入院用のベッドが19床以下の「有床診療所」では、“平成最悪”の被害となった病院火災をきっかけに、その防火体制のあり方が見直された。しかし、その見直しの影響で診療所はいま、存続の危機に陥っている。

平成最悪とされる火災から10年

10年前の2013年10月。未明の整形外科を襲った炎は、瞬く間に地下1階、地上4階の建物を飲み込み、充満した煙による一酸化炭素中毒で高齢の入院患者ら10人が命を落とした。

福岡市博多区の火災現場(2013年10月)
福岡市博多区の火災現場(2013年10月)
この記事の画像(14枚)

記者リポート(福岡市博多区の火災現場・2013年10月):
福岡市博多区の整形外科で火事がありました。取り残されている人がいないか、現在、賢明な救出活動が続いています。

警察は防火扉の不備など医療機関側の安全管理について捜査を進め、当時の院長を業務上過失致死傷の疑いで書類送検、後に不起訴となった。

医療機関において平成最悪とされる火災から10年。地域医療の「防波堤」とも言われる有床診療所は廃業と存続との狭間で揺れている。

重すぎる選択を迫られている地域医療

福岡市中央区の松本整形外科。開業から50年余り、外来だけでなく骨折などの治療や療養のため高齢の入院患者を多く受け入れている。

松本整形外科も10年前に火災が起きた整形外科と同じ、病床数19床以下の「有床診療所」だ。

松本院長は10年前の火災を受け、スタッフと患者の安全を1日でも早く確保したいという思いから、老朽化した建物でも診療を続けながら設置できる簡易型のスプリンクラーを設置した。

しかし―。

「松本整形外科」松本光司院長:
基準に合わないということで、消防局の許可が下りていない。病院としては、早くつけたいし、補助金も来年になると出るかどうか分からないということだったので、とにかく急いでつけようと。

10人が亡くなった整形外科火災を受け、国は法律を改正。ほとんどの有床診療所でスプリンクラーの設置が義務づけられた。この改正消防法が公布されたのは、松本院長の診療所でスプリンクラー設置の工事が始まった時期と同じ2014年の10月だった。

法律に則って行われる消防査察で、この診療所のスプリンクラーはわずかな差で「法律の基準を満たしていない」と指摘されてしまったのだ。法律の猶予期限は2025年6月。病床を続けるためには1,000万円以上かけて基準を満たすスプリンクラーを新たに設置するか、看護師1人の1年分の人件費にあたる600万円以上をかけて防火扉を増設する必要がある。

重すぎる負担に院長は、「病床をやめるという選択肢もないことはない。頼る人もいないという方も結構、居られるので、駆け込み寺みたいな存在は必要だと思いますね」と病床の閉鎖も頭をよぎったと話す。

20年来通院する患者(70代・女性):
やっぱりここに来ててよかったって思って…。何かあったらすぐ対応してもらえるっていうのがあるからですね。

入院患者(90代・男性):
看護師さんたちも非常によくやってくれる。(この病院がないと)困ります。

独居老人や老老介護の駆け込み寺の役割も担う有床診療所。地域医療の受け皿でありながら、その数は年々減り続ける一方で、福岡県内でもこの10年で3割以上減少している。

有床診療所をめぐる状況について県有床診療所協議会の原速会長は「『診療報酬が低い』ということで、いま現存している有床診療所もなかなか継続が困難になってきている。物価高騰、それから人件費も上がっていますし、医療、介護の人材も居なくなっている。そんな中で継続していくのが非常に厳しい」と話す。

“安全のため”病床を返納

苦悩の末、ある決断をした医院もある。「まだベッドは捨ててないんですけど…」と話すのは、福岡・古賀市にある大岩外科胃腸科医院の大岩久夫院長。この病院は、ここ数年で入院の維持が困難になり2023年4月、病床を閉鎖した。

「大岩外科胃腸科医院」大岩久夫院長:
医師が1人だったら、もし患者さんに何か急変が起こったりとか、火災についてもそうですね、「対応できない」となってはいけませんから、病床を返納させていただきました。

一緒に診療していた父である前院長が高齢を理由に退いたことで、患者の安全を確保するために必要な医師をじゅうぶんに確保できないと判断したのだ。

「大岩外科胃腸科医院」大岩久夫院長:
(入院できる施設がひとつ少なくなるということは)、正直言って、あります。だけど、もし対応ができなかったということがあったら、それはもう本当に怖いことだと思いますから。「できることだけは、しましょう」と思っています。

有床診療所を「地域の防波堤」と考える県有床診療所協議会の原会長は、有床診療所の存続だけでなく、地域の医療体制を守るためにも診療報酬を引き上げてほしいと訴えている。

「福岡県有床診療所協議会」原速会長:
有床診療所がなくなると、病院の外来が圧迫されて、大事な急性期の疾患とかが診られなくなってくる。それを防ぐために有床診療所の経営が成り立つような診療報酬にしていただかないと新規参入しようという方は、なかなか居ない。

“平成最悪”の火災から10年。安全確保のため、経営と地域医療維持という責任の狭間で地域医療は重すぎる選択を迫られている。

(テレビ西日本)

テレビ西日本
テレビ西日本

山口・福岡の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。