10日午前の宮城県栗原市。民家の軒先には、緑色のドラム缶のようなものが置かれている。近づくと、ガリガリと内側から爪でひっかくような音が周囲に響く。中で何かが暴れているのだろうか…時折大きく揺れる緑の筒。そこで、猟友会の男性がつぶやいた。
「開けてみないとわからないが、たぶんクマだ…」

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「もし鉢合わせていたら…」

暗闇で大きな体を左右に揺らしながら、動く黒い影。住民が設置したカメラに捉えられたクマの姿だ。食べ物を探しているのだろうか。小屋をあさる様子が確認できる。

クマが現れたのは、宮城県栗原市の住宅の敷地内。のどかな農村地帯が一帯に広がっているが、現場付近には住宅が立ち並び、目と鼻の先には高校もある。狙われたのは「ニワトリ小屋」だった。

カメラを設置したのは、50羽ほどのニワトリを飼育している男性だ。11月1日、ニワトリのエサが食い散らかされているのを見つけ不安になり、翌日に小屋の前に侵入を防ぐための柵とカメラを設置したという。

クマの姿がカメラに捉えられたのは1度だけでない

数時間で3度ニワトリ小屋に姿を現したクマ
数時間で3度ニワトリ小屋に姿を現したクマ

午後5時半、午後7時半、午後10時…。3度も姿を現していた

カメラに映っていたのはクマだけではない。クマが姿を見せた合間に、男性が小屋の様子を見に来る姿も捉えられていたのだ。

「もし、クマと鉢合わせていたら…」映像を見た男性とその家族は、背筋を凍らせた。

カメラには見回りに来た男性の姿も
カメラには見回りに来た男性の姿も

男性は「やばい…これは喧嘩したら負けると映像を見て思った。まさかクマが出るとは思っていなかった」などと驚きと今後への不安を口にする。

ニワトリを飼育している男性
ニワトリを飼育している男性

クマが勝つか 人間の知恵が勝つか

男性の不安は的中。カメラを設置した11月2日以降、クマが姿を見せたのは少なくとも3日。カメラが起動しなかったケースや、カメラ位置から映らずとも周辺にやってきていた可能性も否定できない。そんな不安な日々を過ごす中、男性はある異変に気付いた。

その後も連日現場に姿を見せたクマ
その後も連日現場に姿を見せたクマ

小屋の壁に穴が開いていて、5羽いたニワトリのうち2羽がいない。外を見たら血だらけ…。挫折したというか、力が抜けるというか…。これだけ対策を取っていてもやられるんだと」
(ニワトリ小屋を所有する男性)

小屋の壁には穴が…
小屋の壁には穴が…

小屋の入り口を鉄パイプでつくった柵で覆うといった、対策を取っていた男性。現場の状況から、クマは何らかの方法で小屋に入り、ニワトリを襲ったとみられている。

クマも生きるため。私も生きるためにニワトリを飼っている。クマの出方によってどう防御するか。クマに負けるか、クマが私に負ける、人間の知恵が勝つかの問題
(ニワトリ小屋を所有する男性)

わな設置からわずか1日で…

連日の被害を受け、男性は市に連絡。市から情報を受けた県が猟友会に委託し、9日夕方にわなを設置することになった。

わなは、円筒形の「ドラムわな」と呼ばれるもの。

猟友会が設置したクマ捕獲用「ドラムわな」
猟友会が設置したクマ捕獲用「ドラムわな」

わなの中には、クマの好物の天然のはちみつを入れ、体を入れたところで扉が落ちてクマを閉じ込める仕組みになっている。クマの通り道を予想して、被害があったニワトリ小屋の前に設置された。

中にはクマの好物・はちみつを仕込む
中にはクマの好物・はちみつを仕込む

そしてその日の夜。10日午前1時半ごろ。男性は就寝中だったが、「小屋の方から物音と獣のような鳴き声が聞こえた」と妻から起こされた。

現場に恐る恐る近づくと、扉が閉まった状態のわなが。近寄ってみると、中で何かが暴れていることに気づいた。「クマだ」暴れる音や、わなが揺れる様子などから男性は確信したという。

翌日朝に現場を確認すると、わなの前に置かれたニワトリのエサが手つかずの状態で残っていることが分かった。

わなの中に置かれた好物のはちみつしか目に入らなかったのだろうか。

これまで何度か荒らされたニワトリのエサに手を付けた様子は見られない
これまで何度か荒らされたニワトリのエサに手を付けた様子は見られない

その後、男性から連絡を受けた猟友会が、わなの中を確認する。

わなについている小窓を開けた途端、クマは顔を出そうと激しく暴れる。
外に出ようとしているのだろうか。

小窓にかみつくなど、小窓が開いているわずかな間で何度も抵抗する様子を見せた。

その後、猟友会のメンバーがわなを運ぶため、筒を立てようとするが、3人がかりでも持ち上がらない。「重い…これは大きい」そんな声が漏れる。

最終的には6人がかりでトラックに乗せられ、運ばれた。市によると、捕獲されたクマは体長1mのオス。その後駆除されたという。

「去年の8倍…」消えぬ不安

宮城県は10月、今年度のクマ目撃件数が増加傾向にあることから、県内全域に出していた「クマ出没注意報」を「警報」に引き上げ、注意を呼び掛けている。

10月のクマの目撃件数は、2022年同月の8倍の204件。過去5年平均で見ても、およそ3倍の数字。今年度にいたっては862件と、前の年の同じ時期に比べ300件以上多い数字だ。(11月1日時点)

飼育するニワトリが襲われるなど被害を受けた男性は、「クマが捕獲されたことで一安心。ほっとした」などと話し、胸をなでおろした。

一方で、不安が完全に消えたわけではないとも話す。

「周りを見ると他にも足跡もあった。これで終わってくれればいいが、またクマがやってくる可能性もないわけではない。半分だけ安心した状態です」
(ニワトリ小屋を所有する男性)

全国的に相次ぐクマの目撃。人身被害も多数発生している。クマのエサとなるブナの実が東北全体で凶作とされる中、冬眠を前にエサをもとめ、クマが人里に降りてくるケースは十分に考えられる。

「クマが勝つか、人間の知恵が勝つか」男性の不安は尽きない。

(仙台放送)

仙台放送
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