貧困やDVなどで、特に支援が必要だと行政が判断した妊婦を「特定妊婦」と呼ぶ。近年、その数は急増していて、特定妊婦だった母親が、出産後に子どもを殺害する事件も発生している。特定妊婦を巡る実情と課題を取材した。

貧困やDVなどで支援が必要な特定妊婦

「(妊娠がわかったのは)去年の冬…、11月とか。(相手から言われたことは)まぁ一番はもうお金のことで…、お金がないから、いる意味がない。本当に役に立たない、とか…」と妊娠中の心理的なDV被害を語る、20代のリサさん。

妊娠中の心理的なDV被害を語る20代のリサさん(仮名)
妊娠中の心理的なDV被害を語る20代のリサさん(仮名)
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彼女を追い詰めたのは、身ごもった赤ちゃんの父親だった。パートナーだったが、入籍はしていなかった。

パートナーとの交際期間は1年と話す
パートナーとの交際期間は1年と話す

特定妊婦リサさん:
(交際期間は)1年とかで…、はい。(パートナーは)1個スイッチが入ると止まらない…、言葉が。誰に対してもそうなんですけど。

リサさんは、前の夫との幼い子どもも抱えていて、事態を重くみた自治体は「特定妊婦」として保護することを決めた。

リサさんを受け入れたのは、福岡・福智町にある産前産後の母子支援ステーション「ママリズム」だ。ママリズムは、県からの委託を受けて2年前から、特定妊婦をはじめ、支援が必要な産前産後の女性を受け入れている。

1人1人に家具や家電付きの部屋が用意され、食費を含め、費用はほとんどかからない。

「ママリズム」大島修二所長:
今年度はもう、下は15歳から上は40代までですね。いろんな女性の方からの相談が入っています。医療的な面はもちろん、当然なんですけど、それ以外にきちんと自分が困っていること、悩みとかいうのを言っていただけるように心がけていますね。

事件から考える支援の課題

2009年施行の改正・児童福祉法に明記された「特定妊婦」。登録は、各自治体によって判断される。

その数は、全国で8,300人を超え、ここ10年で8倍にまで膨れあがっているが、これは年々、支援の認識が高まり、その実態が明らかになってきたことが大きいといわれている。

そんな中、2022年5月、不幸な事件が福岡で起きた。特定妊婦だった母親が、出産したわが子を殺害してしまったのだ。

大野城市で、当時、生後8カ月だった息子の胸や腹を圧迫し殺害したとして、母親の井上徳子被告が逮捕、起訴された。井上被告を特定妊婦に登録した大野城市は、生まれた子どもを見守るため井上被告との面談を毎月1回行っていたのだが…。

大野城市記者会見:
4月については、母親が来客や多忙を理由に「調整が難しい」ということでしたので、設定できる日程が「5月17日だった」ということになります。

事件発生の1カ月前、井上被告は市の面談を断っていて、2カ月ぶりの面談の直前に悲劇は起きたのだ。

大野城市担当者:
関係機関が連携して、情報共有しながら支援していくことが重要ではないかと思う。

市の担当者が口にした「関係機関の連携」…しかし、母子支援施設、ママリズムの大島所長は、その発言にもどかしさを感じている。

「ママリズム」大島修二所長:
(大野城市の事件を知ったのは)報道があってからになりますね、私が知ったのは。自治体によってはですね、まだまだ私たちのような妊婦さんを支援する民間の機関があるということを知らなかったり、知っていてもなかなか行政さんの支援のスキームの中に入れていただけていないというような現実もありますので。

実態に追いつかない“支援の現場”

現在、特定妊婦用に確保している3部屋は満室で、予約待ち。福岡県は全国的にみて、特定妊婦への対策が進んでいて、ママリズムのほかにも支援施設が2つあり、大野城市の施設でも受け入れを開始している。

しかし、まだまだ実態に追いついていない実情もある。今回の取材中にも支援施設には中学生の少女から妊娠の相談が寄せられていた。

「ママリズム」大島修二所長:
県外から「利用させてもらえませんか」っていうような問い合わせも、メールとかですね、電話でかかってきたりしていますの。「部屋が空いていない」ということで、やむを得ずお断りするとかですね。

特定妊婦の場合、経済的な面や保証人がいないなどの理由で、病院側が受け入れを拒み、たらい回しとなる事例も多く、課題は山積みだという。

この訴えに、福岡県 こども福祉課・福井ミチル係長は「国の方も、(特定妊婦などの支援を)制度として位置付けて、全国的に推進するべき事業だというふうに考えておりますので、県としましても同じような考えで、実際に県内に必要な状況を把握しながら整備をしていくことを検討していかないといけない」と話す。

パートナーに心理的DVを受け、特定妊婦としてママリズムに保護されたリサさんは9月19日、無事に元気な女の子を出産した。弁護士の力を借りてパートナーとの関係を絶つ手続きも進めていた。

「(体重は)きょう朝、計ったら、3,000グラムいってました、やっと。かわいいです…」と話すリサさん腕の中で安らかな表情を見せる赤ちゃん。

特定妊婦リサさん:
(今後、パートナーに会うつもりは)私自身は…、ないですね。会っても…、「意味ないんじゃないかな」と思うので。

施設の入居期限は原則、出産後1カ月まで。

「子どもを育てるにあたり、お金が要るので、やっぱそこは…、不安かな、というか、働いていかないとな、と。この子が元気に育っていけるように、楽しく過ごしていけたらいいかなって思います」と話すリサさん。経済面など、不安は残るが、新たな住まいが見つかり次第、前の夫との子どもを入れた家族3人での新生活をスタートする予定だ。

登録は増える一方で、2022年、全国47都道府県のうち、行政委託の支援施設があるのは13府県。支援の現場はひっ迫している。

(テレビ西日本)

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