023年も終わりに差し掛かった現時点でも静岡工区は着工にすら至っていない。

リニア中央新幹線の実験線
リニア中央新幹線の実験線
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静岡県が大井川の水資源への影響と南アルプスに生息する動植物への影響を懸念しているからだ。

このうち、大井川の水資源への影響の中で県が最も気にしているのが、トンネル本体に先駆けて掘削する“先進坑”と呼ばれる作業用トンネルが貫通するまでの約10カ月間、湧水が山梨県側に流出してしまう問題で、静岡工区をめぐる議論でたびたび出てくる“県外流出”という言葉はこのことを指す。

かつては”越すに越されぬ”と言われた大井川
かつては”越すに越されぬ”と言われた大井川

この“県外流出”をめぐっては、実は国土交通省の設置した有識者会議が2021年12月に「先進坑貫通までの約10カ月間に県外流出が発生した場合でも中下流域の河川流量は維持される」との報告書をまとめている。

とはいえ、予測には不確実性が伴うことや大井川流域市町の心情などに配慮してJR東海は流出量に相当する水量を大井川に“戻す”としている。その案こそ、2022年4月に示された“田代ダム案”と呼ばれるもので、大井川上流にある田代ダム(静岡市葵区)の取水を抑え、県外に流出する湧水量と相殺するという案だ。

大きな前進か?切り札の“田代ダム案”

具体的には、県外への流出量を1週間単位で測定した上で、ダムを管理する東京電力リニューアブルパワー(以下、東電RP)に報告し、東電RPは測定の翌週にダムの取水抑制を開始する。また、流出量に対して取水抑制量が足りない場合は翌々週以降に抑制量を増やして調整する方針で、JR東海は2023年10月に「東京電力RPとの協議がまとまり、流域市町からも賛同を得られた」として、大井川利水関係協議会の事務局を務める県に対して正式な了解を求めている。

”水問題”のカギを握る田代ダム(静岡市葵区)
”水問題”のカギを握る田代ダム(静岡市葵区)

島田市の染谷絹代 市長は「協議会としては(田代ダム案の)実施案については了解するということで考えている。水資源の問題は解決の方策が見えてきた」と述べ、川勝平太 知事も11月28日の定例記者会見で「県の専門部会でも『検討に値するスキーム』との意見をもらっている。『スキームとして妥当』との意見があるので尊重したい」と容認する考えを示した。

川勝知事の定例記者会見(11月28日)
川勝知事の定例記者会見(11月28日)

ただ、「専門部会で『今後検討する』という未決定の事項が含まれているということも明らかになっているので、実現性を技術面から確認するために引き続き専門部会でJR東海との対話を進めていく」と注文も忘れなかった。

県の専門部会の委員がゴーサイン出すも

一方、この日の会見では記者からの質問に答える形で久しぶりにボーリング調査についても言及した川勝知事。

いわゆる“高速長尺先進ボーリング”は、山梨県と静岡県にまたがる南アルプス付近の地質や地下水について把握するため、JR東海が2023年2月から山梨県内で行っている調査で、今後、静岡県側へと削孔を進めていくことになっている。

前出の染谷市長がかつて口にした「調査をすれば、どのくらい水が出るのか、どのくらいの圧力で水が噴き出すのかなど具体的な数値がデータでわかる」という言葉に代表されるように大井川流域市町の首長の間では調査に対して肯定的な意見が大勢を占め、県の専門部会でも大石哲 委員が「高速長尺先進ボーリングは大量湧水に至ることはなくコントロールできる」、丸井敦尚 委員が「誤解をおそれずに言えば、静岡県も含めてサンプルを採って分析するのが科学的」などと話したが、静岡県は「実質的な水抜きである」として県境付近ならびに県内での調査に反発している。

高速長尺先進ボーリングの行方は

このため、川勝知事は11月28日、改めて「静岡県側の県境付近には大量の湧水を含む破砕帯がある。静岡県内の高速長尺先進ボーリングによって大井川の中下流域の水資源への影響だけでなく、上流域への生態系への影響も懸念される。県境を越えた静岡県内の高速長尺先進ボーリングの実施は、それらへの影響を回避・低減するための具体的な保全措置が示された後でなければ認められない」と強調した。

だが本来、“調査”とは様々な影響が出ないよう、または影響が出る場合でも最小化させるよう現況を把握するために行われるものだ。

しかし、川勝知事はその調査すら「まだするな」と言っている。それも、上述の通り県の専門部会の委員などが容認姿勢を示しているにも関わらず、だ。

川勝知事は会見の中で「現状がどうなっているのか正確に知りたい。高速長尺先進ボーリングの現状はどうなっているのか?現時点でどうなっているのか、どなたも知らない」とも述べた。

ところが、JR東海のホームページを見れば県境から約800メートル離れた地点で始まったボーリングは9月30日時点で県境から459メートルまで達していることは記されているし、10月以降は機材のメンテナンスのため休工となっていることも記載されている。

JR東海による現状説明(同社HPより)
JR東海による現状説明(同社HPより)

静岡工区をめぐる問題に安易に妥協する必要はまったくないものの、国やJR東海に対して科学的・工学的な議論を求めるのであれば、静岡県も感情論ではなく、現状を正確に把握する努力をした上で科学的・工学的な議論をしなければ、ただただ自分たちの立場を悪くしてしまうだけではないだろうか。

(テレビ静岡)

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