侍ジャパンの世界一奪還に沸き、かつて無い野球熱の中で開幕したプロ野球。日本シリーズでは、阪神タイガースが38年ぶりの日本一を果たし、大阪が熱狂に包まれた。
そんな2023年シーズンを、12球団担当記者が独自の目線で球団別に振り返る。
今回は、2013年以来、10年ぶりの日本一を東北にもたらすべく奮起するも、CS進出に必要なあと一つの白星を最終戦で逃し、2年連続の4位で幕を閉じた東北楽天ゴールデンイーグルス。
予想外の幕開け
“東北に再び歓喜を―”
石井一久前監督(50)は3年契約の最終年だった今年、ゼネラルマネージャーの兼務を解き、監督業に専念。しかし、シーズン最終戦後のセレモニーで口にした言葉は、「苦しい時を過ごしました」だった。

今季は開幕10試合で3勝7敗とスタートダッシュができず、大きくつまずいた。
例年春先に強く、夏場に失速する傾向のある楽天。しかし、今年は4月下旬まで一度も連勝がなく、球団史上最も遅い23試合目で初連勝。
借金は最大13まで膨らみ、一時は最下位に沈むなど言葉通り「苦しい時を過ごした」のだ。
“予想外の幕開け”となった要因の一つとして、主軸の不振が大きく響いた。昨季、パ・リーグ最多安打の島内宏明(33)は、春季キャンプで左肩を痛めた影響もあり、開幕から打率1割台と低迷。7月には5年ぶりの2軍落ちを経験した。
さらに主砲・浅村栄斗(33)もシーズン序盤に右太腿裏肉離れ。周囲には決して弱音を吐かず、試合に出続けていたが、満身創痍で臨んでいたのだ。
主将・浅村栄斗が抱えた葛藤
「アサがいない楽天は考えられない」
4年契約を終えた去年、石井前監督にかけられた言葉だ。浅村は独占取材で「本当に嬉しかった」と、胸の内を明かしてくれた。

西武在籍時の2018年、日本人選手では球団史上初の「3割・30本塁打・100打点」を達成。チームがリーグ優勝を果たしたその年のオフ、国内FA権を行使しリーグ最下位の楽天に移籍した。
“優勝のチームから、最下位のチームへ”
大きな決断を下した浅村は当時を振り返り、「このチームを強くして、このチームで優勝したいと思った」と明かしてくれた。
それでも、優勝に辿り着くことなく4年が過ぎた去年オフ。「このまま、またFAをするのも絶対に違う。もう一度、自分の中でチャレンジしたい」と残留を決意。
新たに4年契約を結び、今季から主将を担うことになったのだ。

浅村は常々言う。「ホームランよりも打点。個人の成績より、チームの勝利に直結する打点を挙げることが自分の役割」と。
普段、感情を表に出すタイプではないが、チームへの思いは人一倍熱く、誰よりも強い。
だからこそ、時には重責を背負いすぎてしまう。
「自分の状態が悪くなるにつれて、チームが負けるとかすごく考えてしまって。ずっとモヤモヤした気持ちがあった」
今季、4月終了時の浅村の打率は1割9分8厘。打点は8にとどまった。主将の成績と比例するように、チームも低迷。5月には5年ぶりに借金が10まで膨らんだ。
そんな、危機的状況だったチームと浅村の刺激となったのが、“新戦力”だった。
チームを救った新戦力
今季の楽天を象徴するのが、“新戦力の台頭”だった。

勝負強い打撃が持ち味の5年目小郷裕哉(27)が、6月から3番に抜擢されると、交流戦では打率3割台と結果を残し、最下位に低迷するチームの希望となった。
【小郷裕哉 2023成績:打率.262・本塁打10・打点49】
さらに夏場には高卒8年目、26歳の村林一輝がショートの定位置を掴んだ。

守備力の高さには定評があり、エース則本昂大(32)が「今年一番衝撃を受けた、いい選手」と絶賛するほど。しかし、長年、打撃が課題とされ、昨季の打席数はわずか17だった。
それでも「勝負の年」と臨んだ今季、打撃が開花した村林は自己最多の98試合に出場。打率2割5分6厘、32打点と大きな成長を遂げた。
【村林一輝 2023成績:打率.256・本塁打2・打点32】
この若手の奮起が、相乗効果をもたらした。

