東京・神宮前に11月1日から5日間限定でオープンした「言葉のない喫茶店」は、文字通り“言葉禁止”というユニークなコンセプトを持つ。店内では誰も言葉を発することは出来ず、ジェスチャーでのみ注文を受け付けるスタイルだ。なぜ、こんな店を作ったのか?喫茶店を立ち上げた仕掛け人に話を聞いた。

「言葉のない世界」でどう伝えるか

オープンした店は、華美な装飾は無く、とてもシンプルな作り。白を基調とした床や壁に薄いベージュの木のテーブル。広々とした店内には16席が用意されている。

シンプルな内装の店内
シンプルな内装の店内
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また、店名のロゴは、あえて少し消えかかっているような雰囲気に。店の人によると「今ある生活から言葉というものがだんだん薄まっていったらどうなるんだろう…という実験的な世界観を伝えるためにロゴも薄くなっている。すごく繊細な感じを出した」ということだ。

メニューは、コーヒーやカフェオレ、ウーロン茶、オレンジジュースなど10種類のドリンク。通常の喫茶店と何ら変わらない。一律800円で、店内、テイクアウトどちらでも対応可能となっている。客は店外のメニューで、あらかじめ注文したいものを決めて会計を済ませる。

店内では言葉を発してはいけないので、ジェスチャーで店員に注文するのだが、やってみるとなかなか自分の欲しい飲み物を伝えるのが難しい。通常の「コーヒー」でも、どう身振り手振りで伝えようか悩んでしまう。

散々迷いながら…いざ注文!

私は、オレンジジュースの注文に挑戦することにした。両手首をひねって、果実を搾り、そのドリンクを飲むといった動作をしてみせた。加えて、持っていたポーチでオレンジ色に似た色合いのものを示す。

すると、店員さんも同様のしぐさで応答。少し考えた後、「分かった」というように右手の親指を上げるジェスチャーを示した。

ジェスチャーで応える店員
ジェスチャーで応える店員

無事なんとかオレンジジュースをゲットできたが、言葉を使用できない中でコミュニケーションを取る大変さを思い知った。

オレンジジュースを注文
オレンジジュースを注文

例えば、「カフェオレ」と「ミルクティー」はコミュニケーションの相違が起きやすいという。しかし、この店ではそういう相違もご愛敬。いわゆる、オーダーミスで気まずいという雰囲気にはならない。むしろ、オーダーが通っていれば、「自分のオーダーがしっかり相手に伝わっていて嬉しい!」という、普段味わえないような感情を味わえる。

もちろん、店員と客だけでなく、店員同士のコミュニケーションもジェスチャーのみだ。

店員同士もジェスチャーでコミュニケーションして作業を行う
店員同士もジェスチャーでコミュニケーションして作業を行う

こんな不思議な体験ができるカフェを作ったのは、クリエイティブディレクター・明円卓さん率いるチーム「entaku」だ。

仕事のモットーは「新しい体験を作る」

明円さんは、電通に勤務していた際にはKDDIの「三太郎シリーズ」「意識高すぎ!高杉くんシリーズ」などのプロモーションに携わったこともあるという敏腕クリエイティブディレクター。

クリエイティブディレクター・明円卓さん
クリエイティブディレクター・明円卓さん

退社してから、これまでにもカフェの立ち上げを行っているが、“ある秘密を解けば奥のバーに入れる”などの仕掛けを施したり、“友達がやってる“をコンセプトに店員が客に“ため口”で接客を行うなど、オープンした店はどれも一風変わっている。

2023年4月にオープンした「友達がやってるカフェ/バー」で店員と話す筆者
2023年4月にオープンした「友達がやってるカフェ/バー」で店員と話す筆者

その明円さんがリーダーとなって今年9月に作られたのがチーム「entaku」だ。20代から30代のプランナーやプロデューサー、デザイナーなど9人の多岐にわたるメンバーで構成されている。

デザイナーと楽しそうに会話
デザイナーと楽しそうに会話

明円さんに、仕事のモットーを聞くと「新しい体験を作る」という答えが瞬時に返ってきた。「新しい体験は人の記憶に残ったり、人の思い出になり、心にずっと宿される。そういうものを作りたいなと思う」と語る。

今回の「言葉のない喫茶店」についても同様だ。「言葉がなくなったらみんなどうやって注文するのか?実験したら面白い体験になるのではないかと思い、作った」という。

言葉がコミュニケーションのハードルに

では、この新しい体験を通じて人々に何を感じとって欲しいのだろうか、聞いてみると…

明円卓さん:
「伝えることの難しさの一方、ちゃんと努力すれば伝わるとか、伝えることの楽しさを感じ取ってほしいと思います。例えば英語が話せなくても海外の人にどう伝えるか、耳が聞こえない方にどうやったら自分の意思を伝えるか、そういうことを考えるきっかけになったらいいなと思っています」
「言葉がわからないということが人のコミュニケーションのハードルになっていると思うんです。耳が聞こえない人と関わろうとしないとか英語しゃべれない人と関わろうとしないとか、言葉がハードルになってしまっている。それをとっぱらってみようと」

言葉のハードルを取り払い、外国の人も、小さい子どもも、手話使う人も等しく全員が注文ができるという「新しい体験」を生み出したentakuチーム。

言葉が伝わることを私たちは何の疑いもなく普段当たり前のように感じているが、それが崩されると逆に今まで見えなかった新しい気づきを得られることもあるかもしれない。

今後も「entaku」は1カ月に1回は、新しい企画を世の中に出していくということで、彼らの「新しい体験」への挑戦は続いていく。

麻生小百合
麻生小百合

フジテレビ総合報道戦略局マルチメディア推進部所属。
プライムオンラインの運営やコンテンツの作成など担当。
2023年7月~現職。
前部署は報道局経済部。
2021年7月~2022年3月 通信・化粧品・エンタメ等担当記者
2022年4月~2023年6月 農林水産省、食品・飲料・外食担当記者