日常の中で私たちは「タイパ」と「コスパ」をてんびんにかけながら、さまざまな選択を行っている。

ニッセイ基礎研究所生活研究部研究員・廣瀬涼さんの著書『タイパの経済学』(幻冬舎新書)から、ダイエットをテーマに、コスパもしくはタイパを求めた場合に起きることを一部抜粋・再編集して紹介していく。

“痩せる”ためにタイパを選ぶかコスパを選ぶか

私たちは日常の生活のなかで、欲求を充足したいがためにコスト度外視で消費を行うこともあるし、財布の中身がカツカツすぎて、クオリティーよりもとにかく価格が安いモノで凌ごうとすることもある。

いつでもタイパやコスパを追求するわけではなく、必要に応じて効率化を図ったり、省けるところは省こうとするわけだ。

また、買い物をするときに「よし!今日はコスパを追求して買い物するぞ!!」と意識して購買行動が行われるのでなく、商品選択の際に無意識に自身の購買経験や自身の現状などが考慮されて、最適解=コスパのよさがとられている。

日々繰り返される消費のなかには、タイパやコスパが意識されていないこともあれば、タイパもコスパも両方考慮に入れられて消費が行われることもあるのだ。

ダイエットはそのいい例である。目的はもちろん痩せることだが、その手段が多いがゆえに、時間を重視した手段を選ぶのか、価格を重視した手段を選ぶのかは人によって異なる。

自身の経済力、余暇活動に使える時間、性格、成果が出るまでの一般的な期間などを考慮に入れて“痩せる”という目的を早く達成したい場合、お金をかけることで効率性を図ればタイパが追求される。

コスパを追求すると目的は一つだが手段は多くなる(画像:イメージ)
コスパを追求すると目的は一つだが手段は多くなる(画像:イメージ)
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パーソナルジムに通って、エステに行って、サプリを使って、完全栄養食で食事の節制をする。

コストにこだわらなければ同時に複数利用できる手段も多く、それぞれの手段が機能すれば、時間をかけずに痩せられる可能性が高くなる。

コストにこだわっていないため、コストパフォーマンスが重視されているようには一見思えないが、成果が出て、その費用対効果に本人が満足しているのならば、コスパがいいと知覚するかもしれない(あくまでもコスパは主観なので)。

当人からしたら、それはタイパもコスパもいい手段だったわけだ。

一方、いくら格安ジムに入会しても、通わなければ成果は出ず、結果的にコスパが悪い消費経験となる。

自分で運動するためにランニングシューズを買って、それで3年で目標が達成されればコスパはよいかもしれないが、他の手段と比較するとタイパはそこまでいいとはいえないだろう。

再三述べているが、消費者はタイパとコスパを天秤にかけながら消費していることも多い。

コスパの目的は一つだが、選択肢は無数にある

コスパの追求における目的は一つであるため、比較される消費対象は同じカテゴリーのモノである。ダイエットなら痩せることが目的なので、そのために消費されるモノは手段のように思われるが、痩せるためのモチベーションとしてその手段を消費する消費者もいる。

例えば、痩せたいからジムに通うというとき。痩せるという大きな目的が存在するのは確かだが、本来お金をかけなくても痩せることはできるのに、わざわざ痩せるためのモチベーションや手段、動機、言い訳などのため、ある意味で心理的な効用のためにジムに通う人もいる。

「ジムに通ってるから痩せるはずだ」「ジムに通ってるから大丈夫」という漠然とした根拠のない自信や安心感を生むことで、自尊心を保ったり、現実逃避につなげるのだ。そのため「痩せる」という口実で、ジムに加入すること自体が結果的に目的となる人もいるのである。

コスパ重視の場合、多くの選択肢の中から最適解を選ぶ(画像:イメージ)
コスパ重視の場合、多くの選択肢の中から最適解を選ぶ(画像:イメージ)

それを踏まえたうえで、以下のことを考えていきたい。

世の中にはさまざまなジムがあり、どの選択肢でも「ジムに通う」という目的は達成できるため、加入意向がある消費者は、自身の住まいの立地や予算などをベースに、通うことができるであろう選択肢からジムを比較して決めるのが一般的だ。

「ジムに通う」という目的を達成するうえで、何が最適解かを検討することそのものがコスパの追求となるのだろう。

コスパを追求した消費結果はカテゴリーの選択肢の数だけ無数に存在する。ここで言う選択肢とはもちろんサービスや商品(企業戦略の数)のことであり、ジムでいえば、日本には8000店舗以上あるといわれているどの施設を選択しても「ジムに通う」という目的は達成できる。

数ある選択肢のなかから、自身の生活レベルや環境を配慮したうえでの最適解を選ぶ。

コスパを追求した消費結果の上位互換のサービスや商品が存在するかもしれないし、この値段から「この部分は質が悪くても目をつぶろう」といった感じで、その最適解のクオリティーを妥協することもあるだろう。

そのため、目的は達成できても、その消費結果に対して必ずしも満足感を得られないこともある。コスパの追求によって消費されるモノに対する評価は直接効用(使用価値)によるため、選択した消費結果によって満足度が異なるからである。

満足できなければ、満足するためにクオリティーの高いモノを消費することもあるため、余計な費用がかかり、必ずしもコスパを追求したことで満足につながるわけではない。

タイパは手段構わず目的を目指す

タイパを追求する際には、「その状態になる」という目的が達成される前提で検討される。消費者はその手段を消費すれば(いずれは)目的が達成できると想定して、その目的が達成できる可能性が高いモノを選ぶのである。