「今までになかった若手がチームを引っ張る姿を見て、自分も負けないようにと毎日思っていた」と刺激を受けた浅村は、7月に月間打率3割9分5厘、9本塁打、24打点を記録。
本来の姿を取り戻し、チームも8連勝するなど上位を猛追した。
「不安材料」だった投手陣
石井前監督は開幕前、「投手は不安材料がある」と話していた。
その言葉通り、チーム防御率は2年連続パ・リーグ最下位。失点数も前年を上まわり、リーグ最多の556失点とまさに不安が的中した。
先発陣ではチーム最年長38歳の岸孝之が最多の9勝を挙げるも、2桁勝利に到達した選手は一人もいなかった。
開幕投手を務めた大黒柱の田中将大(35)は、7勝11敗、防御率4.91。日本球界では初めて規定投球回に到達せず、「悔しいシーズンだった」と振り返った。それでも、最後までローテーションを守り抜いたのは田中と則本の二人だけ。

常に試行錯誤を重ね、もがきながらも懸命に取り組んだ大黒柱は、「今シーズン学んだことを、しっかり来シーズンにつなげられるよう見直していきたい」と力強く語った。
一方リリーフ陣では、セーブ王の守護神・松井裕樹(28)までのつなぎで苦しんだ。
昨季ブルペンを支えた西口直人(27)や宮森智志(25)が計算できず、開幕直後から中継ぎが不安材料に。しかし、ここでも若手の躍進が光った。

リーグ最多の61試合に登板した5年目の鈴木翔天(27)や、得意のパームボールを武器に中継ぎながら8勝をマークしたルーキー渡辺翔太(23)。自己最多の53試合に登板し、勝ちパターンの一角を担った高卒3年目の内星龍(21)など、投手でも新戦力の台頭がチームを救ったのだ。
【鈴木翔天、2023成績:1勝1敗 22ホールド 1セーブ 防御率3.30】
【渡辺翔太、2023成績:8勝3敗 25ホールド 1セーブ 防御率2.40】
【内 星龍、2023成績:4勝2敗 7ホールド 防御率2.28】
盗塁王・小深田大翔の覚醒
今季の楽天を振り返る上で、欠かせないのが“走塁”だ。
おととしまで4年連続でリーグ最小だったチーム盗塁数が、今年は12球団唯一の100越えとなる102盗塁。幾度も足でチャンス広げ、得点に結びつけた。

その立役者となったのが、36盗塁をマークし自身初の盗塁王を獲得した4年目・小深田大翔(28)だった。
2019年ドラフト1位で入団した小深田は、50メートル5秒9の俊足を武器に次世代のスピードスターとして大きな期待が寄せられていた。
しかし1年目に17盗塁を決めるも、失敗が9つ。成功率は65.4%と、決して高いとは言えない数字だった。

そんな小深田の転機となったのが、今季から走塁部門の指導を担った渡辺直人コーチ(43)の存在だった。
「直人さんに帰塁の方法を聞いて、そこから良くなった」
渡辺コーチも現役時代、俊足を武器にしプロ2年目のシーズンに34盗塁。高い成功率を誇り、勝利に貢献してきた。

そんな渡辺コーチが掲げた「1センチでもホームベースに近く」という走塁改革。まず取り組んだのが “帰塁の技術向上”だった。
そのために“リード”が重要になってくるが、反面、牽制アウトを恐れる状況になると、良いスタートは切れない。まずは安心して塁に戻れるという自信をつけさせるため、帰塁の技術向上に時間を割いたのだ。

