日本を代表する大手ビール会社に勤めていた男性3人がそろって早期退職し、それぞれ単身で離島へ移住。世界で一つだけの酒造りに3人の男たちが挑戦している。

大ヒット商品「氷結」を世に送り出した3人

152の島々からなる長崎・五島列島福江島の北部、半泊(はんとまり)地区は現在、5世帯6人が暮らす限界集落だ。

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江戸時代後期に迫害を受け、島に逃れ信仰を守ってきた潜伏キリシタンの名残がある。

そんな半泊地区に2022年12月、教会のすぐ隣に、クラフトジンを製造する「五島つばき蒸溜所」が開業した。

蒸溜所内の天井は教会をイメージしたアーチ型で、五島の風景を表現したステンドグラスが用いられている。

開業したのは、鬼頭英明さん(59)、門田邦彦さん(52)、小元俊祐さん(58)の3人だ。3人が勤めていた会社は「キリンビール」。大ヒット商品「氷結」などを世に送り出したメンバーだ。

2022年10月10日に行われた上棟式
2022年10月10日に行われた上棟式

3人は日本全国を巡る中で、2022年4月に五島を訪れた。そこで五島の風景、歴史、文化、人にほれ込み、半泊に蒸溜所を構えることを決意した。

目指したのは五島の風景が香るジン

五島のジンだから「ゴトジン」
五島のジンだから「ゴトジン」

3人が作っているのは「ゴトジン」。五島のジンだからその名がついた。目指したのは五島の風景が香るジンだ。

「五島つばき蒸溜所」代表取締役の門田邦彦さん
「五島つばき蒸溜所」代表取締役の門田邦彦さん

「五島つばき蒸溜所」代表取締役・門田邦彦さん:
おかげさまで本当にいろんな方からたくさん注文いただいているので、対応するのに追われている、追われているっておかしいですね、一生懸命やっています。でも楽しいです

門田さんがまず声をかけたのは、マーケティング担当の小元さんだった。

ーーキリン時代と違いますか?

梱包作業をする「五島つばき蒸溜所」マーケティングディレクターの小元俊祐さん
梱包作業をする「五島つばき蒸溜所」マーケティングディレクターの小元俊祐さん

「五島つばき蒸溜所」マーケティングディレクター・小元俊祐さん:
いまはダイレクトにお客さまがオンラインで注文いただいて、1個1個準備して送るっていう、全然違いますよね。リアリティーがありますけどね、この人はまた買ってくれたとか、知っている人の名前がオンラインショップの中に入っていたりするとうれしい

オリジナルの酒をつくるうえで最も重要なのは、味を開発する「ブレンダー」の存在だ。キリンビールで数々のヒット商品を生み出してきた鬼頭さんは“天才ブレンダー”と呼ばれていたほどだという。

「五島つばき蒸溜所」ディスティラー/ブレンダーの鬼頭英明さん
「五島つばき蒸溜所」ディスティラー/ブレンダーの鬼頭英明さん

「五島つばき蒸溜所」ディスティラー/ブレンダー・鬼頭英明さん:
コンセプトは五島の自然、潜伏キリシタンの人たちが長い間慈しみながら厳しい土地で暮らしてきた強さや優しさ、包容力。慈しみって私は言っていますけど、そういうものが感じられるような深みと柔らかさがしっかりある、そういう味わい。抽象的なものを味香りにするのが私の仕事なんです

五島に多く自生する“椿の実”をキーボタニカルに

五島には椿が多く自生している
五島には椿が多く自生している

ジンは、大麦やライ麦など穀物を原料とした蒸留酒に、ボタニカルと呼ばれる植物成分で香りづけしたもの。「ゴトジン」は五島に多く自生している椿(ツバキ)の実をキーボタニカルに使用している。

17種類のボタニカル
17種類のボタニカル

その他、ラズベリーやアーモンド、五島産の柚子やお茶など、17種類のボタニカルを使って作られている。

彼らが半泊を選んだ理由の一つが裏山でとれる「湧き水」だった。

マーケティングディレクターの小元さんは「酒づくりをする上で、水はとても大事な要素。ここの水を飲んだ時にすごく軟らかくておいしいなと思って持ち帰って分析すると、やはり軟水だった。本当に自分たちが作りたいジンにとってピッタリの水だった」と話す。

早期退職し五島に 家族はどう思っているのか

単身で五島に移住した3人。島でどんな生活を送っているのか、それぞれの自宅を訪ねてみると、門田さんは仏壇に手を合わせていた。

左:一人息子の空良(そら)さん
左:一人息子の空良(そら)さん

門田さんは8年前の2015年、病気で奥さんを亡くした。一人息子は大阪の大学院で建築学を学び、年に5~6回は五島に遊びに来るという。そして門田さんが気分転換に出かける場所がある。