そのためタイパの追求においては、比較される手段が必ずしも同じカテゴリーのモノというわけではない。また、手段=能動的な行動であるため、その手段をとるうえでの手間(自分の技量、性格、経済力、かかる時間)がかからないモノがタイパがよいといえる。

ダイエットが目的ならば、痩せた状態になることが真の目的であり、それさえ達成できれば(達成できる見込みがあるならば)、ジムに通おうが、サプリを飲もうが、エステだろうが、どの手段でもいいわけだ。

タイパは「痩せた状態になる」ことが目的になる(画像:イメージ)
タイパは「痩せた状態になる」ことが目的になる(画像:イメージ)

一方で、各手段は目的ではないため、ジムに通って運動すること、サプリを飲むこと、エステの施術を受けることは目的ではない。あくまでもその手段を通じて「痩せた状態になる」ことが目的なのである。

さきほど、コスパを追求してジムを選ぶ場合、ジムに入ることが目的になりうると論じた。

普通に考えたら、「痩せる」という目的のためにジムという手段がとられて、さまざまなジムのなかからコスパのいいモノが選ばれ、その結果として痩せることが期待されるという流れになるわけだから、痩せるということが目的で、ジムは手段であり、ジムに入会することが目的になることはない、という反論が来るかもしれない。

しかし、それはあくまでも消費者が合理的に動いた場合のみである。多くの消費者は入会して満足してしまったり、モチベーションが保てず、結果が出ないままだらだら会員を続けたり、途中でやめてしまうのではないだろうか。

その場合、消費者は真の目的である「痩せる」という点ではなく、ジムに入ったことで得られる満足感自体が目的になってしまっているのである。

このように、タイパやコスパのよさは、消費がされた瞬間ではなく、その消費結果が出たときに評価されるという側面も擁している。

タイパの3つの性質

さて、ここまでさまざまな側面からタイパの性質を考察してきた。

タイパを消費文化論の視点から掘り下げれば掘り下げるほど、世の中で言われているような、「かけた時間(投資した時間)に対する効果(投資対効果)や満足度がどの程度なのか」というざっくりした定義では説明がつかない点があるということに気づいていただけたのではないだろうか。

動画視聴一つとっても、効率性を求める理由が「情報量の多さ」と「コミュニケーションツールとして活用するため」ではタイパが追求される本質は異なるだろう。

また、そのような議論と並行して会議や通勤時間のタイパ追求や、家事におけるタイパなど、まったく違う性質でタイパという言葉が使われている。

それらがすべて「タイパ」という言葉でくくられてしまうと、情報の受け手は「結局タイパってなんなんだろう」「なんでタイパを追求するんだろう」というシンプルな問いに戻ってしまう。

そして、ネットでタイパと検索しても、「かけた時間(投資した時間)に対する効果(投資対効果)や満足度がどの程度なのか」という意味ばかりが出てきてしまい、結局腑に落ちないまま終わるわけだ。

タイパには3つの性質がある(画像:イメージ)
タイパには3つの性質がある(画像:イメージ)

では、ここまでの考察から、タイパの性質を3つに分類したいと思う。

(1)時間効率
(2)消費結果によって、かけた時間が評価される(主に消費後)
(3)手間をかけずに○○の状態になる(主に消費対象を検討するうえでの指標)

(1)は、仕事や家事など、労力が求められるときに手間を省くなどして時間の効率化を図る側面を指す。

(2)は、モノやサービスを消費した際に、その消費対象から直接得た効用が、かけた時間に見合っていたかを評価する側面だ。英会話教室に月5万円払って、12カ月で英語が話せるようになったら、費用はかかったが結果的にタイパがよかったと評価される。

(3)は、その消費結果をフックにして他人とコミュニケーションをとる際に、いかに時間をかけずに、満足のいくコミュニケーション水準まで自身の経験値や知識量を増やすことができるかという文脈でも使われている。

若者が倍速視聴やファスト映画などを視聴するなどしてコンテンツを消化する側面で、オタクだと認識されたい、そのコンテンツを観た状態になっておきたいという、コンテンツの消化によって生まれるコミュニケーションが目的にある。

ある状態になるためにいかに手間を省けるかに焦点が当てられるため、消費をした後に評価されると言うよりは、実際に消費対象を検討するうえでの指標となる。

タイパという言葉一つをとっても、まったく違う性質を擁している。

「時間対効果」という共通点のみでさまざまな現象を「タイパ」という言葉でくくっていたこと自体、無理なことだったのだ。

『タイパの経済学』(幻冬舎新書)

廣瀬涼
ニッセイ基礎研究所生活研究部研究員。専門は現代消費文化論。著書に『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか Z世代を読み解く』(金融財政事情研究会)がある。

廣瀬涼
廣瀬涼

ニッセイ基礎研究所生活研究部研究員。大学院博士課程を経て2019年、ニッセイ基礎研究所に入社。専門は現代消費文化論。
「オタクの消費」を主なテーマとし、10年以上にわたってオタクの消費欲求の源泉を研究している。昨今は自身の経歴を活かして若者(Z世代)の消費文化についても研究を行い、講演や各種メディアで発表している。NHK『おはよう日本』、テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』、TBSテレビ『マツコの知らない世界』などで若者のオタク文化について制作協力。
著書に『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか Z世代を読み解く』(金融財政事情研究会)がある。生粋のディズニーオタク。