渡辺コーチ直伝の帰塁を習得し、「スタートに自信がついた」という小深田の成功率は、今季飛躍的に向上し、85.7%。成功を重ねるにつれ、心も大きく成長していった。
普段は口数の少ない小深田が、自ら「35盗塁以上を決めて、盗塁王をとりたい!」と明確な目標を口にするようになった。
そんな小深田を表現するとしたら、まさに努力の男。内外野を守る小深田は、試合前の練習で人一倍努力をしている。
レギュラーメンバーは試合に備え、早めに練習を切り上げることが少なくないが、小深田は首脳陣も感心するほど、努力を怠らない。だからこそ、初めて掴んだタイトルを、チームの誰もが祝福した。
小深田の覚醒はチームに大きな影響をもたらし、来季へつながる明るい兆しとなったことは間違いない。
【小深田大翔 2023成績:打率.258・本塁打5・打点37・盗塁36】
掴みきれなかったCSへの切符
主力の復調、新戦力の台頭、レギュラーの覚醒。チームは序盤の低迷から見事に盛り返し、9月30日には最大13あった借金を完済。4月以来となる勝率5割に復帰すると、10月1日には2位にまで浮上した。
しかし終盤戦も、ここぞという一戦での勝負弱さが際立った。

最終盤まで激しい戦いが続いたCS争い。
ソフトバンクとの直接対決に連敗すると、残り一枠をかけた最後のロッテ戦でもワンサイドゲームで敗れ、CSへの切符を掴むことが出来なかった。
主将・浅村は「自分がやってやるという強い気持ちでプレーする選手が少ない。誰かに頼りがちで、強い人間があまりいない」とチームの課題を口にし、悔しさを噛みしめた。
今江新体制で“頂点”へ
2年連続4位に終わった責任を取り、GM時代から長くチームを率いた石井監督が退任。新たな指揮官に就任したのは、12球団最年少となる40歳の今江敏晃新監督だ。

これまで打撃コーチを務めていた今江新監督は、今年5月下旬、2軍から1軍に配置転換されると、選手に寄り添った指導で、5月までチーム打率・得点数ともにリーグ最下位だった打撃部門の立て直しを図った。
また、前述した小郷や村林らにも的確なアドバイスを送り、飛躍のきっかけをもたらしたのだ。
その功績が評価され、指揮官となった今江新監督。

走塁改革で手腕を発揮した渡辺コーチをヘッドに携え、目指すは「頂点」だ。
そのためには「若手が出てきてくれないとダメ」と、チームの底上げに期待している。特に来季、高卒5年目を迎える黒川史陽(22)と武藤敦貴(22)の名前を挙げ、「我慢しても使いたいと思わせるような選手になってもらいたい」と奮起を促した。
来季球団創設20年の節目を迎える楽天。
東北6県、全てで一軍公式戦を開催することも決まった。
今江新監督のもと、再び東北に歓喜をー。
チーム、そして東北一丸となって2013年以来のリーグ優勝、日本一を目指す。
守護神・松井裕樹の挑戦
最後に、今オフ、メジャー挑戦に向け海外FA権の行使を宣言した松井裕樹について、2014年の入団から第一線で活躍し続け、チームを支えてきた功労者に感謝を伝えたい。

プロ2年目、当時のチーム事情で開幕直前に急遽クローザーに転向。若干20歳にしてチームの守護神を任されたのだ。その後は3度、セーブ王のタイトルを獲得するなど輝かしい成績を残し続けた松井。
しかし、クローザー転向当時は大久保博元監督に「嫌です」と直訴するほど先発への思いは強かった。
それでも、チームのために守護神として腕を振り続け迎えたプロ10年目の今季。
海外FA権を取得し、「いつかそのステージに立ちたかった」と憧れていたメジャーへの挑戦を決意。今江新監督は「彼が得た権利だし、彼の人生。監督としては(楽天に)いてくれた方がいいですけど、素直に応援したい」と背中を押した。
思い返してみると、今季の最終戦セレモニーで松井は誰よりも多くサインボールをスタンドに投げ入れ、最後までファンとの時間を噛みしめていた。
秋季練習中にも球場で居合わせたファンに自ら駆け寄り、時間の許す限り写真撮影に応じていたのがとても印象的だった。
その姿には、自らを成長させてくれた球団とファンへの感謝が溢れているようだった。
「もう10年いるので、地元です。地元みたいなもんですよ、東北は」
そう笑って話してくれた松井。
守護神が下した決断、挑戦を、東北の、全国の楽天ファンが。そして彼に携わった全てのひとが応援しているー。
(文・菅野愛郁)