趣味の釣りを楽しむ門田さん
趣味の釣りを楽しむ門田さん

「五島つばき蒸溜所」代表取締役・門田邦彦さん:
週に1、2回は必ず釣りに行っていますかね。気分転換に。東京の時はやっぱり1時間ぐらい運転しないといけない感じで「釣りに行くぞ」という感じだったが、こっちは車で10分とか、歩いてでも行けるところに釣りができるところがあるので

ブレンダーの鬼頭さんは、朝から掃除機をかけていた。趣味を聞くと「もう趣味が仕事みたいになっちゃいましたから何なんでしょうね。うーん…」と悩んでしまった。

鬼頭さんは、ジンづくりの様子をSNSで発信したり、全国に120銘柄以上あるというジンの蒸留所に足を運んだりしてジンづくりのお手伝いもしている。

静岡県に自宅がある鬼頭さん。長年勤めた会社を早期退職した夫を、家族はどう思っているのか。

ーー収入が下がってしまうことについて家計の不安はなかったか?

鬼頭さんの妻・玲子さん
鬼頭さんの妻・玲子さん

鬼頭さんの妻・玲子さん:
それが全くありませんでした。収入がなくなったりすごく少なくなってしまったら、それなりの生活をすればいいと思いました。好きなことを頑張っているのは、遠く離れていても見ていてうれしい。だけど若くないので体が心配です

マーケティング担当の小元さんのご家族にも思いを聞いた。

小元さんの妻・亜喜子さん:
30年間、会社員を続けてきて、家族の大黒柱として頑張ってもらったので、やりたいことがあって健康でそれができる環境があるなら「どうぞ」って本当に率直に思った。別々に離れて寂しいなと思うことはもちろんあるが、楽しそうにやっているので良かった

3人はそれぞれ、家族の理解と応援を受けて、酒づくりに励んでいる。

雑味を取り除き“欲しいところだけ”

彼らがつくる「ゴトジン」はどんな味わいなのか。

「BAR CHIC」岡一登志さん
「BAR CHIC」岡一登志さん

「BAR CHIC」岡一登志さん(五島市):
ゴトジンは香りも良いし、47度のアルコール度数を感じさせないまろやかさがある。まずはロック、できればストレート。それで強かったらソーダ割り。ソーダ割りにしたときに、いつまでも水っぽくならないで味が残っている

ここで使われている蒸留器は、世界最高峰のドイツのメーカーによるハンドメイド。退職金とクラウドファンディングで手に入れた逸品だ。

退職金とクラウドファンディングで手に入れたドイツ製蒸留器
退職金とクラウドファンディングで手に入れたドイツ製蒸留器

驚くべきはその製法。17種類のボタニカルを1つずつ蒸留して20の原酒を作る。

ジンは、基本的には1回でいろんなジンボタニカルをスピリッツの中に入れて蒸留するというのが一般的だが、彼らは全部別々にして蒸留する。その理由は―。

「五島つばき蒸溜所」ディスティラー/ブレンダー・鬼頭英明さん:
一言でいえば、雑味を取り除いて、欲しいところだけ取り出す。そうするためには、それぞれ個別の条件で蒸留する必要があると、そういう風に考えた

それらを芸術的な感性でブレンド。一般のクラフトジンではありえないほどの手間暇をかけて生まれたジンだ。

「世界に誇れるクラフトジンでありたい」

さらに、ボトルにもこだわりがある。椿の花びらで香りを包み込むようなデザインと、五島の海の色を表現したゴトジンのボトルは、2023年3月「日本ガラスびんアワード」で長崎県初の最優秀賞に輝いた。

ゴトジンのボトルが「日本ガラスびんアワード」最優秀賞に
ゴトジンのボトルが「日本ガラスびんアワード」最優秀賞に

五島つばき蒸溜所ディスティラー/ブレンダー鬼頭英明さん:
すごく特殊な香味を開発する、つくりだすことは、今までやってきた中で一番チャレンジングでもあり、一番楽しい中身づくり

「五島つばき蒸溜所」マーケティングディレクター・小元俊祐さん:
思っていた以上に良いスタートが切れたかなと思っている

「五島つばき蒸溜所」代表取締役・門田邦彦さん:
3人で始める時から、世界に誇れるクラフトジンでありたいと思って始めているので、根拠のない自信だけど(ジンの本場)イギリス人もビックリしてくれるおいしさかなと思う

50代で再スタートを切った男たちの、夢が詰まった蒸溜所。彼らはきょうも究極のジンをつくっている。

(テレビ長崎)

テレビ長崎
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